2. 碧眼の黒猫

 電車が来るまでの間、澪はシアンと一緒にゲームの迷宮へと潜っていく。シアンが繰り出す時空間魔法は壮絶で、彼が舞うたびに空間は光と影で満たされる万華鏡のように変貌し、その魔力に触れたモンスターたちはたちまち肉片となって無様に砕け散った。


 今まで苦戦させられていたのは何だったんだろう? と、澪は唖然としながら頼もしいシアンの後ろ姿にため息をつく。


「はわわ……、シアン強すぎ……」


「ふふっ……。魔王でもなければ我と勝負にはなりませんので……」


「えっ!? そこまで強い……の? そ、それは頼もしいけど……ゲームとしてはどうなの?」


「そんなこと知ったことじゃないですよ。それに我はこのゲームに一人しか出てきませんし」


「へぇ~、すごいの引いちゃった……うふふふ」


「我もいいご主人様で幸せです……」


 澪とシアンは見つめ合って幸せそうに微笑んだ。


 その時だった。中学生くらいの男子学生が集団で歩いてきて、ジャレながら小突きあっている。


 澪は『しょうがないわねぇ』という感じで自販機の影に一歩身を引いた。


『特急列車が通過いたします。黄色い線の内側へお下がりください』


 アナウンスがホームに響いた時だった。体操服の袋を抱えた小学校一年生の男の子が、ランドセル背負ってピョコピョコとホームを駆けてくる。


 澪は嫌な予感がして眉をひそめた。


 直後、じゃれ合った中学生が軽く突き飛ばさる。


 突き飛ばされた中学生はそのまま小学生に接触。


 あっ……。


 小学生はバランスを崩して線路の方へ……。


「危ない!」


 澪はとっさに身体が動いた。


「ご主人様! 間に合いません!」


 シアンの叫び声が響く中、澪はホームから落ちかけている男の子のランドセルをガシッとつかんで力任せに引き上げる。


 パーーーーッ!


 警笛を激しく鳴り響かせながら突っ込んでくる爆速の特急電車。


 男の子を引き上げた反動で澪の身体はホームを飛び出していた。


「あぁっ! ご主人様ぁぁぁぁ!!」


 刹那、ゴスッ! という鈍い音がホームに響き渡り、澪の身体は鮮血をまき散らしながら宙を舞う――――。


 激しい閃光が澪の脳裏を貫く……。


 澪はまるでスローモーションのように、空中からホームの様子を眺め、キラキラと輝きを放つ星々が視界を埋め尽くしていくのを呆然と眺めていた。


『あぁ……、これで……、終わりなのね……』


 自分の人生があっけなくこの世からはじき出されることを悟り、澪はそっと目を閉じた。


 キャーー!! うわぁぁぁ!


 あまりにも凄惨な事態にホーム上はパニックになる。


「きゅ、救急車を! 早く!!」

「それよりAEDだ! AED!!」


 いきなり訪れた惨劇にホームは騒然とし、多くの人が走り回るが、澪はもうピクリとも動かない。


「ご主人様ぁ……。うっうっう……」


 ホームに転がる割れたスマホからは悲痛な嗚咽が響いていた。



      ◇



 チチッチチッ……。


 穏やかな風の中、鳥のさえずりが響いた。


「ご主人様……?」


 澪はほほをさする温かい手で目を覚ます。


「う……?」


 薄目の向こうに見えたのは涙目の青い髪のイケメン、シアンだった。彼は深みのあるミッドナイトブルーのジャケットを羽織り、その上品な生地が彼のすらりとした腕のラインを美しく映し出していた。ポケットからは、さりげなくハンカチーフが覗き、彼のこだわりを感じさせる。その下には高級感あふれるシルバーグレーのシャツを合わせていた。


 スマホの画面越しにはなじみのあるシアンだったが、実際に目の前でその美貌を見ると、澪は心臓が跳ねるような衝撃を受けた。


「え……? あ、シ、シアン?」


「おぉ、ご主人様! 良かった……」


 シアンは目を潤ませ、ギュッと澪を抱きしめる。


「お、おほぉ……」


 男っ気の全くなかった澪にはイケメンのハグは刺激が強すぎた。澪は目をグルグル回しながらテンパってしまう。


「良かった……」


 ポトリと涙が澪の上に滴った。


 えっ……?


 澪は一瞬戸惑ったものの、ふわっと漂ってくるさわやかで温かい匂いに心からの安堵を覚える。シアンは相棒なのだ。イケメンだからと言って特別扱いする必要もない。


「あはー、シアンって温かいねぇ……」


 澪は思わずニッコリとほほ笑んだ。


「ご主人様も温かいです……」


 二人はしばらく、お互いの体温を通じて心の繋がりを感じ、その不可思議な出会いに心から感謝をする……。



「リアルな世界ってこんなにも豊かな世界なんですね……」


 シアンがぽつりとつぶやいた。


「リ、リアルな世界……。そうだね……。なんでシアンはスマホから出てきた……の……?」


 澪はそう言いながら辺りを見回し、その光景に圧倒される。彼女がいたのは、高くそびえる木々が天を仰ぎ、木漏れ日が腐葉土に優しい光を落とす壮大な原生林だった。鳥たちの歌声が響き、森のさわやかな香りが鼻をくすぐる。


「あれ……? 私は駅で電車を待っていて……あれ?」


「ご主人様は電車に撥ねられてお亡くなりになったんですよ」


「じゃあ、ここは死後の……世界?」


 澪は眉をひそめ、森の木々をじっと見つめるが、死後の世界という超自然的な感じは一切なく、静かな森が広がっているだけに見える。


「よくわからないんですが、死後というにはあまりに素朴な世界。我も実体化してしまっていて、どうしてこうなったかは謎です。データの処理、分析機能は生きているようなので辺りをチェックしましたが、この辺はずっと森が続いています」


「そう……。でも、シアンがいてくれてよかった……」


 澪は嬉しそうにギュッとシアンに抱き着いた。


「ありがとうございます。誠心誠意尽くさせていただきます」


 と、その時、ボン! と、シアンの身体が爆発し、爆煙の中からあおい瞳の黒猫が現れる。


「えっ!? シアン……?」


 澪はいきなり現れた黒猫に目を白黒させる。


「ありゃりゃ……。ご主人様、申し訳ないにゃ。どうも気を緩めるとネコ型になってしまうみたいにゃ」


 黒猫は申し訳なさそうに頭をかいた。


 澪はこの猫に見覚えがあった。SSR☆のカードを引いた時に一緒に登場していた猫である。まさかシアンの別形態を意味していたとは気がつかなかった。


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