第87話 エージェント消えゆく


 昼下がりの帝都は下層地区、更に外れにある安アパートの二階の角部屋に轟音が響き渡る。

 モデル870によるノックは蝶番を突き抜け勢いのままドア本体も吹き飛ばす。

 合鍵マスターキーとしても目覚ましとしても優秀な得物は、優秀な子守りでもあるらしく強烈な子守唄ララバイを叩きつける相手を求めて銃口が室内を探る。

 射線から追い立てられるように黒い影が窓を突き破り通りに転げ落ちる。

 黒い影は咄嗟に裏通りへ逃げ込もうとするが何かに気付き弾かれる様に飛び退る。

 ひょっこりと裏通りから姿を表したのは我らがトム中佐だ。

 安アパートの壊れた窓からは45スペシャルを構えたパイセンが、そして表通りには俺ちゃんと地味子が遠巻きに包囲している。

 遮蔽物の陰に飛び込むつもりなのか少し離れたゴミ箱に走り出す、背中に二発パイセンの銃弾を喰らうがよろけながらも物陰に溶けて消えてゆく…魔法か何かだろうか。

 間髪入れずに飛び込んだ中佐が溶けていった地面に帯電した拳を叩きつけると青白いスパークが地面を伝い駆け抜けた稲妻が数メートル離れた影を捉えて実体化させる。

 衝撃で外れた頭巾の中から現れたのは知った顔だった。


 影の手のエージェントことアシュリー=ジェント、名作2D格闘ゲーム「ナイトストーカーズ」に登場するキャラクターだ。

 ナイトストーカーズのキャラクター達は漏れなく人外のモンスターで灰色の紳士アッシュジェントルマンの二つ名を持つアシュリーは影男シャドウマン、影を纏い影に溶け込む闇の眷属だ。

 昼日中でも影に溶け込める種族ならば神出鬼没で尻尾を掴むのにも難儀したのも道理だ。

 キャラ性能としてはトリッキーの一言、影を使った攻撃で只管ひたすら奇襲をかけて択を迫るのがセオリーなのだが格ゲーキャラの中で屈指の逃げ能力も持ち合わせていて奇襲でダメージをとったらタイムアップまで逃げ続けるプレイヤーが一定数存在した為、一部の層には蛇蝎のごとく嫌われていた。

 ただナイトストーカーズを初め殆どの格闘ゲームではフェニックス・エンジンを採用されていない。

 至高の評判高い格ゲープログラム“ドラゴン・エンジン”が2Dから3Dまでバージョン違いで網羅しているのだ。

 アクションゲームのプログラムとしてはフェニックス・エンジンは優秀だが最終的にフレーム単位で緻密に突き詰めたバランス取りを要求される格闘ゲームを任せるには些か、否ぶっちゃけ予想外のバグが多過ぎて選択肢に上がってこないのである。

 それでもユーゲンでフェニックス・エンジンを採用したプログラマーは多分どこかがオカシイのだろう。

 つまりはガワだけアシュリーコスチュームの別物か、絶滅危惧種のキメラ・ソフトと言う事になるのだが…


「やれやれ…ユーゲン潰してまでデータ引っ張ってくる物好きが他にもいるとは思いませんでしたよ?」


 油断なく視線を走らせながら影を纏い防御姿勢を取りながらボヤくアシュリー、どうやらキメラ・ソフト勢の様だ。

 ただ一つ違うのは俺ちゃんの場合は若かりし頃のウッカリでキメラ・ソフトにしてしまったのに対して向こうさんは故意にキメラ・ソフトを作った様だ…初期の修正パッチ当ててない生ユーゲンなんか今どき何処で入手したんだ?ちょっとキナ臭いな。


「でもお互い残念でしたね?サーバーにキメラのデータ喰わせてバグでも起きて混乱でもしないかと思いましたが…思いの外ver.Xはタフだった様ですね?本当にフェニックス・エンジンかと訝しみましたがゲーム世界に取り込まれるとは予想外でしたよ?」


 あー、只の根性曲がりのハッカー気取りかよ…確かにキメラのデータは条件が重なれば不具合を起こす原因になるけど普通にオンライン対戦してたデータならサーバー側から幾重もの修正パッチ当てられてガチガチに最適化されてるわ!


「で、随分と物騒なお出迎えですけど何か用ですか?こちらも結構多忙なんですけどね?」


 悪びれもせずに宣う様は中々の太い神経をしてらっしゃる様だ。

 ついでに言うと一々語尾を上げる話し方は妙に鼻につく、カッコいいとでも思ってるんだろうか…


「お前さんのたちの悪い悪人気取りロールプレイで身内が迷惑しててな、探しても表札もチャイムも無かったから少々派手にノックさせてもらったよ」


 少しイラついた口調でパイセンが煽る。


「身内?しょせん只のデータじゃないですか?あれですか?NPCに入れ込んで正義の味方ゴッコですか?勘弁してくださいよ?」


 肩を竦める仕草が又小憎らしい。


「それにキメラの人はそっちの似非超能力者なんちゃってエスパーさん、なんでしょ?」


 おっとどうやら俺ちゃんに飛び火したらしいw


「テレポで距離取ってチクチクやるスタイルで、しかもキメラで捩じ込むとか同族じゃぁないですか?何か言ってあげて下さいよ?」


 どうやらタイマンに持ち込んで色々と有耶無耶にしたいっぽいねぇ…どれ、何か勘違いしてるみたいぢから付き合って上げますかw


「どうせ10先(2ラウンド先取を一本として先に10本取った方が勝ちとする実力が反映しやすい格ゲーあるあるの決着方法)とかる度胸も無いんだろ?1ラウンド先取でいいよ、相手してやるからさえずらないで掛かってこいよ」


 片手で耳掻きしながら煽ってやるといい具合に肩に力を入れて構えてくる。

 こうなると後は二人のタイミングホットスタートで勝負は始まる。

 確かにサエキさんは遠距離特化だが引き打ち(逃げて距離を取りながら弾を牽制で打ち込む)なんて通用するのはタイマンなら低レベルのCPUまでだ、本来ならアシュリーも同じで有効な牽制や奇襲が出来る距離は一般的なイメージよりも意外と踏み込んだ間合いでしか成立しない。

 確かに一般的に安全圏から相手の視界を塞ぐ様な初弾を放ち、それを追いかけるとゆー有効な手段セオリーはあるにはあるが上級者には通じないヌルい初撃なのだ。

 例え初見の相手だろうが警戒されてなければ自分の一番得意な距離まで詰めるのが最短の最適解なのだ。

 遠距離キャラに迂闊に距離を詰められて好戦距離フェイバリットレンジからの攻撃を許した時点で、既に撃たれ放題の必至…詰み一歩手前なのである。

 しかも周りが観戦モードに入ってくれてるヌルい状況、本来ならば防衛線として想定する距離はもっと広く、視野は広く間合いは遠目に保つのが鉄則だったのだ。

 

 ……ニワカめ、少しお高い授業料を徴収してやる。


 本来ならば手足をもぐ様に戦力と心を折るところを敢えて牽制弾の合間に反撃の隙を残す…釣られて放たれる破れかぶれの攻撃を最低限の動作で避けて丹田に向かいサエキバーストを直撃させる。

 完璧に攻撃を見切ったが故にキッチリと眼の前でタメたバーストで重心のド真ん中にガード不能の衝撃突き抜け…る?

 感触がおかしい、腹に仕込んだと思われる何かが砕ける感触を残し、影の男アシュリーは光の粒となり消えていった。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る