第90話 老将ゲール


 アシュリーを取り逃がしたのは正直痛かった…が、実際に相対したからこそ言えるがアレは色々認識やツメが甘いタイプと見た。

 判断基準が一つや二つくらいの仕事なら鼻歌交じりでこなせるが、全体の流れに合わせたりする仕事や複数の評価基準のある案件に対しては本人的には敢えて切り捨てたとか言い訳しながらも致命的な瑕疵を残すタイプだ。

 要は自分の視野でしか判断が出来ず、自らの理解できる範囲の外にある価値観や視野の外側にある要因に興味や恐れ、或いは敬意を払えないタイプなのだ。

 マニュアル化された対応は上手でTierを重視するも目の前で発生してるイレギュラーを分析する能力に欠けるタイプなのだ。

 ならば偏った好みや選択基準から帝国内での構築したパイプとやらを浮き彫りにするのは容易だし、その方向性も限定的になってくる。

 

 俺ちゃん達が撤収した後に施設に訪れた連中は帝国軍内部におけるゴリッゴリの軍務卿派閥に対抗する元老院派閥に属する連中だった様だ。

 実力主義を謳う帝国に於いて分かりやすい武力を誇る軍部でも、たった二代の平和的政策で純粋な武力評価ではなく政治的手腕を実力として評価される様になった様だ…否、そもそも軍部とは政治力と腕力を両立した伏魔殿となるのには一世代でも充分なのだろう。

 それだけの要因を抱えた武力と権力と財力の温床なのだ。

 それでも先の戦争、周辺国家を平定して半島統一の実現した事から統一戦争と呼ばれた時から比べれば軍部の権力は地に落ちたと言われている。

「金を使いすぎた」とは帝国上層部にて良く耳にする当時の軍部への批判である。

 帝国内務省に言わせれば後数年戦争が続けば帝国の利益は完全にマイナス、そもそも戦えば戦うほど赤字になると戦時中休むこと無く警鐘を鳴らし続けていた。

 原因は当時の総大将“常勝将軍”の呼び声高いゲール軍務卿の差配に他ならない。


「ははは!陛下、戦争とはまっこと良きモノでございます!予算に底がない戦争ならば最早何も言う事も御座いません!」


 当時の将軍の言であるとか…本人も否定する素振りすら見せないので今でもまことしやかに語られている。

 史実に残る彼の戦略は国境線にズラリと大砲を並べるのだそうな、今でも融通の効かない高価な兵器を惜しみなく並べて威嚇。

 射程など知るものかと彼我の物量差を分かりやすく示し、届こうが届くまいが砲撃の雨をお見舞いする。

 射程が届かなければ新たに押し上げた前線に大砲を並べるのだ、下手に邪魔をすれば後方に控えたそれまでの最前線砲列がそれまでのパフォーマンスで充分に射程距離内である事を示していて火傷では済まない事を雄弁に語っていた。

 そうした砲弾のあぎとを晒し数々の無血開城を実現していった過去の英雄は未だに軍部のトップとして君臨している。

 腫れ物の様な扱いではあるが、それでも研鑽を厭わず矍鑠かくしゃくとした老将として軍部上層部を押さえているのだ。


 暗部にも繋がりはあるが、どうやら今回の孫の手絡みには別系統の動きで為されてる様であり、別に彼を無視して動いてもよかったのだが、ラナイー会頭の勧めで会食する運びとなった。

 まー、個人的にかなり興味のある御仁だったので渡りに船とばかりにホイホイと会食の場に足を運ぶ俺ちゃん達御一行だったのだ。




 ――――――――




「今宵の良き出会いに乾杯!」


 ラナイー会頭がホストとして乾杯の音頭をとる、チョイスはベルモットだ。

 好みの分かれるところではあるだろうが強いアルコールを好む傾向にある軍人には丁度よいセレクトなのかも知れない。


「しかし会頭も物好きよのう、儂の様な老兵では無く油の乗った将校あたりを口説き落とせば甘い汁の一つも吸えるのではなかろう?」


 将軍は好々爺を伺える親しみやすい笑顔で気心の知れた感じで会頭をからかう。


「何をおっしゃいますやら、将を射れる距離に居るのに態々馬から射る者などおりますまい。それに甘い汁ばかりでは胸焼けもするというもの、酸いも甘いも共に分かち合ってこそ長いお付き合いに発展したのだと自負しておりますよ」


 軽くおどけた物言いで将軍に切り返す会頭、俺ちゃん達は静かに耳を傾けるのみ。


「商人とは蜜に群がる虫の如しとよく聞くがのう?儂の知らぬ間に稼業変えでもしたのかのう?」


「ははは、コレは手痛い御指摘ですな。確かに密の出ない樹木など我ら商人の止まり木にはなり得ますまい、だが駆け出しの連中と同じには見てほしくはありませんな。我々は最終的には密を出す樹木を育てるのが一番財を成すと学べるようになったのですよ。そして樹齢を重ねた樹木の蜜ほど濃厚であるとも存じ上げております」


 将軍の軽口に返す会頭。


「この老骨に未だ蜜を流せと?まったく商人とは強欲に過ぎる生き物よのう!」


 興に乗った将軍は楽しそうに杯を呷る。



 

「…して、こやつらは何者ぞ?」




 年に似合わぬ、否年輪を感じさせる胆力を声と眼に乗せて老将は問うてきた。




 

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