第60話 ズニノール伯爵家
ノーザンパイアを治める領主、ズニノール伯爵は我が世の春を謳歌していた。
世継ぎもスペアを含めて五人もいればまず安泰だろうし急成長した領地では黙っていても有象無象が擦り寄ってくる、そこで少し口を利いてやれば有象無象共が結託して甘い汁を献上してくるのだ。
帝都での権力争いから弾き出されて北の僻地に飛ばされた時はどうしたものかと悩んだが、初っ端に擦り寄ってきた有象無象…ボッタクー商会の新規事業に法的に援助してやってからアレヨアレヨと街が大きく成長していった。
今思えばもっと甘い汁をチューチュー吸えたのに惜しい事をしたと反省しきりだが当時のボッタクー商会の責任者は変なところが潔癖だったから其れに引きずられたのだ、若さゆえの過ちと言うモノだ。
要衝故に人の出入りが激しいが敢えて人の出入りに税を掛けない仕組みにした事も商人共に肩入れしすぎたと少し反省している、今からでも課税すればどれ程の金になる事だろうか。
だが、その分様々な特産品…表に出せない様な目玉商品も色々と入ってくるのだから悩ましい、物事は痛し痒しなのである。
特に拐かされた旅の若い娘を無理やり手籠めにするのなんぞは堪らない…だが最近は歳のせいかムスコの元気が今ひとつなのである、これは商人共に良い薬を献上させないといかん、伯爵の伯爵は
ムスコと言えば世継ぎの方の息子達は小さい頃から贅沢を覚えてしまい少々偏った嗜好を持ってしまった様だ。
長男は尻の穴が好きなようだが、アレは出口だぞ?しかも少年の尻が良いとはよく分からん奴だ。
次男は次男で攻めるのも好きだが攻められる方が、より好き過ぎて尻に爆弾を抱えてしまい薬を塗ってくれるサービスの店に足繁く通っている。
三男は三男で動物に襲われてるのを見るのが興奮すると言って憚らない。
四男は自ら拉致するのが楽しいらしく「狩りは貴族の嗜みですぞ」とか鼻息荒く狩りの内容を捲し立てるのを、もっぱら酒の肴にしているらしい。
五男は他と歳が離れてるせいか性癖は曲がってないが、どうにも浮き世離れした性格をしていて芸術を愛し将来は絵描きか物書きになりたいとか抜かしている…五男よ、貴族とはそれらを育てる側の人間なのだぞ?
まぁ、五男が生まれた頃には儂本人の趣味に忙しくて禄に教育に口出ししてこなかったからな、五人目となれば正直どうでもよいのだ。
その息子達のうち四男が狩りから帰ってこないらしい、騎士団の中でもそこそこ腕のたつ連中と徒党を組んでいたのだから返り討ちに合うこともそうそうないだろう。
儂も若い頃は悪い遊びに夢中になり二、三日帰らなかった事もあるにはあったが…流石に一週間は長すぎる。
やれやれ、口煩い騎士団長に相談して本格的に捜索手配をするか…騎士団長にしろ執事長にしろ付き合いが古く子供の頃の教育係も兼ねていたせいか事あるごとに説教やら何やら口を挟んでくるから鬱陶しい事この上ないのだ。
そろそろ隠居させる事も考えなくてはな、それよりも今夜の楽しみを…いや、その前に薬屋を呼ばなくては。
伯爵は人生を謳歌していた。
――――――――
「あ、どうもどうも。そこにお掛け下さい」
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、とばかりに新興商人が貴族の重鎮を招いた酒宴を絵に描いたとすれば、正にその様な一幕である。
老いて尚伸びた背筋と憂いを帯びつつも真っ直ぐな眼光を放つ偉丈夫、そして同年代であろう
「無難なところで近年で当たり年のワインもありますが…アモンティリャードで中々イケるシェリー酒も最近入手出来まして…如何です?」
偉丈夫の片眉がピクリと動き、紳士の疲れた
間違いない、コイツら
「まずは御賞味下さい…」
酒好きを歓待する初手は簡単だ、良い酒を準備すれば良い。
酒好きをそれ以上に歓待するのは難しい、相手の好みを把握する必要があるからだ。
酒好きを更に歓待するのは簡単だ、酒の上の話を聞き逃さなければ良いのだ…これが難しいと思う人種は酒場経営はお勧めできない、それくらいシンプルで大切な事なのだ。
「幸いな事に御二方の舌に合った酒を準備出来まして事、光栄に思います…もっと踏み込んだ発言を許して頂けるならば…え?宜しいんですか?…あ、ハイ…ならば言わせて頂きますよ?この味が分かんねーよーなニワカだったら早々に御退場頂いて塩でも撒いてましたよ!」
ヤンヤヤンヤと拍手とヤジを頂いきながらも飲んだ上での語り口上ソロパートを続投させて頂きます。
「いやぁ、今宵はイイ酒だ!けどね、けれどね…長く味わい楽しむには
たっぷりと間を貯めて各々の視線を受け止め、そして覗き込む。
「アンタらが仕えてる伯爵、アレはもうダメだろ?」
途端に凍る空気、偉丈夫に至っては手元に愛剣を引き寄せて何時でも抜ける体勢だ。
紳士も片眉を上げて薮睨みでこちらの意図を探る…もうこれ以上の失言は許さぬとばかりの瞳で射抜いてくる。
「別段アンタらを責めてる訳でもないんだ。恐らくは教育は成功していた、少なくともこの都市…当時は精々町だったこの地を、先見の明で新進気鋭の商人と共に北部随一の都市にまで育て上げたのはアンタら肝いりの領主様の手腕なのは間違い無い。陰ながらアンタ達の尽力も伺える発展史なのは容易に読み取れるよ…だがね?今は…今現在どうなんだい?」
ぐいっと体重を前に乗せ斬れるものなら斬ってみよと机に両肘を置き前のめりに問い詰める。
「口惜しいかな教育係は教育係止まりだ、一人前になった領主に苦言を呈する事は出来ても最早指南は出来ない立場…そして立場故に命ぜられて暗部恥部から遠ざけられてるのは薄々自覚しているのであろう?」
一言でも無礼な文言があれば斬り捨ててくれようと睨みつける
「残念ながらアンタらの持ち上げた神輿は自らを貶めて、それでいて尚その自覚が無い様だよ。心苦しいがコイツを読んで見て欲しい…」
数枚の書類、領主の表に出せない様な所業を書き連ねた物をテーブルの上に滑らす。
領主の悪行…只の不正や上納の誤魔化しくらいならば貴族の嗜みとして多少は大目に見る事は出来よう、だが渡した内容は貴族の戯れで済まされる範囲を容易に飛び越えた物だ…悲しいかなそれでも少し、否かなり抑えた内容なのだ。
正直、思うところはある…アンタらがもう少しでも、しっかりしていれば、と。
だが忸怩たる思いを隠せぬ程の後悔も見て取れる、当事者では無い立場から無碍に断ずるのも酷な話なのかも知れない。
それに堕ちゆく主を何とかしようと折れずに努力し足掻き続けていた二人だからこそ今夜招いたと言う事もある。
罵りたい気持ちを抑え、背筋を伸ばし襟を正して通告する。
「ご心痛の程、汲み取れるとは言いかねますが最早見過ごせる段階を疾うに踏み超えております…重鎮たる御二方が留守の間に領主、長男、次男、三男までの捕縛は先程終わりました。五男の方はまだ見込みがあると見受けられましたので今後の御教育に期待するばかりであります。よろしいですね?騎士団長殿、そして執事長殿」
控えめに言っても表に出れば御家お取り潰しの沙汰が下るに足る醜聞、どこの誰とも知れぬ俺ちゃんの様な者の言とは言え逃れできない程の精度の書類の内容…妄言と捨てるには余りにも思い当たる事が多すぎるが故に、それでもここまで腐っていたのかと信じたくない内容に心も身体も固まり、そして力が、胆力が抜けていくのが手に取るように見えてしまう。
「今宵は飲みましょう」
酒には罪が無いのに、用意した美酒を苦くしてしまった事を苦々しく思いつつ、心で詫びる酒は飲みたくないものだと言う言葉も飲み込みながら、夜は更けていく。
只々、シェリー酒の乾いた味わいが、憎らしい程似合う夜を彩りながら…
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