遭遇

「せ、先輩! ミーアトリアちゃん! 早くレイアちゃんを助けてください!」


 必死な叫びに誘われて正面を見ると、両手で《守り手》を支えて呻き声をあげるレイ足掻いた。


「うっ、ぐあっ、だあぁあっ!」


 半透明の黄色い壁の向こう側にそいつはいた。


「っ、レイア! 離れろ!」

「でも!」

「良いから離れろ!」


 俺たちは一つ、勘違いをしていた。

 村にゴブリンが突然現れ、食料を奪う理由は生存本能だけなのだと。ただ、もう一つだけあった。生物が何かを奪おうとする理由が、もう一つだけ。


 誰かに命じられたから。


 なるほど。何年もゴブリンが現れてこなかった村にゴブリンが現れたのは、こいつに命じられたからなんだ。現れなかったのには理由があった。

 俺たちが見落としていたのは、ゴブリンは馬鹿だからと切り捨てた脈略の無さ。


 そしてもう一つ。

 勇者が現れる時、竜の目覚めの前兆だ。その事だった。


 シャドードラゴン。

 日光を好まず、暗闇の覇者として名を馳せるドラゴン。他のドラゴンと比べれば奪うものの少なさ故に弱い。けれどそれでもあれはドラゴンだ。勇者を必要とする、ドラゴンなのだ。

 だから言われ続けていた。勇者が現れる時は竜の目覚めの前兆だ。


 俺だってついこの前ハトリールに言われていなければこんな言葉にはむすび付けてはいなかっただろうな。


「お前には勝てない! ミーアトリア!」

「はい」


 淡白に返事をして俺もマシロも通り越してミーアトリアは駆けて行く。レイアの横を通り抜け、さらにはその壁も乗り越えて。

 ドラゴンの押し破ろうとする《守り手》にはひびが入り、今にも壊れそうだった。その崩壊を待つばかりだった。


 《守り手》の壁を乗り越えてミーアトリアは黒い影へと向かう。一対の羽を生やし、先の尖った尻尾を付け、強靭な顎と牙を持ったその生物を叩き切らんと。


 その右手に、《死の斧デスアクス》を握って。


「ミーアトリアちゃん!? 駄目、前に行っちゃ!」

「お前こそそこを離れろ! マシロ、レイアを連れて出口に走れ!」

「えっ!? で、でもレイアちゃんの《守り手》なら!」

「そんなものは無駄だ! 今にも壊れる! だから早く!」

「は、はい!」


 マシロは剣も盾も投げ捨て、《守り手》の前で食いしばるレイアの手を引く。


「ま、マシロちゃん!?」

「良いから早く来て! 逃げるよ!」


 レイアが《守り手》の前を離れた直後、それは破片となって散らばり、霧散する。


「走れ! 速く! 死ぬ気で走れ!」


 マシロはレイアの手を引きながら俺の脇をとって手口へと向かって行く。

 これでいい。あいつらさえ逃がせれば、それで!


「うぐっ」


 鈍い声が聞こえ、正面を向くと暗闇でくすんだ金髪が勢いよくこちらに向かってきた。


「ミーアトリア! っ、うぅっ!?」


 砲弾のように飛んできたミーアトリアの体を受け止めようと手を広げるが、勢いを殺し切れずに壁に背をぶつける。


「ッツ!? ミーアトリア、無事か!?」

「斧と、主様のおかげで。主様こそ、立てますか?」

「だ、い丈夫だ! 行くぞ! 撤退だ!」

「はい!」


 俺たちもマシロたちの背を追って走り出す。

 肩越しに、唸るドラゴンの姿を見ながら。

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