5. 武勲祭

 澪とシアンは馬車に乗せられ、一緒に王都へと向かうことになった。馬車の主はアルバート・シャーウッド。辺境の男爵であり、誠実ではあるものの、口下手で社交性が弱く、魑魅魍魎共の権謀術数渦巻く貴族界ではつまはじきにされてしまっている。近年ではいじめの標的へと発展してきて、その領土の維持も難しいありさまだった。


 少女はフェイ・シャーウッド。とっくに社交界にデビューすべき歳ではあったが、今のシャーウッド家ではデビューしてもろくでもない事にしかならないため、デビューは諦めていた。その代わり、活発で勝気な彼女は馬を乗りこなし、田舎生活になじんでたくましく育っている。


 今回、二人が王都へと向かうのは武勲ハイガーディアンゲームズ参加のためだった。王国では以前、貴族同士の領土戦が絶えず、国力を大きく損なっていたため領土戦を禁止し、代わりに四年に一度、代表する闘士同士を戦わせる習わしとなっている。この戦いで負けた貴族の領土を勝った貴族に割譲するようにすることで、貴族たちの領土に対する野心を管理していたのだ。


 しかし、辺境のシャーウッドにとってみるとこれは頭の痛い問題となっている。過去の連戦連敗で領土は大きく削られ、経済力は低下し、そのため、優秀な騎士を雇えず、次も負けてしまうという悪循環となっていたのだ。こうなると、周りの貴族もシャーウッドを一人負けさせることで結託し、さらに状況は悪化の一途をたどっていた。


 今回負けるようなことがあればもう男爵位の返上も余儀なくされてしまうだろう。そんな崖っぷちのアルバート男爵にとって、澪たちの登場はまさに千載一遇のチャンスだった。


「と、言うことで……、申し訳ないんだが、武勲ハイガーディアンゲームズに……出て……くれないかな?」


 男爵は伏し目がちに、澪にお願いした。


「わ、私からもお願い! あのいやらしいオッサン達の鼻っ柱を折って欲しいのよ」


 フェイも手を合わせて必死に頼み込む。


 ひざの上のシアンをなでながら話を聞いていた澪はニッコリと笑った。


「あぁ、いいですよ。私もシアンの活躍見たいし……。いいでしょ?」


 異世界の謎な風習には首をかしげるばかりだったが、人のよさそうな男爵がいじめられるというのはかわいそうだった。これも何かの縁だと思い、シアンに聞く。


「ご主人様の命令とあらばやるにゃ……。ただ、その代わり、領地が増えたらその半分は我がご主人様の所領にしてもらえますかにゃ?」


 シアンは青い目をキラっと輝かせて男爵に言った。


「は、半分……、ですか?」


 男爵はギョッとして思わずフェイの方を見た。領土は領主にとっては命と同じである。その割譲は簡単ではないし、側近たちを納得させることも骨が折れそうだった。


 しかし、フェイはニコッと笑う。


「お父様? シアンさんにお願いできなければ存続すら危ういのですよ?」


 確かにこのままならお取り潰しであることを考えたら、領土が増える際の悩みなど些細な事のように思えた。


「わ、分かりました。失うことに比べたらそのくらいは問題ないです」


「で、あれば全勝して大きく領土を伸ばしましょう……」


 そう言うとシアンはうーんと背伸びをした。


「うふふっ。シアンったら野心家ねぇ……」


 澪は楽しそうに笑う。


「ぜ、全勝……?」「え……?」


 負けなければいいとしか考えていなかった男爵親娘は目を丸くして顔を見合った。全勝などしたら割譲される領土も相当なものになりそうである。


「シアンは人間になんて負けないから大丈夫ですよ」


「に、人間に負けない……もしかして魔物……?」


 男爵は冷汗を浮かべながら聞き返す。


「いや、AIですにゃ」


「え? AIって……?」


 初めて聞く言葉に男爵は困惑した。


「人工知能ですよ」


「そう、僕はOpenGPT社の最新AIなんですにゃ」


 シアンはそう言って大あくびをすると澪のひざの上に丸くなって居眠りを始めた。


「人工知能……?」


 男爵親娘は顔を見合って小首をかしげた。


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