1分30秒小説『シュレシュティンガーの光』

 学校に行きたくない、と母にゴネる。見かねた父がため息を吐く。そして両の手のひらをクの字に曲げて張り合わせ、中に空洞を作る。


「この中に何を閉じ込めたと思う?」

「何って?何も入ってないじゃない」

「きらきらとそこら中を飛び回ってた朝の光、そいつを閉じ込めたんだ」

「嘘よ!光なんて閉じ込められないわ」

「そうかな?」

「手のひらで覆っちゃたから中は真っ暗だよ」

「父さんはね。この手のひらの中で、朝の世界から遮断されて迷子になった光がかくれんぼしていると思うんだ。澪そっくりの光。賭けてもいい」

「ホントに?何を賭ける?」

「負けた方が何でも一つ言うことを聞く」

「面白そう」

「じゃあ賭けは成立だな?」

「うん」

「よし、じゃあ開けるぞ」


 父が手を開くとそこには朝の光が有りました。


「父さんの勝ちだな」

「その光、私に似てない」

「父さんにはそう見えてる。じゃあ、約束通り、今から父さんの言う通りにするんだぞ」

 私は泣きそうでした。だってどうせ「学校に行け」って言うに決まってるから。


「父さんは会社を休む。澪は今日一日、思いっきり父さんと一緒に遊ぶ。そして明日からちゃんと学校に行く。できるね?」

 私は返答に困り、父の掌の上で滞空する朝の光を暫く眺めていました。そのうち光はきらきらと揺らぎ、私の目から零れました。


 その時は想像もしませんでした。


 二十年後の朝、父の手にあったあの光が、泣きじゃくる我が子の目の前、私の掌に包まれて輝く――なんて。

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