第4話 優先順位

 結構な確率で、

「親になんかなりたくない」

 と思っている大人が多いのではないだろうか?

「子供は可愛いから、早く子供がほしい」

 という純粋な気持ちを持った人が、今までの歴史の中にどれほどいたのだろう?

 もちろん、子供ができて、子供の顔を見たとたんに、子煩悩になる。あるいは、

「子煩悩だった性格が、表に出てくる」

 ということが多いのだろうが、

 歴史的には、少し前まで、戦争前くらい前までは、その考え方が大きかったのであろうが、

 というのは、

「子供を作って、家を守っていく」

 という考えである。

 いわゆる、

「跡取り」

 ということであり、

「私の代で、家を絶やしてしまっては、ご先祖様に申し訳がない」

 という考えであろうか。

 特に日本は古来から、

「家系を守る」

 ということで、

「家系を大切にしている」

 という人種である。

 他の国でもあり得ることだが、その傾向は日本において、大きい考えなのではないだろうか。

「それがどういうことなのか?」

 ということを考えると、考えられることは一つしかない。

「日本は、古来。いや国ができた時から、変わらないものとして、万世一系の天皇家というものの存在があるからだ」

 と言えるのではないだろうか?

 天皇家、あるいは、皇族と呼ばれるものは、昔から、

「神のような存在」

 として崇められていた。

 古代はもちろん、天皇家が一番偉いというもので、そこに貴族が関わってくる。

 しかし、どんなに他の種族が権力を持ったとしても、

「帝」

 にはなれないのだ。

 なれるとしても、

「摂政、関白」

 までで、

 幼くして即位しなければならなかった天皇を補佐して、政治をつかさどるのが、摂政であり関白なのだ。

 もちろん、古代の天皇は、自らが政治を行うということも実際にはあった。途中から、「自分の家系から天皇を出したい」

 という都合のいい解釈から始まった、

「院政」

 というものがあり、それも、

「天皇と上皇」

 のそれぞれで権力を持つことで、さらに皇室に力が集中するということもあった。

 だから、令和という時代になる時、

「生前退位」

 というものに対し、物議をかもしたのだ。

 その時に一番問題となったのが、

「権力の一極集中」

 ということであったが、そもそも、憲法で天皇というのは、

「日本国の象徴でしかない」

 のだ。

 それは、上皇となっても同じこと、今の時代に、憲法があるのだから、それに逆らっても、天皇の権力が復活することはありえないだろう。

 中世に入り、武士の世界となり、

「武家の棟梁」

 として君臨する、

「征夷大将軍」

 であっても、それは、あくまでも、

「天皇を助け、政治を行う」

 というものであった。

 ただ、幕府の力が強いと、天皇でさえも逆らえないという時代もあったかも知れない。

 ただ、本来は、

「幕府に、政治を任せることで、武家を、将軍が抑えてくれる」

 のであれば、天皇としても、幕府の存在に懸念を抱くことはないだろう。

 実際に、そういう時代が続いてきた。

 ただ、幕府の存在は認めながらも、力が衰えた。あるいは、内乱により、崩壊寸前と見た将軍家が、

「幕府を倒す」

 ということをもくろんで、鎌倉を攻撃しようと考えた、

「承久の変」

 あるいは、

「元寇来襲により、その報酬をえることができず、困窮してしまった御家人の不満が爆発したことで起こった倒幕運動に乗っかったのが、後醍醐天皇であり、天皇の軍は、鎌倉幕府の倒幕に成功した」

 ということで、行われるようになったのが、

「建武の新政」

 というものであった。

 ただ、ここでの一番の問題は、後醍醐天皇による、

「新政」

 というものが、

「天皇中心の世の中で、あくまでも、武士は貴族や、公家の警護」

 という平安期の昔に戻そうとしたことであった。

 封建制度というのは、将軍が自分の土地を保証してくれ、それに対して御家人が、幕府のために兵を出したりして、幕府を警護するという役目を負う、

「ご恩と奉公」

 ということで成り立っているのだった。

 しかし、これが天皇中心となると、あくまでも、武家は、

「貴族の下」

 ということになり、公家にこき使われるだけになる。

「何もできない腰抜けの貴族の下で、何を従わなければいけないか」

 ということを考えると、

「そもそもが、平安の昔に時代を戻そうというのだから、武士の不満は、当然のことであり、せっかく幕府を倒したのに、これでは何にもならない」

 と、今度は、武士は、後醍醐天皇に反旗を翻した。

 その先鋒が、足利尊氏だったのだ。

 そもそも彼は、鎌倉幕府の御家人として、後醍醐天皇と戦うはずだったのだが、幕府を見限り、天皇方についた。

 しかし。今度は、天皇が歴史を戻そうとしているのを知ると、今度は後醍醐天皇を見限り、今度は、天皇軍と戦うことになった。

 そして、その勝利によって、自分が征夷大将軍となり、

「足利幕府」

 を樹立したのだった。

 そこから先は南北朝の時代となり、それをまとめた三代将軍、義満の時代に最盛期を迎えたおだが、歪な将軍家だった足利幕府は、応仁の乱などをへて、

「群雄割拠」

「下克上」

 なとと呼ばれる、戦国時代に、突入していくのであった。

 戦国時代になると、将軍家も、まったく権力がなくなり、そもそも、足利幕府の役人としてそれぞれの国を治めるためにおかれた、

「守護」

 というものが、戦国大名となっていった。

 ただ、一筋縄でいくわけでもなく、中には、

「守護を倒して、成り上がろう」

 という機運が高まり、守護代であったり、国衆とよばれる、守護を補佐していた、一種の部下に謀反を起こされ、その立場を奪われるということも頻繁に起こった。

 それが、下克上というもので、守護職であっても、決して安泰な時代ではなかった。

 それだけ、幕府という中央の力が、まったく地方に影響しなくなっていたということの他ならないのだ。そこから先がいわゆる、

「戦国時代」

 と呼ばれる時代に突入するのだ。

 だからと言って、戦国大名というのは、

「幕府を倒して、全国を統一とまでは思っていなかっただろう」

 と言われている。

「越後の上杉謙信も、上洛し、将軍を助け、政治を元に戻す」

 ということを考えていたというし、

 織田信長も実際に、将軍家の足利義昭を奉じて上洛し、彼を、第十五代将軍の座につかせたではないか。

 その後、信長の権威が強いことに反発し、

「信長包囲網」

 などを作ることで、信長と敵対することで、結果、京都を追われ、幕府を滅亡させることになったのだが、何も信長も最初から、幕府を倒そうとは思っていなかっただろう。

 せめて、

「利用するだけ利用する」

 という程度の考えだったに違いない。

 ただ、信長は、

「神になろう」

 という意識があったようだったので、築城した安土城に、

「帝の屋敷」

 を作り、自分は天守にいることで、帝を見下ろすというような考えを持っていたのではないかと言われているが、果たしてどこまでがそうなのか、分かったものではなかった。

 そんなことを考えていれば、当然配下の連中もついてくることはないだろうからである。

 そんな時代を通り越し、秀吉の時代になると、彼も、朝廷を立てていた。さらに、江戸時代になっても、そこの方針は変わりはなかった。

 ペリー来航により、幕府が開国したことで、攘夷派であった孝明天皇は、心中穏やかでなかったであろうから、幕府に、期限を切っての、攘夷の実行を約束させると、各藩が外国打ち払いを始めた。

 幕府の立場は微妙なものになり、幕末が混乱してくると、討幕派が動き出し、

「天皇中心の中央集権国家」

 というものの樹立を考えるようになってきたのだ。

 実際に、

「鳥羽伏見の戦い」

 に端を発した戊辰戦争が始まったが、肝心の徳川慶喜が、

「大坂城を脱出し、江戸に逃げ帰る」

 ということを行い、

「朝廷とは争わず、隠居する」

 と言いだしたものだから、

「幕府は滅亡」

 することになり、

「天皇を中心とした、明治新政府」

 が出来上がったのだ。

 そこには、明らかな方針があった。

「不平等条約の撤廃」

 というものがあったのだが、

 何といっても、

「領事裁判権、さらには、関税自主権の復帰」

 というものが、そこにはなければいけないのだった。

 日本で、条約を結んだ国の居留民が罪を犯しても、日本で裁くことはできないというもので、もう一つは、貿易の際の関税はあくまでも、相手からの一方的なもので。その不平等が、日本を苦しめることになるのだった。

 そのためには、まず、

「諸外国に、日本という国は、極東の後進国ではないということを思い知らせる必要がある」

 ということで、まずは、日本国内の近代化、いわゆる、欧米化といってもいいだろう。

 さらに、国における兵を強くすること。

 そのためには、富んだ国にしなければならず、産業を発展させる必要がある。

 それが、

「富国強兵政策」

 であり、そのために、急速な欧米化が必要だった。

 さらに、並行して、政治体制も、欧米に合わせる必要があった。

 つまりは、

「憲法を制定し。議会政治を行うこと」

 というのが、その問題であった。

 そのためには、教育などの充実も必要で、憲法制定のために、議会政治の元祖、イギリスや、憲法を学ぶために、プロシア、つまりドイツで勉強したりし栄太のだ。

 そして、大日本帝国憲法を中心とした、国内法が制定され、それによって議会も開かれ、いよいよ日本は、世界に先進国の号令を行うという時代に入ってきたのだった。

 そして、いよいよ日本が世界に肩を並べるようになった時、帝国主義の戦争に巻き込まれるという、ある意味屋無負えない状態になった時、国民への戦争鼓舞や、士気を高めるということでも、教育の中で。

「日本は、神の国である」

 という宣伝とともに、

「天皇は人間の形をした神だ」

 とでもいうような、

「現人神」

 と言った発想が芽生えたのである。

 戦争において、悲劇の代表ともいわれる、

「玉砕」

 というのも、その時、

「日本ばんざい。天皇猊下万歳」

 といって散っていった人たちばかりだったというのは、今でも言われていることである。

 それも、

「天皇というのは、2,600年と続いてきた世界にも例のない、万世一系の家系である」

 ということを大いに宣伝し、国民を洗脳していく。

 この考えが、

「家を守っていく」

 という日本人独特の考えを示しているのではないか?

 ということなのである。

 確かに、他の国でも、

「国王がいて、王国と言われるところもあるが、ここまで長く、ずっと君臨してきた国もない」

 と言われる。

 天皇というのは、

「日本国民ではない」

 と言われる。

 だから、憲法の中にある、

「基本的人権」

 には含まれない。

 あくまでも、憲法で規定されているのは、

「天皇は国の象徴」

 というだけで、それ以外は、皇室典範というもので決まっていて、国民の権利義務には、天皇は関係ないといえるだろう。

 ただ、今の天皇家は、権力がないわりに、縛りは多いのだ。ある意味、

「自由がないだけに、可愛そうだ」

 ともいえるが、そういう国家も珍しいわけではない、

 それを思うと、

「今の家系を守るという考え方も、古くなっているのではないだろうか?」

 とも思えるのだ。

 つまり、実際に、

「日本国は、考え方から、今でいう近代化の時期を迎えているのかも知れない」

 と言えるのではないだろうか。

 まだまだ昔の機運が残っている今の日本というのは、ある意味、

「考え方という意味で、なかなか中途半端なところにいるのではないだろうか?」

 と言えるだろう。

 日本における、

「家族を守る」

 という考え方も、今の時代にはまったくマッチしていない。

 そもそも、

「家を継ぐ」

 といっても、継ぐだけの家もなかったり、そのための相続税の問題などから、家や土地を手放さなければいけない事態になりかねないだろう。

 またお約束の政府批判にしかならないのだが、あまりにも、税金が高すぎる。

「何でもかんでも税金とりやがって」

 と思うのに、さらに増税などといっているのだから、信じられない。

 そもそも消費税だって、

「社会福祉の充実のため」

 と最初の頃は言っていたくせに、学費は上がるは、医療費負担の率は上がりは、挙句の果てに、老人になるまで国のために尽くして働いてきた人たちに対して、

「年金はやらんから、死ぬまで働け」

 というような政策を取るというのは、まるで江戸時代に、農民対策として行ったような、

「農民は生かさず殺さず」

 と基本方針に似ているのではないだろうか?

 それだけ、時代が逆行していき、生活ができなくなってくると、暴動が起こったり、政府を批判したりが出てくるように思うのに、何も出てこないということはどういうことなのだろうか?

 そんなことを考えると、

「家を守る」

 ということは、昔ならできていたことでも、今の時代はできないといってもいいだろう。

 結婚していれば、

「家族を養うだけで精一杯」

 ということになり、結婚していない人は、

「今の給料で、結婚して、子供を作ったとしても、養っていけない」

 ということになり、さらに、子供を苦労して育てたとして、子供が、

「家を継がない」

 といってしまえば、終わりではないだろうか?

 それを思うと、

「子供と親の確執というのは、今に始まったことではないのに、子供が家を継いでいるということも結構あったりする。それにもいくつかの理由があるだろう」

 ということであった。

 一般企業に就職したはいいが、人間関係に行き詰って、結局会社を辞めて、実家に戻って、

「家を継ぐ」

 ということも結構あるだろう。

 これは、人から聞いた話であったが、家が医者をやっているのだが、本人は、

「家を継ぐつもりはない」

 ということで、大学も経済学部を卒業し、普通に就職をしたのに、2年で会社を辞めて、何と医学部を受けなおして、まあだ、4年間大学で勉強し、卒業後、医者を目指すということをしたやつがいた。

 サラリーマンであれば、この間の数年間は、出世などという意味でいくと、かなりの遅れになるのだろうが、医者というものであれば、そこまではないのかも知れない。

 ただ、せっかく就職した会社を辞めて、再度大学に入学しなおしてという、まったく違った人生を、数年、棒に振る形でやっていこうというのだから、

「勇気がある」

 というだけで、片付けられるものであろうか。

 実際に、その人は、そのまま医者になって、家を継いだようである。

 ただ、その話も、省吾が学生時代から、20代の頃くらいの話だったので、今から十数年前というくらいだっただろうか。

 親が子供を、

「マインドコントロールする」

 ということまではいかないのかも知れないが、それに近い形というところで、昔聴いたことがある話を思い出した。

 実際に文庫本でも読んだことのあるものであるが、

「ロボット工学三原則」

 というものに絡んだSF小説だったのだ。

 要するに、

「ロボットというものは、人間がコントローラを使ったり、実際に乗り込んで操縦するというものか、人工知能のようなものを持っていて、いかにも人間に近い頭脳として、自分で考えて、判断ができて、それで行動に結びつけることができる」

 という2種類があるだろう。

 さらに、別の見方であれば、

「人間を改造することによって、強靭な肉体を手に入れる。あるいは、強靭な肉体の中に、生身の人間の頭脳を移植する」

 というような考えであったり、逆に、

「最初から肉体も辞脳も、人工のものであり、それをうまく整合性を持たせるか?」

 というようなもので、

「前者が、サイボーグ、後者を、アンドロイド」

 という風にいえば、分かりやすいのかも知れない。

 どちらにしても、問題は、

「人間と同じ感情」

 なのである。

 もし、感情を持つか持たないかということになれば、どうなるか?

 もし、感情がないということになれば、

「この状況では、こうする」

 というテンプレート的なことしかできなくなってしまう。

 そうなると、すべての可能性に対し、その次に怒る可能性を網羅しなければならなくなり、そんなことは、

「フレーム問題」

 で解決できないということで、不可能と言われている。

 つまりは、世の中における、

「すべての可能性」

 というのは、

「無限」

 という言葉と同意語なのである。

 そうなると、問題になってくるのが、

「フランケンシュタイン症候群」

 というもので、

「ロボットが、人間を支配する世界」

 という世界の創造であり、それを避けるために、考えられたのが、

「ロボット工学三原則」

 というものであった。

 その発想が、元々は、

「SF小説を書くネタ」

 であっただけなのだが、

 それが、研究されるようになり、今では、

「ロボット工学のバイブル」

 というようなことになっているのであった。

 フランケンシュタインも、そもそも、物語であり、

「理想の人間をつくろうとして、怪物を作り出してしまった」

 という話であり、

「ロボットには、絶対に人間を襲ったり危害を加えないようにしたり、さらには、人間の命令には絶対に服従する」

 という機能を入れておかないと、いつ反乱を起こして、人間と敵対しないとも限らないだろう。

 そもそも、人間ができないことをロボットにしてもらおうということで、人間よりも強靭に作っているのだから、人間に歯向かってくれば、人間に勝ち目があるわけもない。

 この発想が、SF小説としての、

「フランケンシュタイン博士の作った怪物の物語」

 だったのだ。

 SF小説として、今度は、

「ロボット工学三原則」

 というのを盛り込んだ話が考えられたのだ。

 この三原則というのは、

「人間に危害を加えてはいけない」

「人間の命令には服従しなければならない」

「ロボットは、自分の身は自分で守らなければならない」

 というのが、ざっくりとした三原則である。

 しかし、実は、この三原則には、大きな矛盾というか、欠点があった。

 それが、

「優先順位」

 というものであり、それぞれに、その矛盾を抱えているところを解決させる必要があったのだ。

 例えばであるが、

「ロボットは、人間の命令に服従しないといけないというが、もし、その命令が、誰かを殺せという命令であったとすれば、人に危害を加えてはいけないという条文に違反しているわけなので、どっちが優先するのだろうか?」

 ということである。

 人間の頭脳で考えれば、

「人に危害を加えないというのが、最優先だ」

 ということが分かるだろうが、ロボッとに果たして分かるだろうか?

 分かるわけがないので、

「第一条から優先順位の高いものを並べ、次の条で、前の条に抵触しない場合うという但し書きが必要になる」

 あるいは、それを人工知能に組み込むことになるのだが、ただ、前述のように、

「すべての可能性」

 ということを考えると、同意語として、

「無限」

 ということになるのだとすれば、優先順位も、無限にあるということになり、

「そもそもの三原則というものが、ありえない」

 ということになるだろう。

「ロボット工学三原則」

 という問題は、

「優先順位の問題だ」

 といってもいいのかも知れない。

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