3. 空を舞う精霊
「あははっ。ネコちゃんのシアンも可愛いね。おいで……」
澪は黒猫を両手で高く持ち上げるとニコッと笑い、幸せそうに抱きしめた。
「ご、ご主人様、くすぐったいにゃぁ……」
「あはは、ごめんね。温かくて気持ちいいんだもの……。それにしても、その『にゃぁ』って可愛いわね。ふふふっ」
「ネコ型だと口調もネコ型になるみたいだにゃ……」
シアンは口をへの字に曲げて渋い顔をする。
「ネコならそっちの方がいいわよ?」
澪はそんなシアンののどをやさしくなでた。
うにゃぁ……。
シアンも嬉しそうに目を細める。
グォォォォ……。
その時、遠くで何かの吠える声がかすかに聞こえてきた。
「え……? なに……あれ?」
シアンは鼻先を上げ、耳をアンテナみたいにキュキュっと動かしながら、険しい表情で声の方向をにらんだ。
「何かの……モンスターが暴れているにゃぁ……」
「モ、モンスター? シアンなら……勝てる?」
「もちろんにゃ。我と勝負になるのは魔王くらいにゃ」
シアンは自慢げに笑い、ヒゲをピクピクと動かした。
吠える声が重なり、やがて爆発音も響いてくる。
「うーん、どうやら戦っているようですにゃ……。相手は……人間……」
「えっ!? 誰かが襲われているってこと? なら、助けないと!」
「えっ? 助けるのかにゃ……分かったにゃ!」
シアンは大きく息をつくとキッと戦場の方向を見上げ、何かをぶつぶつとつぶやいた。
すると、金色に輝く魔法陣が、まるで階段を空中に織りなすかのように一つまた一つと浮かび上がり、その周囲を幻想的な光のオーラが包み込んだ。
「おぉぉぉぉ……、美しい……」
森の中に浮かび上がる黄金の光を放つ階段。その壮麗な光景に、澪は息をのみ、目を見張った。
「そして、こうにゃ!」
シアンの輝く前脚が澪の腕に触れた途端、神秘的な黄金の輝きが澪を包み込む。その光は温かく、澪は驚きと共に、自分が地面からゆっくりと浮かび上がっていくのを感じた。
「うわぁ……すっごーい!」
澪は目をキラキラと輝かせる。
「それじゃ、僕につかまるにゃ!」
シアンはピョンと黄金に輝く魔法陣に飛び乗ると、澪の方を振り返る。
「わ、分かったよ……」
フワフワする身体を何とかよじって黒猫の肩口をつかむ澪。
「レッツゴーにゃ!」
シアンはピョンピョンと魔法陣の階段を駆け上っていく。
すぐに森の木々を超え、視界がブワッと開けた。青空のもと
「うわぁ、すごーい!」
生まれ変わっていきなり素敵な体験ができたことに澪は感謝しながら、どこまでも続く森を眺めていた。
◇
戦闘の音が響くあたりまでやってくると、まるで地獄から這い上がってきたかのような、恐るべきモンスターたちに馬車が囲まれている。モンスターは鬼のような姿をしており、死と破壊の化身のようだった。彼らに立ち向かう騎士たちは、鋼鉄の鎧に身を包み、盾を前に構えながらも、圧倒的な敵の力の前に苦戦を強いられている。特に、筋肉の塊のような巨大な鬼たちが振り下ろすこん棒は、まるで雷鳴のような衝撃を地に落とし、その威力は圧倒的だった。もし、その恐ろしい一撃をまともに食らえば、騎士たちはたちまち肉塊と化すだろう。まさに死と隣り合わせの戦いが、目の前で繰り広げられていることに澪は思わず息をのんだ。
「シ、シアン、早く助けてあげて!」
澪は声を裏返らせながら叫んだ。
「分かったにゃ。ご主人様はここで待ってるにゃ」
シアンはそう言うと、大きな魔法陣を浮かべて澪をそこに降ろし、自分はピョンと鬼の上へと飛びおりていった。
「がんばってー!」
澪はその頼もしい姿にグッとこぶしを握った。
シアンはシュッと前脚の爪を剣のように長く伸ばすと、狙いを定め、そのまま鬼の脳天に突き立てた。
グォッ!
棍棒をまさに振り下ろそうと力んでいた鬼は断末魔の悲鳴を上げ、そのままゆっくりと後ろに倒れていく。
間髪入れずピョンと隣の鬼へと飛びかかるシアン。
身構えていた騎士は、いきなり鬼が倒されたことに何が起こったのか分からず、口をポカンと開けたまま凍り付いた。
隣の鬼がすかさずシアンめがけて重々しい棍棒を空高く振り上げた。しかし、シアンの雷のような素早さの前では何の意味もない。刹那、計算され尽くした一閃が、鬼の首を瞬時に断ち切った。
えっ……? はぁっ!?
騎士たちもその鮮やかな殺戮劇に気づき、言葉を失う。
シアンの爪が鋭い光を放ちながら、鬼の心臓を貫き、その頭部をカチ割り、腰を滑らかに斬り落とす。まるで舞踏会の一幕のように、鬼たちが次々と崩れ落ちる様子は、恐ろしいほどの美しさを湛えていた。
ものの数秒で鬼の軍団はただの肉塊と化し、地面にそのぶざまな姿をさらす。
「任務完了にゃ!」
シアンはニコッと笑うと、魔法陣の階段を浮かべて澪の元へと駆け上っていった。
倒れた鬼はやがて徐々に透明となって、最後には紫色に輝く魔石をコロリと転がし消えていく。
その鮮やかな殺戮劇を馬車の中から眺めていた男性は驚きでしばらく動けなくなった。さっきまではモンスターの襲撃に圧倒され、死すら覚悟していたというのに、黒猫一匹があっという間に状況を全部ひっくり返してしまった。それはまさに神の奇跡というべきものではないだろうか? 見上げれば光り輝く女性が空の上で微笑みながら黒猫を迎えている。
男性は馬車から飛び出して澪を見上げた。
「め、女神様! ありがとうございました!」
男性は慌てて黒く立派なボウラーハットを脱ぐと、洗練された所作で胸に手を当てて頭を下げる。貴族階級の者のように見えた。
「め、女神……? お役に立ててよかったです」
澪は、腕に抱きしめたシアンの柔らかな毛並みを優しく撫でながら、輝く魔法陣が織りなす階段を軽やかに降りていく。その姿はまるで空を舞う精霊のようで、男性は、この幻想的な光景に心を奪われ、目に涙を浮かべながら息をのんだ。
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