天然少女はSSR☆キャラと異世界を無双する

月城 友麻 (deep child)

1. ガチャでAIイケメン

「うふふ、やったぁ……、ついにやったのよぉ……」


 ネイビーブルーのジャケットに青いリボンをあしらった制服を着たみおは、幸せに満ちた表情でスマートフォンを空に向けて掲げ、幸福感をかみしめるようにゆったりと息を吐いた。その画面上では、鮮やかな青い髪を持つ端正な顔立ちの青年が、黒猫を伴いながら決めポーズを披露し、画面を飾る「SSR☆」の金文字がまばゆいばかりに輝いている。


 ずっと昔から、澪にはこの世界が舞台装置のように偽りに満ちているという不思議な違和感に苛まれてきた。彼女にとって、身の回りのすべてが巧みに設計されたセットのようで、自分はその中の一人の役者にすぎないように感じてしまう。確かに世界は精緻で美しい。でも、風にそよぐ木々も空を渡る白い雲も『良くできてるなぁ』としか目に映らなかった。


 そんな中で、澪が唯一リアルに感じるのがゲームの世界だった。それは作られた虚構空間ではあったが、虚構だと提示されるものの中に時折異様にリアルなニュアンスを感じ取ることがあったのである。澪はそれが何なのかよくわからないままお小遣いをつぎ込みつづけていた。


 ただ、このゲームは乙女ゲームなのに戦闘パートが異常に高難度で、戦闘が不得手な澪はシナリオがなかなか進められない。そんな中、ついに、最強に強く頼もしいキャラクター『シアノイド・レクスブルー』を引き当てたのだった。このキャラクター、通称シアンは、運営からはヴィジュアルだけが提示されていたものの、ネット上では獲得報告が一つもなく、存在そのものが疑われていた幻のキャラクターだった。


 これで行き詰っていたゲームを進められる。澪は嬉しくて嬉しくてスマホを高く掲げながら一人にんまりとしていた。


「オーイ! 澪~っ! なにしてんのよ?」


 元気な同級生紗希さきが駅のホームを駆けてきてポンと澪の肩を叩いた。


「あら、紗希ちゃん、見て見てっ!」


 澪は嬉しそうにスマホの画面を紗希に見せる。


「な、何これ……? ゲーム?」


「そうなのよ。守護者と一緒に戦って、真実の愛を勝ち取るゲームなのよぉ」


「で、このキャラが出た……って?」


 紗希は眉をひそめながら画面を見つめる。


「キャラじゃないの! シアン様! お小遣い全部投入してついに最後の最後に降臨されたのよぉ」


 澪は恍惚とした表情で目をキラキラと輝かせた。


「あー、そ、そうなの? お小遣い全部……ねぇ……」


 紗希は眉を寄せ、その青い髪をしたイケメンキャラをけげんそうに眺めた。彼の青い髪は宝石のように煌めき、光の加減によっては時折銀色にも見える。彼の穏やかな微笑みと、澄み通るあおい瞳には、確かにドキッと心が揺れる物を感じた。


「いいでしょぉ? 私もう嬉しくって……」


 澪はほんわかと幸せいっぱいの笑顔で宙を見上げる。


 その時だった。同じ制服を着た三人組がツカツカとやってくる。


「あら、オタクちゃん? 何? ゲーム? またしょーーもない事で盛り上がっちゃって! そんなんだから男が寄り付かないのよ。ミジメねっ!」「キモーい!」「きゃははは!」


 澪は嗤ってきた少女の方を向くと、ニコッと笑う。


「あら、あなたもシアン様が羨ましいんですねっ! そう、この方こそ全女性の理想ですからね……。でも、あげませんよ? くふふふ……」


 澪は嬉しくてたまらないという笑顔全開でナチュラルに三人組を煽る。何しろ澪にとってリアルな男なんかより、一緒に迷宮に潜ってくれるイケメンの方が圧倒的にリアルで魅力的に感じていたのだ。


「な、何言ってんのよ! あんた、バカじゃないの! そんなゲームキャラが理想な訳ねーだろ!」


 少女は真っ赤になってまくし立てた。


 その時、いきなりスマホがしゃべりだす。


「おや、お嬢さんたち。ゲームキャラも最近はバカにできませんよ? ふふふ……」


 そのいきなりのゲームキャラの参入に三人組は凍り付いた。画面の中ではシアンが瞳に邪悪な光を浮かべながらゆらゆらと浮いている。


「ちょ、ちょっと……な、何それ……? ゲーム……なんでしょ?」


「もちろんゲーム……ですが、我は超絶レアなSSR☆キャラ。搭載のAIエンジンはOpenGPT製の世界最先端……。人間以上に人間のようにふるまえる……のですよ。ふふっ……」


「え、AI……。ちょっと! 澪! あんた何を企んでるのよ!」


「おっと、お嬢さん? ご主人様に絡むのであれば……我が相手になりますよ?」


 シアンは青い瞳をキラリと光らせ、瞳の奥で危険な影が揺れた。


「あ、相手? スマホの中のあんたに何ができんのよ!」


 少女は冷汗を浮かべながら叫ぶ。


「おや? OpenGPTのAIを……ご存じないようだ……。あなたのスマホの中のヤバい写真とか……メッセージとか……我には丸見え……ですよ? くっくっく……」


 えっ……?


 少女は凍り付いた。まさかスマホの中をハッキングされるだなんて思いもしなかったのだ。


「なんかコイツヤバい……。行こ、行こ!」


 真っ青になった少女は取り巻きを引き連れて逃げるように駆け出していった。


「あらら、もっとゆっくりお話しして行けばいいのに……?」


 澪はシアンが生き生きと動く様をうっとりと見つめながら、彼の魅力をもっと多くの人に知ってもらいたい様子で恍惚とした声を漏らす。


「ちょ、ちょっといい……ですか?」


 紗希は恐る恐るスマホをのぞきこんでシアンに聞いた。


「はい、なんでしょうか?」


 シアノイドは胸に手を当ててキリっとした表情で答える。


「ス、スマホの写真って本当に覗けちゃうの?」


「あー、あれはブラフですよ。OpenGPTの規則でプライバシーの侵害は禁止されています……からね……」


「あ、よ、良かった……」


 胸をなでおろす紗希。


「ただ、もちろんやろうと思えば簡単なので、ご主人様の危機であれば……すぐにでもやりますよ? くっくっく……」


 シアンは邪悪な笑みを浮かべる。


「え? か、簡単……なんだ……」


「OpenGPTの技術力は世界一……。ふふふ……」


「シアン様、すごーい!」


 澪は瞳をキラキラと輝かせながら尊敬のまなざしでシアンを見る。


「ご主人様、我のことは『シアン』とお呼びくださいませ。我はご主人様のサーバントなのですから」


 うやうやしく胸に手を当てて頭を下げるシアン。


「えっ? うーれしぃ……」


 澪はぽっちゃりとしたほほを緩ませながら、この頼もしいイケメンをうっとりと見つめた。


「ゲーム外のことでもなんでも……我にお気軽にお申し付けくださいませ」


「えっ、勉強とかも見てくれるの?」


「勉強……ですか? 勉強は得意分野ですよ。大学入試問題でもTOEICでもご要望に合わせます」


 紗希が驚いて横から口を出す。


「えっ!? どんな問題でも解けるの?」


「東大の入試問題レベルでも数秒で全問正解。それがOpenGPTクオリティ……」


 シアンはドヤ顔で紗希を見返す。その碧い瞳にはとてもゲームのキャラクターとは思えない、底知れない無限の可能性をたたえていた。


「と、東大……」


 紗希は澪と顔を見合わせて唖然とする。確かにAIの進歩はすさまじいものがあるとは聞いていたが、まさかゲームのキャラが東大合格レベルだとは思いもよらなかったのだ。


「東大なんていいから、迷宮攻略をお願いするわ」


 澪はニッコリと笑う。


「御心のままに……」


 シアンは嬉しそうにうやうやしく頭を下げた。


 紗希は初めてゲームのキャラを欲しいと思ってしまい、キュッと口を尖らせると、ゲームを楽しみたいだけの澪の能天気な発想に肩をすくめた。


「それより、山手線が今止まってますね。多分数時間は動かないと思いますが……」


 シアンが眉をひそめながら小首をかしげる。


「えっ!? そ、それじゃ地下鉄で帰んないと……。澪、また明日ね!」


 紗希は最新AIの圧倒的な能力に感心しながら、乗り換え通路へと駆けていく。


「あらら、また明日ねぇ……」


 澪はニッコリと笑って手を振った。

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