第75話 会頭と晩餐


「……仮に戦争の兆しが見えた場合は如何様に対応されますか?」


 考え込んでいた会頭がおもむろに質問し回答を求める。


「その時に掴んでいる情報レベルにもよりますが、そうですね…良からぬ考えの持ち主に個別訪問してOHANASHIさせて頂くのが一番でしょう。場合によっては社会的に、最悪は物理的に引退してもらいますね」


 流石の中佐、模範解答ですなぁ。


「…それが一番上、皇帝でも?」


 やや躊躇いがちに質問を重ねる会頭。


「トップダウンで本当に戦争起こせるだけの体制なら尚更やりやすいですね、たった一人を説得するだけでいいんですから」


 いい笑顔で返す中佐は言葉を続ける。


「だけど現時点での情報では当代はそこまで愚かではないと判断してますけどね、それに先々代の時の軍部のブレーンが残っているのならば戦争には傾かないでしょう」


「ほう…その心は?」


 会頭は更に回答を求める。


「まだまだ精査は必要ですが侵略戦争にしては復興が早すぎます。勿論領海を得るための戦争ならば殲滅する様な真似は愚策ですが、それでも帝国に降った海沿いの領土は戦争の爪痕が少ない…新旧国民感情も上手くコントロールし内陸部と沿岸部の物流整備など最初から復興どころか振興を見据えていたとしか思えないからです。恐らくは帝国の周辺に点在していた蛮族の様な小国と経済協力を見込める小国と色分けして、帝国の侵略戦争と見せかけた共闘挟撃が実のところだったのではと睨んでます」


 そう、終戦から五十年も経っていないのに帝国内の空気は随分と安穏としていたのだ。

 ワンチャン平和ボケとも取れる緩さすら感じる、帝政の割には領土毎の気風も強く、掲げている実力主義が各地の地方色の強い解釈をなされていたのだ。

 武力で制圧されて鞭を振りつつ叩き込まれた価値観でないのならブレも生じるというものだろう。


「……流石のご慧眼ですな、しかし声を大にするのはお控え下さい。一応は帝国が秘匿としている歴史です」


 会頭も帝国軍御用達武器商人だけあって当時の秘密を受け継いでいたようだ。

 さらに言葉を重ねる。


「もしトーマス殿が我が商会を十全に動かせるとしたら、どの様な運営をなさるのでしょうか?」


 その顔は興味津々と言ったていだ。


「帝国中枢に軍事顧問として食い込み王国とのパワーバランスを取り文化・技術交流の活性化、海運技術の熟成と海上貿易の新規開拓、製鉄をはじめとした金属加工技術の向上等々いくらでも、どこまでも」


 語る中佐の視線は空へ…否、宇宙そらを見据えている。

 その姿を見つめ、何かを咀嚼したような面持ちで会頭は告げる。


「ふむ、どうやら我々とは弾く算盤そろばんの珠も桁も違う様です。我が商会は貴方の傘下に入りましょう。その方が勉強になるでしょうし何より…」


「何より?」


 今度は会頭を問い質す中佐。


「何よりそちらの方が儲かりそうです」


 何とも商人らしい物言いだ。


「一つだけ訂正しておきます。私はトップでは無いのです、の傘下となって頂きます」


 中佐の言葉に初めて俺ちゃんやパイセンに興味深い視線を飛ばす会頭。

 え?地味子たん?なんで俺ちゃんの腕を取ってスマイルを会頭に向けてるのん?

 何を察したのか訳知り顔で今度はパイセンの顔を繁々と眺める会頭、何がどーしたワツハップン

 会頭の後ろでは酢でも飲んだ様な顔のラナイー嬢、無造作ながらも高い位置で一つに纏めたポニーテールは快活さと健康的なうなじを晒し、日に焼けた肌は好きな人には堪らないんじゃーないだろーか。

 健康的な魅力は地味子と同系統とは言え微妙に俺ちゃん好みでは無いんよね、メガネを掛けてたら少しは話が違ってたかも知れないけどな。


 今後のボッタクー商会の経営方針として、取り敢えず中佐をフロントマンとしたS.P.F.商会俺ちゃん達を最重要取引先兼経営コンサルタント指定を次回幹部会にて諮り同時にルー派閥の晒し上げからナイナイまで恙無く実施予定となった。


 親睦を深めると言う名目で、そのままボッタクー家の晩餐に招待された。

 ちなみにルー氏は年に数度ばかり実家に顔を出すかどうかなのだとか、「正直思うところはある、親として語らいの場を持つ努力を怠った責も認めるが一人前と社会に送り出して久しく疎遠、その上で畜生にさえもとる所業…如何様にもお裁き下さい」とは会頭の言葉、血は水より濃いなんて言葉もあるけども、血を水よりも濃くするのは相互努力が必要なのかも知れない。


 まぁ、考え込んでも飯が美味くなる訳でも…否、飯の背景に思いを馳せれば美味くなるのは否定できないかw

 パイセンも「茶菓子は甘過ぎたけど王国の庶民が伝統的に食する素朴な焼き菓子と合わせればアリよりのアリかも知れない」って言ってたしなw

 気分を切り替え食事に向き合うと、歓待のメインはステーキだった。

 分厚い肉と繊細な火加減の調節を要する技術で饗されるステーキは万国共通の“ご馳走”なのかも知れない、しかも赤身のお肉は火加減を間違えると固くなりやすく肉自体が美味しくないと残念な結果になりかねないのだ。

 ちなみにこの世界にはオーク肉は食材として用いられない、雑食で最悪人肉すら捕食してる可能性も否めない上に、二足歩行の肉付きは可食部位に乏しく強靭な肉体はそもそも筋が太過ぎるのだ。

 ドラゴンステーキ?ワイバーンくらいならワンチャン鳥肉の亜種として楽しめるかも知れないが野生肉ジビエは臭みが独特だしそもそも竜系は雑食だ。

 まー何を言いたいかとゆーと、「畜産ナメんな」と。

 そこにあるのは品種改良や育成環境作りに健康管理、摂取食糧からの栄養バランス、ストレス管理等々…育ててあげた生き物に対する愛情と感謝と割り切りプロ意識

 長距離宇宙航行に於いても主食は豆類や藻類を中心とした合成食材だとしても動物性栄養素は必ず携行するのだ。

 携行だけで賄えない、或いは賄えきれない可能性がある場合に様々なシミュレートの上でコールドスリープが選択肢に上がるのだ。

 それでもお肉は美味しく、人の身体はお肉を求めるのだ。



 

 ――――いただきます――――




 脳の端っこの方でエルフ娘が何かを叫んでたやうな気がするけど多分メイビー気のせい。

 フォークで押さえたお肉にナイフを入れた瞬間…




 弾かれる様にナイフが飛んでいった。




 

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