第43話 定例会議


 エーレヒト=フォン=ウエスト侯爵はニシノマチを含む地域の領主である。

 豊かな髭を蓄えた柔和そうな印象を与える面差しだが、その双眸の奥には大貴族らしい狡猾さも覗ける。

 政治的手腕は、口さがない連中には事なかれ主義と後ろ指を指されるがゆるやかな統治下でピンポイントに施行される勘所を押さえた規制と罰則は最低限の労力で高効率の利益を生み出していた。

 勿論、もっと細部に渡り手を下せば利益を絞り取れるのに、と批判を受ける事もしばしばだが決して耳を貸さなかった。

 それは人道的判断では無く、人民が息切れしない様な長期間の安定的な搾取が狙いであり、何より余力は全て対帝国に向けられていた。

 “首輪はゆるりと掛けるが良い、いつでも絞められるが遊ばせとけば良く走り良く懐き、時として手綱を手放してくれるなと吠えてさえくる”

 彼が嫡子に溢した言葉だ。

 帝国と国境が接する領地を長年に渡り上手く遣り繰りしてきた領主の座右の銘なのである。


 そんな大人物おおものが公平社社屋に程近い屋敷の最上階、見晴らしの良い会議室の上座に鎮座していた。

 機に敏い侯爵は世界が変わってから逸早いちはやくトップギルドとの連携を強化した。

 いつからか慣例化したギルド対戦、その上位陣は一部の番狂わせを除き大凡おおよそ固定化される。

 砦の使用権もそれに応じて長期化・恒常化する、ならばと関係を強化して治安維持装置としての活動範囲を拡大させて取り込んだのだ。

 それ迄もプレイヤー達は大手を振って街を闊歩してたのだが、内情は変わらずとも市民とプレイヤーの意識が変わるだけでも治安が良くなる。

 犯罪者にとってみれば迂闊な犯罪行為を見咎められれば衛兵だけでなくプレイヤー達も捕縛に回るのだ、それもギルド対戦で砦を勝ち取る実力のあるギルドのメンバーが、である。

 一定数の調子に乗る阿呆プレイヤーは予想されるが事前にギルドマスター連中と規制と罰則を取り決めてプレイヤー同士で方を付けさせる仕組みだ。

 その様なトップギルドとの定例会議の席なのだが少々見慣れぬ者が混ざり込んでいる。

 ギルドの下座なのでギルド内での人事で上がってきた者が挨拶に来たのだろう。


 その日の会議は荒れに荒れた。

 ゆるりと絞めた首輪の中で公平社なる報道を主とするギルドの暗躍が発覚したのだ。

 下々の者に公布を担うのと同時に啓蒙や娯楽の提供、副次的に識字率の向上を狙うとかで治安維持とは別に公認ギルドとしての認可を求められた経緯があった。

 ところが啓蒙どころか扇動・偏向も甚だしく、上級貴族の言葉を都合よく切り取り拡大解釈した文言を根拠とした、ゆすりたかりまでしていた。

 更に芋づる式に禁止薬物・違法奴隷売買、しまいには贋金密造の計画も認められた。

 これには一部の貴族まで関与しており一大スキャンダルであった。

 トップギルドからの要請があったとはいえ領主公認の肩書きを与えたのは間違いなく侯爵であり、認可に際する監査やその後の管理能力を問われて進退問題にすらなる。

 侯爵だけでは無く会議に参加してる者全てが関係者であり誰もが等しく頭を抱えていた。


 が、会議も終盤に配布された資料で盤面が引っくり返った。

 この件に関する全ての犯罪者が秘密裏に捕縛されてるというのだ。

 会議室は騒然となった、侯爵側の人間もトップギルドの人間もだ。

 では誰の手によって為されたと言うのだ、信憑性は?秘匿レベルはどの程度なのだ?一体どれ程の予算と人員を投下すれば実現するのか。

 ただ一人だけ落ち着いている人間がいた、問題の資料を配布した男だ。

 問い質せばシレッと「え?俺ッスか?上がってきた資料を配っただけですよ?良かったじゃないですかー、こんだけの事が出来る人が居て匿名で協力してくれたなんて♪居るところには居るんですね〜w」とか宣う始末だ。

 更に資料を読み進めると再発防止案が纏められていた。


 今後の公布や発令は侯爵責任の元、直属の組織にて運営し外部への委託は一切認めない事。

 また民間の報道機関は政府発表内容に関し一切の編集を認めず、それ以外の記事は全て未確定であり報道機関独自の解釈である事を明記する事。

 民間の異常事態に速やかに対応する為、各層からの代表組織を交えた合同会議を実施する事。

 候補として「下町商店街互助組合」「暁告新聞社」「ドワーフ同郷団」「中小商店組合」…


 そして資料の最後の一枚は翌日付けの号外だった。


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 速報!隠された犯罪組織の壊滅!秘密裏に振るわれた領主様の正義の鉈!

 昨今、下町を中心に猛威を振るっていた市民団体が様々な権利を声高に主張する陰で様々な犯罪行為に手を染めていた事が判明した。

 しかし弊社が情報を掴んだ時には既に領主様が実態を掴み調査と逮捕が進んでいたのである。

 被害者に対する賠償や脅かされた身柄の安全の確保等にも既に着手している模様。

 事態を重く見た領主様は身分によらぬ街の有識者との定期的な意見交流を企画、開かれた治世が見込まれるだろう。

 この様な革新的な改革は他に類を見ないものであり、王国内での新しい風となるだろう。


 ※当記事は弊社独自の調査と解釈によるもので正確な情報は政府発表をお待ち下さい。

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