第42話 悪党陥落
ギルド“公平社”のマスターは、ここ数日とてもでは無いが心穏やかでは居られなかった。
最初は汚れ仕事で雇っていたチンピラ共と連絡が取れなくなった程度だった。
どうせ飲んだくれて定期連絡を忘れてしまったのだろう位にしか考えていなかった。
そもそもルールを守る意味や意義が理解できない使い捨ての有象無象だ、今までの指示だって口頭のみで繋がりを示す証拠など無いのだから適当な段階で適当な悪事をなすりつけて切り捨てたって構わないのだ。
しかし連絡が取れなくなったのはチンピラだけでは無かった。
下っ端とは言え同じ理想を目指す同志であるギルドメンバーや有力貴族との繋ぎにしてた大手商会、非合法なブツの取引先、実行力のある
幹部連中も右派担当の連中が数人休んだと思えば左派担当の実行部隊のまとめ役が体調不良とか言い出す始末だ。
今日になってみれば幹部連中も含めて誰一人出社して来ない、試験前の大学のサークルじゃないんだぞ?異世界での理想の社会造りは遊びじゃないんだぞ!
領主公認広報ギルドとして与えられた屋敷の最上階、特別に改装させた編集長室から街を見下ろす。
思えば不満だらけの世界から転生できたのは僥倖だった。
何もかもが出来上がり、闘争も学生運動も革命も改革も無いぬるま湯の様な面白みの無い世界。
このままじゃいけない、と世間や社会を相手に声高に叫んでも誰一人着いてこようともしない飼い馴らされた豚共の世界。
では例え一人でも闘ってやると密かに戦闘準備をしていると通報される腐った世界。
革命戦士の傷ついた心を癒やす慰安婦どもに物の考え方を指導・説教してやれば店から叩き出される理不尽な世界。
街頭演説をすれば官憲に追い立てられ軽薄にニヤついた連中が携帯電話で撮影してくるのだ、演説などゲリラ的に行わなければ真の人民に届かないであろう事すら理解できない低脳が蔓延る世界。
そう、世界は指導者たる俺が産まれた時から終わっていたのだ。
世界に絶望した俺はネットゲームのゴッコ遊びで童心に帰ることで心を癒やしていた…指導者として
そうした善行を図る生き方をしていた俺に奇跡が訪れた、そう異世界転生だ。
敵を倒し経験値と金と言うスコアを競い、同病相哀れみ傷を舐め合う未熟なコミュニティ、デザインされた身分制度は中世ベースの貴族制度にご都合主義満載の
いいぞ!腐敗した世界と比べれば処女雪の様なモノだ!正に指導者たる俺の…いや、私の為に用意された様な世界ではないか!
それがこの有り様だ、所詮現実と真摯に向き合えるのは私の様に知識と教養と覚悟を持ち合わせた選ばれし人格者ではないと務まらないと言う証左であろう。
これからは部下のレベルに合わせて簡単な仕事を指示するだけに留めておこう、返事はイエスかハイの二択で済むシンプルな指示で丁度よかろう、なまじ高度過ぎて理解できない思想など詰め込むから知恵熱などが出たのであろう。
今後の大いなる展望を深く沈思黙考していたからであろう、背後から忍び寄るものに気づかなかったのは決して油断ではあるまい。
私は賊の手にかかり意識を失うのであった。
――――――――
意識が戻ると薄暗い殺風景な部屋に監禁されていた。
馬鹿な真似を…私の様な選ばれしエリートはゲーム内でも高レベルだったのだ、即ちこの世界では高い身体能力と高威力のスキルを併せ持ち更に崇高なる意志持つ聖騎士なのだ、不意を突かれさえしなければどうということも無い。
どれ、私に成敗される間抜けの顔でも拝んでやるか。
「おや?お目覚めですか〜?確か名前が…マッドカッターさん?切れやすいお年頃?」
軽薄そうなおっさんがヘラヘラと話し掛けてくる、そこそこ小綺麗な格好をしてるが悪人こそ擬態が得意なモノだ。
「世相を切るからカッターだ。そして体制は常に真なる正義を狂気と断ずるが故に自戒の意味でマッドを称している、いよいよとなれば世直しの為に夜な夜な社会の汚れを、切り裂きジャックの如く切り捨てる覚悟の顕れでもある」
正義とは時として悪一文字を背負う事なのだ、そういった深妙な感覚は下賤な者には通じまい。
「ふーん?ジャックならリッパーなんじゃねーの?それともお茶会が好きなのかな?」
「な、何を訳の分からなん事をツラツラと!それより拘束を解け!何を間違えたか知らんが貴様は誰を捕縛したと心得る!?」
「んー、公平社の社長?ギルマス?
よく分からない事で詰め寄ってくる愚民…狂人とはこう言う奴にこそ相応しい呼び名であろう。
「はん!何を悪と断じてるか知らないが世界の指導者たる私の大いなる展望の前には一々現状の些事など関わっていられるか!最短距離での世直しの為に歴史から学んだ諸々の手段を講じてるに過ぎんわ!私の正義は後の歴史が証明してくれるわ!よかろう、貴様にも聖騎士の下す聖なる鉄槌をくdボグゥ!……!?」
な…なんだ?せいぎのだいぎゃくてんのこうじょうはみせばのはずだろう?げーむずいいちのぼうぎょりょくをほこるせいきしがみうごきもできないいたみにおそわれるなんてあるはずがない…
「えー、と?マッドカッター、聖騎士レベル89…ま、差し詰め防御力自慢なんだろーねぇ、ダメージカット率が高くて痛みが感じづらいと異世界転生しても現実感に疎くなる弊害…ってだけでもなさそーか。なぁ?ガー不って知ってる?ガード不可攻撃、そんでもって人には耐えきれない痛みってあるのよ、筋肉に守られた内臓に直接響くダメージってどう?外傷と違って筋肉を締めて痛覚を誤魔化す事もできないのよ。もっと言おうか?神経や骨髄とか直接メスを入れられた患者が麻酔切れた時にどんな痛みと付き合うか知ってるか?そして重体の時に、痛みにのた打ち回る事も許されずに身体を固定された時の絶望を。医療行為なら回復を望めるから希望はあるけど…残念ながら俺は医者じゃない」
え?ちょ?え?ま?
「安心しろ、殺しはしない…俺の基本的なスキルは余程意図的に狙わないと
いつだってそうだ、あくまはえがおでやってくる。
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