古傷
「何なんですかあのデカトカゲは!」
町長に借りた部屋の中で、マシロがまだ起きていない町長を気遣ってかベッドを思いっきり叩いた。ポンッ、と音が鳴った。
「た、たぶん、ドラゴンだと思うよ、マシロちゃん」
「ドラゴン!? ドラゴンって、あれですよね! 最強の魔物! 先輩ッ! どういうことですか!?」
問い詰められても、分かるわけがないだろう。
「マシロ様、ドラゴンの出没は予想外のものです。主様を追及しても意味がねぇんでございます」
「だ、だって!」
「ま、マシロちゃん落ち着いて……」
躍起になって怒鳴りたてるマシロを落ち着かせようと、ミーアトリアとレイアが止めに入るが、マシロの勢いは止まらない。
「あんなの私たちじゃ勝てませんよ! ミーアトリアちゃんだって、服ボロボロで、せ、先輩だって! 何か言ってくださいよ!」
ミーアトリアの純白のワンピースは一部が切り裂かれ、所々赤く染まっている。俺も擦り傷だらけだし、服も破れている。結構必死で走ったし、暗がりだったので何度も壁にぶつかった。そのせいだろうな。
「……マシロ様、レイア様、少しお話がありやがりますので、こっちに来やがれください」
「えっ? ちょ、ミーアトリアちゃん引っ張らないでください!」
「ほ、ほらマシロちゃん、行こ?」
三人が部屋から出ていく音が聞こえて視線を上げると、扉の締まる瞬間、こちらを振り返るレイアと目が合った。心配そうに揺れていた。
「ったく、情けない」
それを見て、扉が閉まってから思わず零れたのはそんな言葉だった。
ドラゴンを見た瞬間、自分でも不思議なくらい普段の万能感が消えうせた。勇者としての活動を重ねた俺には怖いものなどないと、そう高を括っていた。それ相応の実力を持っているつもりだったのだ。
それがこの様だ。ダサすぎる。格好悪いんだよ、俺。
窓の外を見る。太陽はとっくに登っていた。
「動けよ、俺」
シャドードラゴン。その特性上、夜行性だ。昼は寝ているか活動量が少ないはずだ。昨日の夜は俺たちの相手していて疲れたはず。普段からゴブリンをこき使っていたのならそもそもの活動量が少ないはず。へばっていてもおかしくない。
だからこれは無謀な挑戦ではない。威力偵察もかねてちょっかいかけて来るだけだ。体力勝負ならドラゴン相手だって負けないさ。
以前ドラゴンと相手をしたのは二年以上前だ。それも、あの時は勇者として四人パーティーを組んでいた。内三人はパーティー歴五年。残りの一人は新加入のミーアトリア。ミーアトリアは当時から化け物級に強く、即戦力だった。
何とか倒した俺たちだったが、あれはこっち側の用意が出来過ぎていた。
国からの支援を受けていたし、色々な下調べも下準備もした。万全の装備で挑んで、とるべき勝利を取ったようなもの。あの時とは状況が違い過ぎる。それに、それだけの準備をしたって……。
だから、レイアたちを巻き込むわけにはいかない。ミーアトリアも、出来れば傷つけたくはない。それでも俺に付き従うのが性分というのなら、俺は。
暗がりの中見上げていた。漆黒のシルエットは意外とくっきり浮かんでいる。
洞窟の中、たった一人の俺の目の前で、シャドードラゴンが眠っていた。
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