第96話 御前試合始末


 シーナット公爵の一味は恙無つつがなく捕縛された。

 軍務卿と内務卿の連名による告発状が皇帝に上奏され裏付けとなる証拠も此度の査察により十二分なものが集まっている。

 捕まった連中は口々に必要悪であり捕縛は不当だ、みたいな事を口走っていた。

 帝国を支える議会、その構成員である議員の立場と特権を守る事が即ち帝国を守る事だとか言う寝言をほざいていたよ。

 終戦から僅か数十年、平和ボケが職業の倫理観を曇らせるには充分な年月だと言うのだろうか。

 人が肩書を腐らせ、肩書が人を腐らせるのならば定期的に入れ替える必要があるのに一定数の人間は肩書にしがみつく。

 そして歴史の汚点として名を残していくのだろう。


 さて騒動も一段落して後はお上のお仕事って事で退散しようとしたらゲール卿に呼び止められた。

 どうにも皇帝が会見したいんだそうな…謁見ではなく会見って事は多分そうゆー事なんだろう。

 余人を交えず非公式にという事で軍務卿の私室に案内された。

 そこには試合場で見かけた年若い皇帝が待っていた。


「この度は拝謁賜りまして誠に恐悦至極に存じます」


 右手を胸に当てる宇宙開拓軍式にて室内敬礼する。

 帝国式の答礼を綺麗に返しながら皇帝は口を開く。


「武勲の誉れ高き戦士への称賛の前に臣下の無体を詫びよう、更には捕縛の与力にも感謝の意を」


 国家元首である皇帝自らの謝罪と謝意の表明である、深く受け止める必要があるだろう。


「それも陛下の臣である軍務卿の一方ひとかたならぬ御協力を頂き、事なきを得ております」


 一頻り無難な挨拶を交わし席を勧められ暫し歓談に移る。

 俺ちゃんの横には地味子が座り、皇帝の傍に控えるは軍務卿ただ一人、随分と信用されたものだ。


「本来なら国賓として迎えるべきなのであろうが、色々と立て込んでいてすまぬな」


 思いの外気さくに話しかけてくる皇帝。


「それには及びません、此度は軍務卿の策により招集を受けた一介の闘士に過ぎません。それに我々は国家に依存しない武力集団ですが周辺各国への宣言も通達もしておりません、見方によっては山賊の類いと変わりません」


 まぁ、余程衝突したりしない限り名乗り上げる事も無いだろうけどね。

 今回はボッタクーからの是非ともと請われたからこそ軍務卿との繋がりを得たが、まさか皇帝にまで挨拶する事になるとは思ってもいなかった。


「一国が抱える軍の1部隊を単騎で凌駕する者を一介の闘士で済ませると言うのか」


 堪らず苦笑しつつボヤく皇帝。


「相性もありましたし何よりルールあっての試合でした。実戦何でもありで組織的に動かれたらああもなりますまい」


 まぁ、それならそれで遣り様もあるのだが実戦になったら正面切って戦う事はまず無いだろう。


「実戦になったらなったでそこで見せられる所業に震える事になりそうだ」


 肩を竦めながら軽く戯ける皇帝。


「いや、見ることすら叶わない。そんな可能性すらあるか…」


 勘の良い皇帝は…話が早くて嫌いじゃないねw


「戦いに備えるのは常に必要ですが…肝要なのは戦いにまで持ち込まない持ち込ませない事ですね。それでも悲しい哉、共存が望めない相手と言うのは出てきてしまいますけどね」


「戦わずして勝つ、と言う事か?」


「必ずしも勝敗を決する必要も無いのですが…目的を達する事を勝利条件とすれば、共存こそ大勝利ですね」


「それはしたる労力もかけずに確実に勝てる相手であっても、なのか?」


「降りかかる火の粉は払いますし、迷惑料も払わせはしますが…力ある者が力で弱者を理不尽に捻じ伏せるならば、全く同じ理不尽さで捻じ伏せられる事を許容せねばならないでしょうな」


「力こそ全てでは無い、と?…理屈は分かるが武の鍛錬や高度な軍事力を備えるには金も時間も労力も掛かる、人とは力を得れば誇示したくも振るいたくもなるものではないのか?」


「試技や演習で充分でしょう、試技試合の果てに新たな境地も開けようもの。彼我の戦力差を見て勝てる時に叩きのめして安易な決着を付けるなど切磋琢磨からの逃げでしょうな」


「馴れ合いにはならんのか?」


「馴れ合い?それはそれで結構な事だとも思いますね。ただ馴れ合いは続ければ飽きる、更に続ければぬるさを嫌う様になるでしょうね」


「どの様な環境に居ればその様な考えに到れるのだ?」


「そうですね…例えば小さな島があったとしましょう。小さくとも充分に豊かな資源、そして様々な人間と国が存在しておりました。そこである人間が考えます「海の先には何があるのだろう?」と、しかし島の技術では遠洋に出る造船技術は無く、又島の住民にしてみれば完結する島内の生活を送ってましたのでその疑問は余り共感を得られませんでした。それどころか財や資源の奪い合い、土地の権利の主張など島内での利権争いに忙しい有り様でした。ある人間が考えます「争ってる間に外海から海を超える技術を持つ者達が現れたなら我々はひとたまりも無いのでは無いか」と、しかし島の長い歴史の中で外敵が訪れた記録は無く誰も相手にしません。ある人間は多くの島民に馬鹿にされながらも少ない賛同者達と造船技術を磨き遂には海を超えました、そこには島の技術を遥かに超える諸外国が無数に存在する世界が広がってました。島には豊かな資源があり、そして比すれば原始的な技術しか持ち得ない住人達しか居ないのに何故放置されていたのか…世界と出会った人間は問いました。世界の答えはこうでした「確かに豊かな資源があるだろうが手を下してまで欲しいものでもない、むしろ小さな島で争い足を引っ張り合う様な生き方しか出来ない人種とは関わりを持ちたくない。知恵あり理性ある者との交流こそが発展に繋がるのだ。君達はあの島から自らの知恵と工夫で海を渡ってきた、あの土壌からだ。その上で最初に求めたのは質問と言う対話だ。それらは敬意を表するに値するし我々はその様な人間にこそ交流を求める」と。世界に認められるとは武をもって覇を唱えるのでは無く、知恵と理性そして技術をもって辿り着き対話する事なのです」


 俺ちゃんの話を咀嚼する様に黙り込む皇帝。

 室内には高く登りつつある陽の光が差し込む、窓から見上げれば青い空。

 俺ちゃん達が望む世界は宇宙なのだ。




 そう、宇宙は空にあるのだ。



 

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