俺に出来ること

「シャドードラゴン相手に、三十分もったらいい方か」


 三十分の間にどれくらい消耗させられるか。せめて三日、いや、四日は欲しい。それくらいの時間を稼ぐにはどれくらいの傷を負わせればいいか。

 胴体に切り傷一つ付ける程度じゃ駄目だ。手足の骨の一本でも折ってやらなければいつ動き出すか分かったものじゃない。


 さて、先手は貰える。何をする。俺の一刀じゃあ何をどう足掻いたって大したダメージにはならない。この一撃で骨を折ってやる必要はない。ただせめてこちらが有利になる先手を。


「……《毒使い》」


 数秒悩んだ末に俺は《毒使い》を選んだ。俺のギフト、相手に毒を付与する力。もちろん即死の毒なんてものは与えられないし、体がボロボロになるような毒を与えることは出来ない。

 シャドードラゴンを相手にするなら精々体の一部が痛いと感じる程度だろう。


 それでも苦痛は確かに思考を鈍らせて隙を生み出す。そのための最善手。俺の目的は勝つことじゃなくて守ること、死なせないことだ。


 俺よ諦めろ。いいか、お前は強くない。だから出来ることを出来るだけ、せめて大切な人たちを傷つけさせないために。何を犠牲にしてでもやり抜け、いいな。


「……ああ、分かってる」


 どくどくと血が煮え立ち、全身が熱く燃え上がるような錯覚に襲われる。籠めるのは苦痛だ。体の内から溢れ出る、苦痛だ。


 右手に掴んだ泡立つ毒を振りかぶる。全力を籠めてドラゴン目掛けて投げつける。直後、鼻の中が熱くなる、そして緩く何かが溢れ出す。拭ってみれば分かる、何度も触れて来たから。

 血。鼻血が出ていた。


 ああくそ、やっぱり駄目だ。この程度の毒を使った代償に体が耐えられないなんて。結局幻想は幻想で、最強の俺なんていなかったわけだ。


 自虐を籠めて笑って見せる。そんな代償を覆った成果をこの目で見るため見上げてみる。その頭にべっとりと俺の毒を浴びたドラゴンを。


 最初はピクリともしなかった。でもやがて体が痙攣し始める。羽の先から爪の先。そしてやがてその全身。その震えが頭にまで上った時、やっとドラゴンの目は開かれた。


「ギャアアアアアアアアーーーーーーッッ!」


 咆哮が洞窟を揺らして僅かに瓦礫が降り注ぐ。叫んだだけで物を壊せるとか流石ドラゴンは化け物だ。

 思わず俺は笑みを浮かべた。


 俺の悪い癖だ。どうしてか自分が殺されそうな状況になる度笑っちまう。ああクソ、やっぱり生きてるってのは


「最高だっ!」


 俺は踵を返して走り出す。これだけ激しく暴れてれば十分だ。一太刀だけでもくれてやる予定だったが思っていたより強い毒を浴びせられた。あれで存分に暴れさせてやれば疲れ果ててしばらくは眠ってることだろう。


 口元に浮かんだ笑みを仕舞うことも忘れて、俺は外界の光が入り込んでくる洞窟の入り口を目指して走った。だが出口が目の前に見えたその瞬間、確かな殺意を感じ取って慌てて振り返る。


 見えたのは漆黒のブレス。それは黒く燃え上がってぐんぐんと迫って来る炎の束。


「はっ、マジかよ」


 深まる笑みと迫る熱を感じながら、俺は光の下に飛び出した。

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