第18章 おてんばさんの涙

 あのカラオケサークルの日から,三日目。 1年b組の仲間たちは,休み時間や 放課後など 空いた時間を見つけて,折り紙を折っていました。 クラス委員の小林さんが呼びかけて,救急医療センターにいる徹(とおる)に 千羽鶴を届ける事にしたのです。 


 「おっと、金色のやつ めーっけ❗️ あたい、これで折ろうっと」 

 折り紙の袋から 金色を取り出して,鶴を折り始めた ひろみ。 そこへ、スピカ君がやってきて、

 「千葉さん、そんなに こん詰めちゃ,体に毒だよ」 

 「ありがと。 ちゃんと 休み休み やってるからさ」

 横から 鶴を折っている手元を覗き込んでいる スピカの方に,ひろみが顔を上げて答えました。

 「それならいいんだけど、おうちでも いっぱい折って、持ってきたんでしょ? 僕たちも作ってるから,千羽くらい すぐに集まるよ」

 「うん。 それは わかってるんだけどさ、あいつに早く治って,戻ってきてほしいから」

 ひろみは、金色の折り鶴を完成させると,すぐに袋から次の折り紙を出して 折り始めました。

 「もちろん僕だって,同じだよ。 うーん、だけど・・・もう二晩たっても 意識 戻ってないんでしょ? もしかしたら、体力的に限界かもしれないよ」

 信じられないクラスメイトの発言❗️ ひろみの手が,思わず止まりました。

 「あんた、自分で 何言ってるかわかってんの? 普通 仲間が入院しても,そういう縁起の悪い事 言えないと思うけど」

 「そう、普通はね。 でも、よく考えて。 今は,非常事態なんだよ。 食べたものの毒に当たったんだもの」

 「やめてよ。 なんか もうすぐあの世に行っちゃうみたいじゃんか」

 滅多に顔色を変えないひろみの表情が,厳しくなりました。 いっぽうスピカは,深刻な話の最中だというのに 涼しい顔。 ひろみには、へらへらしているように見えて,むかっ腹が立ってきました。

 「ねえちょっと、なに怒ってるのさ?」 睨みつけられて,一瞬焦ったスピカ。 でもすぐ平気なつらをして,「僕の国じゃ,内乱で 数え切れないくらい 人が死んでるよ。 その度に悲しんでたら,気が変になっちゃうでしょ? だからさ、平田くんの一人や二人 間違いが起きたって,それは運命なんだから・・・」

 「うっせえ、おめえ占い師か!?」

 スピカが おしまいまで言い終わらないうちに、椅子から立ち上がって 叫んでいたひろみ。 

 「あいつはね、もともと運が強いんだ。 徹は,死なないよ。 絶対 戻ってくるから」

 本当は,雷を2〜3発 スピカに落としてやりたかったけど,いっきに涙が溢れてきそうになって,そう言い返すのが精一杯。 頭ごなしに怒鳴る余裕なんかありませんでした。

 「千葉さんも,1bのみんなも、わかってないな。 まじ あめえよ」 スピカは,唇を噛んで 泣くまいとしているクラスメイトに謝ろうともせず,呆れたようにため息をついて,自分の席の方へ戻っていってしまいました。

 ひろみは、最初に作った金の鶴と,折かけの赤い折り紙を 机の上に出しっぱなしにしたまま,ふらふらっと教室から 出ていってしまいました。


 「ねえ、ひろみちゃん知らない?」

 オレンジの油性ペンを返そうと やってきた彩野(あやの)が、席にひろみがいないのに気づいて,クラスの仲間に 尋ねて回っています。 みんな、スピカくんと何か言い合ってたのは 聞こえていたみたいだけど,直後にひろみが教室を出るところを見ていた人は,なぜか誰一人いなかったようです。

 「どこいっちゃったのかしら? もうじきお昼休み終わっちゃうのに」

 彩野は 教室を出て,名前を呼びながら探しました。

 図書室や お手洗い、保健室も行ってみました。 やっぱり、ひろみの姿はありません。

 「ありゃあ、あなた、スピカ君と同じクラスの子じゃなーい?」 2階に続く階段の前の廊下で,長いモップを持ったお掃除のおばちゃんが 話しかけてきました。

 「はい、そうです。 ちょうどよかった❗️ すみませんが、私といつも一緒にいる,丸顔で ショートヘアーの女の子を 見かけませんでしたか?」 

 「ああ! あの男の子みたいに 元気のいい子でしょ!? たしか10分くらい前に,玄関から外に出ていったよ。 忘れ物でも取りに行ったんじゃないの?」 彩野の後ろ側,正面玄関の方を指さして,おばちゃんが答えました。

 「ありがとうございます」 ペコリとお辞儀して,駆け出す彩野。

 「廊下走っちゃ,危ないわよー!」

 おばちゃんの声も,届いていません。

 5時間目のチャイムが鳴りました。

 「1 2 3 4! 1 2 3 4!」

 体育の授業が始まって,校庭では 上級生でしょうか?並んでラジオ体操を開始しました。 お邪魔にならないように,庭の端っこをかけていくと,正門のそばの大きなイチョウの下に 人影が見えました。 急いでかけていってみると、ひろみが気の根本にしゃがみ込んで 泣いていました。

 「どうしたの、ひろみちゃん? お昼食べてた時,あんなに冗談言って,楽しそうだったのに??」

 彩野が ひろみと向かい合ってしゃがんで、優しく尋ねました。

 「徹が死んちゃう。 うちらが蛇に食べられた時,あいつ 助けに来てくれたのに,あたい あいつの事 助けられない」

 泣き腫らした瞳で,答える ひろみ。 ハンカチで拭っても,目頭を抑えても,涙が 後から後から 溢れてきます。 泣き虫の彩野の大きな瞳からも,たちまち涙が溢れました。

 「ねえ、徹君が助からないなんて そんなひどい事,誰が言ってたの?」 しばらくして 少し落ち着いてから,彩野が尋ねました。

 「さっき、教室で 鶴を折ってたら,スピカくんが『もう二晩も意識が戻ってないから,たぶん限界だよ。 食べたものの毒に当たったんだから、これも運命だ』って・・・」

 「ええっ、なにそれ⁉️ 信じられない‼️ あの人,どういう神経してんのかしら?」 彩野は,ショックと怒りで,体が震えました。

 「彩ちゃん,あたい、あいつがいなくなるなんて 考えたくない。 絶対イヤ❗️」

 お母さんと逸れてしまった子供のように,泣きじゃくる ひろみ。 いつも元気いっぱいで,時には ふざけて クラスの男子,特に紀矢(のりや)と 追いかけっこをするほど活発なひろみが、なんだかほんとの幼子みたいに 小さく見える、彩野なのでした。


 〜つづく〜


 「ファンキー・ビケット」 次回のお話は?

 彩野です。


 無神経なクラスメイトの一言で 取り乱してしまった ひろみちゃんが、とても見ていられなかったので,私は 放課後 彼女を誘って,徹君の意識が早く戻るように お寺にお参りする事にしました。

 紀矢君も すぐ後からやってきて,感激のあまり 再びひろみちゃんは泣き出してしまいます。

 でも、温かい和尚(おしょう)さんの言葉に,私たちは どれだけ前を向く力をいただけたでしょう。

 いっぽう こんな大変な最中に,ある人の怪しい振る舞いが 目につき始めて・・・。


 第19章 ミルクのど飴 パート2

 みなさん、徹君と ひろみちゃんへの応援を,よろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る