落語詩『萼』

えー毎度馬鹿馬鹿しいお笑いを一席

紫陽花に一粒の露がありましてぇ

そいつが朝日を浴びてきらきらと輝いております

光沢のある透明とでもいいましょうか

空の色まねをしている紫陽花の萼をお座布に

落語家のように座っておりますとそこへ

一寸ばかりはあろうかという蝗がやってまいりました

だいぶ歳古い蝗のようで

気門からしゅーしゅーと息を漏らしながら

命からがらといった様子でよじ登ってきて

露のおります萼の上に憩います

じーと露を見ています

まぁあのーなんてぇんですかねあの虫ってのは何考えてるか分かりませんな

蝉なんて何であそこまで大きな声で鳴いてるのか見当もつきませんし

揚羽蝶もあそこまで着飾る必要が無いんじゃないのなんてアタシは思います

あー話が逸れてしまいましたが蝗です

露をじーと眺めております

そうすると眼に無数のきらめきが映ります

複眼ってぇらしいですね

小さな眼がいっぱいあるんです虫ってやつは

露は身じろぎもせず

まぁ当然です露ですから

蝗の前に座っています

蝗はからからになった躯を潤そうと

二本の牙をそっと露にあてがいます

そうして一気に啜ろうとした途端に

露は紫陽花を滑り落ちていきました

誰です?「花が泣いたようだ」なん暢気なこと言ってるのは?

蝗は最後の力でもって露に縋っていたんです

コンセントを抜かれたようにへたりとその場につっ伏しまして

もう二度と動きはしませんでした

それを鑑賞していたのは名前もないただの朝空だけでしたが

まぁ空ってやつも虫同様

いったい何を考えているのやら

ただただ一連の様子をほんのりと宙に映して

あたしの心に透明な波紋を拵えました

川面に一石を投じたように

というわけで私も皆様に

一席ご披露させていただいたと

まぁこういう次第です


え?露ですか?

陽に溶けて空に紛れちまいました

また明日には

何処かできっと輝いてることでしょう

それともどこかの誰かのまつ毛にぶら下がって

涙の真似事でもしているかもしれません

詳しいことは分かりません

これがほんとのつゆ知らずってやつです

お後がよろしいようで

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