第72話 ボッタクー商会会頭
ボッタクー商会会頭テイターは長い事病に伏せていた。
若い頃から摂生し、身体も人並み以上には鍛えてきた自負もあった。
一代で財を築いた初代は晩年に斜陽を迎え、二代目で大きく傾き、逃げ出さなかった妾腹の三代目が帝国御用達にまで盛り返した。
三代目が立てた家訓「上手でなくて良い、武具を扱う商いならば商材である武具に通じよ」に従い、若い頃は随分と武芸に傾倒し朝な夕なに鉄帯を巻いた木刀を振ったものだ。
かなり高価な薬も試してみたが薬石効なく病床で生命の残り火に余命の未練を
思えば長男のルーには親として背中さえ見せれば良いと親子の語らいを怠ったが故に、今となっては何を考えているのかも測れない。
妾に産ませた次男のリーには長男との差を付ける為、更に距離を取ったが長男の舎弟の様になってしまったのは正直心中複雑なものがある。
次の子、長女のラナイーこそ奔放に育ち、女だてらに家訓のままにお転婆に育ったまでは良かった…が、そのまま女傑と持ち上げられ婚期を逃してしまった。
そして悲しい哉、望もうとも望まぬとも一番真っ当な商人として育った。
その長女が事もあろうか男を連れて訪れてきた、病床の親に引き合わせるとは
立ち振舞は間違いなく武人、あるいは軍人の
真っ直ぐ向き合うと射抜いてくる鋭い目つきは恐ろしく人間味が稀薄だ、この様な男は確かに娘の周りには居なかった…商売相手の帝国軍人でもここまでの眼力の持ち主は片手で納まる。
「お初にお目にかかります、娘さんには無理を言ってお引き合わせをお願いしました、トーマスと申します。お加減は如何でしょうか?」
外見からは測れない礼儀正しさ…否、それは失礼が過ぎるだろうが、娘はこの落差に落とされたのだろうかと益体もない思いに囚われる。
男親にとって娘とはこれほどまでに心揺さぶるとは幾つになっても勉強不足か…いや、何を言うのか、
「端的に申し上げます、まずはこのまま死にたいか生きたいか?…生きたいとして貴方が継いでる商会を譲渡するか分割するか磨り潰されたいか、一応極力意を汲みたいと思い…娘さんの後押しもあって此度の会見に至りましたが、どうです?」
何なんだコイツは!?…と健常であった頃ならば返したのであろう。
自覚する程弱ってるが、それでも容赦無い文言は弱者への気遣いなど一切なく、黙っていても死にゆく者へ対等に振る舞ってやるのだと言う形ばかりの礼なのか止めついでの言質取りなのか…
嗚呼、そうか…この期に及んで後継者を明言出来てなかった我が身の不明を責めているのだな…
ってあれ?娘の顔を伺うと少し複雑そうな目つきで男を睨んでる…え?何?娘の御眼鏡に叶うくらいの実力派の若手が娘を誑かして名門商会を乗っ取る絵図じゃないの?なんなの?
「即答は求めてませんが…あと三日は薬湯は飲まないで下さい。今現在満足してらっしゃる遺言も様々な意訳?翻訳?されてますので気が向けば法的に有効になってる文言の再確認するのも一策ではあると具申します」
深くも浅くもない礼をして男は去っていった。
え?なに?どゆこと?簡易的ながらも深く頭を下げる礼を尽くし男を見送る我が娘。
相手の退出を確認して床の脇まで来て絞り出すように告げる。
「父様…申し訳ないですけども私では御しきれません。仮に今を凌いで御したとしても後が続きません…色々と諦めてお付き合いください、まずは体内の毒を中和できる薬だそうです」
見たことも無い凶器だ、長い針を躊躇いもなく娘が我が胸に突き刺す。
止まった思考を胸中を掻き分けながら入り込む異物が無理矢理覚醒させる。
不思議な感覚だ…それまで正常だと感じていた四肢の感覚が痺れと共に理不尽に鈍らされていたのだと痒みを伴い訴えてくる。
意識はあるのに身体各所が異常を訴えてきてるのに動かない…いつのまにか失った意識が回復したのは翌朝だった。
一晩中寄り添ってくれた娘の言葉を信じるのなら盛られていた毒を中和するのに要した一晩だったと言う。
え?どゆこと?
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