第39話 地下交渉


「お兄さん方、悪い事は言わねぇからその尻を拭くのにも使えねぇ紙屑しまうか、とっととけえってくれねぇか?」


 ドスを利かせた声で乱暴にグラスを置きながらバーテンダーが睨みつけてくる。

 流石“ニシノマチ最奥の店”と呼ばれる貧民街で一番おっかないと評判の酒場である。


「おいおい、酒に当たるなよ?決してお高い酒じゃあないが悪くない銘柄だぜ?いいセンスしてるよ、オタクのチョイス?」寝かした年数は若くとも香りも味も良く、お手頃価格で楽しめる俺ちゃん好みのウィスキーだ。


「それともこの便所紙に載ってる暴力団体の組長さんのチョイスかねぇ?ここのオーナーさんなんだろ?お前さんも何かい?ココに書いてある構成員とやらかい?www」パイセン、そこに草生やすと煽りにしかならんぞ?確かに“構成員”とかゆー単語とか明らかにヤーさん扱いだもんなー、どんだけカブれた記者が書いてるのか笑ったけどなwザッキーなんか「構成員メンバー」とかルビ振って遊んでたしw


 店内の目立たぬテーブルから距離を取りつつ構成員っぽい方々が三々五々囲みだしながら怪しい空気を醸し出す。


「あー、すまん。別に煽りに来たワケでもないんだが…取り敢えずココで一番エラい人指名できる?」両手を上げて出来るだけ平和的にバーテンダーにオーダーを告げてみる。


「俺がこの店の責任者だ」不機嫌さを隠さないバーテンダーが俺ちゃん達の背後を取り囲む連中を視線で「待て」しながら器用に睨みつけてくる。


「別にこの三文記事に踊らされて社会浄化のタメダーとか言って暴れに来たんじゃないのよ、トップのカジューの親分さんをいきなり出せとは言わないからさ、子分頭のカーシラさん辺りの幹部の方とお話したいんだよね」クシャリと最新の西々新聞の号外を握り潰しながら出来るだけ穏便にお願いしてみる。


「相談役のフールツさんでも構わないけど、その線は秘密なんだろ?」商業ギルドの大物さんの名前を出すとバーテンダーの目が見開かれ、取り巻き連中もザワつきだす。


「テメェ…」バーテンダーが何か言いかけた時に薄暗い中二階の席からこちらをうかがっていた男が声を掛けてきた。


「兄さん達、上がってきな」灯りの位置を計算に入れたシルエットで首をクイッて壁際の階段を示す…ヤダwテンプレカッコイイw


 〈サエキさん、何がツボったのかはワカルけどココでニヤけるのは良ろしくないwww〉


 “構成員メンバー”でニヤけてた自分を棚に上げたパイセンのナイスな忠告ツッコミで表情筋を使用禁止にして二人で階段を上る。

 眼光の鋭いオジサマが背後に二人程ゴツいのを従えてテーブルを勧めてくる。


「自己紹介は必要かい?カーシラさん」肩を竦めながらお伺い。


「まさか、“ドワーフの客人”“静かなる迷宮荒らし”“ブルースの秘密兵器ソウルブラザー”“酒場放浪者ノマッドブーザー”“砦落としフォートバスター”…どの呼び方がお好みかは知らないがアンタら二人を知らないモグリはこの界隈じゃ見かけないね」欧米っぽいポーズをサラリとキメながら部下に視線で飲み物を出せと命ずるカーシラダンディ…コヤツ、デキる!


「“スパイ&エスパー”ってのがお気に入りなんだ。で、最近は掃除屋も開業してね、ただ残念な事に非常に飽きっぽくて今回限りで休業しようかと考えてるんだ…頂いても?」出てきた酒は下で出てきたのと同じ銘柄で少しだけ色が濃い、数年長く寝かせた所謂お客さん用ってヤツだ。


「あぁ、6年モノだ。それ以上は角が取れすぎて優等生すぎる…それで、その掃除屋さんがウチに何の御用で?」グラスを軽く挙げて視線で乾杯する。


 グラスの中で氷がカランとご挨拶セイハロー、このテの酒はロックスタイルなら間違いはない、ワカッテラッシャルー。


「現在弊社が抱えてる案件が一区切りついたら御社に仕事を引き継いで頂きたいと言う打診だね、弊社としては継続的な情報提供と必要に応じた技術提携の準備がありますよってな話だ」ロックスタイルは香りは立ちにくいが時間と共に氷が溶けて穏やかに変化する加水率による違いを楽しむ飲み方ができる…つか美味いな、景気付けに呷ってしまおう。


「ウチが掃除…すいませんが庭先の掃除だけは世間様の手前キッチリこなしてますけど、それ以上は…」意図を測りかねてるのか言い淀んでるところに、テーブルの上に丸めた紙屑を転がす。


「あるじゃねーか、でっけぇゴミクズがよ?コイツは今回キッチリ弊社オレら掃除してカタにハメてやるから、その先はアンタらが纏めろ。いいか?今抱えてる庭先シマウチだけじゃない、この街の地下はんぶんをアンタらが纏めるんだ」ゆっくりと連中の瞳を一人ずつ覗き込む…あ、取り巻きさんオカワリお願いできますぅ?と軽く空のグラスを振るのも忘れない。おや?パイセンもっすか?w


「し、しかしワシらにもワシらの仁義と言ったモノが!」コメカミをピクつかせながらダンディに吠える。


「このゴミは、その仁義の外側から殴り込みカチコミかけてきた。違うかい?」もう一度カーシラの瞳を覗き込む。


「単純に殴ってきたなら殴り返せばいい、だけどコイツらは理解し難い理論武装でアンタらの立場を糾弾しコキおろしてる、アンタら以上の権力の後ろ盾ぼうりょくを背景にして、な」ここからはしばらくずっと俺ちゃんのターンだ。

 

「確かにアンタらは“今は”只の非公式な互助組織に過ぎない…地域密着の、行政の手の届かないトコロを差配している、謂わば必要悪だ。いや、一概に悪と断ずるのも失礼な話か…だけど若い衆食わせるのもロハとはいかないもんだろ?今はいい、“今は”な。賭場も酒場も色街も儲けはデカいが必要経費も思いの外デカい、が今のバランスならまだ一家を支えられるだろうよ。」オカワリのグラスを手の内で回しながらも続ける。


「この先、行政に余力が出てきたらどうする?それまで知らんぷり決め込んでた貧民街ダウンタウン規範ルールに嘴を挟んでくるよな?公権力ぼうりょくを背景にしてな。このゴミクズ共も同じだよ、一見まともに見えるお題目を唱えて晒し上げなぐりつけてきてるだろう?戦い方を知らなければ各個撃破で擦り潰されて終わりジ・エンドだ」軽く氷の溶けた琥珀色ウィスキーで唇を湿らす。


「戦い方の基本は今も昔も変わらない、数で囲んで長い棒武器で叩くんだよ。今回は弊社俺達がケリをつける。その先はアンタらが数を纏めろ、武器情報戦い方技術は提供してやる。ついでに行政貴族連中にもキッチリ筋を通しワタリをつけてから引き継いでもらうから安心しな。次に来た時にはいい返事を期待してるよ」席を立とうとすると止められる。


「即決でいいのかい?アンタの独断で」訝しみつつ疑問を吐き出す。


「これでも暫定二代目ワカガシだからな、ここで判断できなきゃ親分おやじに怒られる」男臭い笑顔で返してくる。


「んで、我がカジュー組が仕事を引き継ぐのは“スパイ&エスパー・カンパニー”からでいいのかい?」唇を歪ませながら問いかけてくるカーシラ。


 パイセンと視線を交わして席を立ちながら言い放つ。


「いや、“悪たれ小僧共バッド・カンパニー”だ。後で引き継ぎ書類を送っとくぜw」


「荒々しくも味と香りに纏まりのあるいい酒だった、ごっつぉさんwww」




 商談は纏まったビジネス ゴーズ オン 後は仕上げを御覧じろバッドボーイズ ショウダウンだ。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る