逢魔が時。

 ダンジョンセンターを出ると、視線は感じなくなった。

 しかし体に纏わりつく違和感は拭えない。


 不気味だ。

 今すぐ逃げ出したい。



 どこへ?


 電車に乗って大丈夫か?


 このままアパートに帰っていいのか?


 もうアパートは特定されて待ち伏せされてるんじゃ?


 


 頭に渦巻く不吉な思考。

 どの道を選んでも、正解が有ると思えいない。


 気を紛らわすため、笑顔のアイアンやタマを見るが、どうも落ち着いて来ない。

 

 心配そうにこちらを見つめるアイアンと目が合う。

 なぜか 大丈夫だよ の一言が、口から出ない。


 今の自分は重症のようだ。





 不安に駆られながら駅へ向かう。

 沈みゆく夕陽の中、せわしなく歩を進める。


 目に入る全てのものが敵に思える。

 

 どうすればいい?



 ……わからない。


 ……わからない。

 

 



 そうだ、



 人が沢山いる場所なら、きっと襲われない。

 


 何処かから流れて来た思考を、疑問に思うこと無く選び取る。

 

 駅に入り、繫華街へ向けて、アパートとは反対方向の切符を購入。

 タマが肩に登って頬を叩くが、気づいていない。


 いつもとは反対のホームで電車を待つ。

 

 長い。


 まだか、まだか、と心の中で唱えるが、一向にやって来ない。

 後一分で来るはずの電車に焦燥感がつのる。


 顔に生暖かい風。

 軋むレールの音。


 永遠に引き延ばされたかのような時間が過ぎ去り、電車が到着した。


 アナウンスと共に扉が開かれ、急いで皆と中に入る。

 がらんどうの車内に腰を下ろし、



 一安心。



 そして、

 


 何一つ音を立てること無く、扉が閉まり切った。



 ああ、

 そうか。


 理解してしまった。 


 安心したのは自分じゃなかった。

 この感情も思考も、全て思わされたものだった。

 



 何かが解かれたのか、眼前に広がる死体の山。

 車内全てが血の海と化している。


 「ぎゅあっ。」

 驚いたアイアンの声が小さく漏れ出す。


 目につく首から上だけの見知った顔。

 前の職場の上司だ。


 込み上げる吐き気を何とか抑える。

 


「よかったわ。ちゃんと案内どうりに来てくれて。」



 驚いて声の方を向くと、いつの間にか向かいの座席に、妙齢の女性が座っていた。

 下三白眼、敵意丸出しの目。黒を基調とし、胸元を大きく開けたドレスを着ている。

 

 逃げ出したいが、逃げ場がない。


「あなたにキースを殺されて、私達本当に大変だったのよ?」


 体が震えて動かない。


 というかキースってだれ?

 そもそも殺人経験が無いのですが?


「ごめんなさいが聞こえないわ。」


 一閃。


 ドレス女の手のひらから黒い奔流が放たれる。

 

 タマが浮かんで間に入り、攻撃を左手で吸収し続ける。

 顔をしかめるドレス女。


「キースの時と同じね。防御は一流の様だけどこれはど…」


 衝撃。

 言葉途中でドレス女が吹き飛ばされ、貫通扉に激突。


 一瞬で伸びたアイアンの両手に弾き飛ばされたみたいだ。



 そのままタマが宙を蹴って、ドレス女に追撃。


 しかし、少し遅かった。

 

 真白に光る猫の手が叩きつけられる直前、

 死体の山から膨大な量の青い文字が溢れ出し、魔法が発動。

 

 そうじとアイアンとドレス女は、灰色の光に包まれ、何処かへと消えていった。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る