第35話 悠遠鍋道


「やっぱり鶏鍋はいい…」


 口内から食道、胃の腑へ、そして五臓六腑に旨味と温かさがしみわたる。

 忘れちゃならぬと押っ取り刀で追い日本酒が更なる恍惚を呼び起こす。

 日本酒は料理の邪魔をしない辛口でや(冷酒れいしゅじゃないぜ?常温で戴くのが冷や酒ひやざけなのですぞ)なのがマイフェイバリットジャスティスである。


「基本的に鍋好きなのは知ってたけど本当に美味そうに食うよなwww」


「しかもコダワリ方も半端ないですよね、鍋に誘ってくれるのは有り難いんですが「締めの雑炊の卵の硬さとかも好みがあるから三人で夫々それぞれ一人鍋にしようか?」とか言われた時は一瞬目眩がしましたよ?」


 人が美酒に浸っているところに茶々が入る、酒なのに茶とはお茶割りをお代わりですか?

 まー、食べながら飲みながら会話を楽しむのも鍋の楽しみ方だからなー。

 但し、鍋越しにペチャクチャ話しかけてツバキを飛ばす様な輩は万死に値する。

 鍋に限った話では無いがな…例えば居酒屋で偶に見かける“カウンターで並んで飲んでる時に他人を挟んで大声で会話する輩”。

 正直、脳の構造の理解に苦しむ。

 常連風吹かせてマウント取りたいのか何なのか知らんが、そんな輩に限って本当の常連客に距離を取られてるのである…あ、距離取られてるから大声で話しかけてるのかな?

 

 そもそも鍋とはコース料理であり、食事であり、ツマミでもあり真摯に対峙すべきモノなのだ。

 蓋の穴から噴き出す蒸気、漂う香り、これから始まる宴に心躍らせつつも食前酒で心落ち着かせつつ開宴を待つ、沢庵でも摘みながら待つってのもオツなもんだ。

 火加減を見ながら吹きこぼさない様に見張るのも大事な仕事だし又楽しみでもある。

 熟した鍋の蓋を開ければポワッと〜♪優しく温かい湯気が香りの爆弾と共に包み込む。

 深めの取り皿に汁と肉・野菜をバランスよく取り分ける…おっとお豆腐さんも忘れちゃならねぇ。

 

 初心者は肉にばっかり目が行くが、まぁ落ち着きねぇ、出汁に溶け込んだ野菜と肉の甘味と旨味が共演して鍋の中に小宇宙コスモを作り、そして美味しさを増パワーアップした甘味と旨味タッグが夫々の具材の中に浸透おかえりなさいしているのだ。

 科学的に証明されているらしく、甘味の1に旨味の1を足すと美味しさは200になるそーな、10倍だぞ?10倍。

 

 まー、一度落ち着いてお野菜さんとかお豆腐さんの美味しさを噛み締めて欲しい、マジ美味だから。

 そうするとお肉さんを噛み締めた時に溢れてくる渾然一体の旨味のスープの味わい方も変わってくるのだ。

 お野菜さんを噛み締めた時にはスープの中にお肉さんの面影が、お豆腐屋さんを噛み締めた時にはスープの中からお肉さんとお野菜さんの旨味が、お肉さんを噛み締めた時にはお野菜さんの優しい甘味が感じられる無限ループの完成なのである。

 もちろん全ての具を少しずつ一遍に口に運ぶのもカタルシスだ、豚シャブの時なんかはお野菜をお肉で包んで口に運ぶのは中々の通と言えるだろう。

 俺ちゃんは野菜から出てくる甘味が特に好きだからラー油とかの調味料はトッピングせずに、そのままの優しい味を楽しむ派だ。


 おっと、ここで初心者さんに重要なお知らせだ。

 鍋からオタマで掬う汁は最低限に抑えておくんだぜ?美味い鍋ほど汁のクオリティが高過ぎてついつい汁だけで呷ってしまいがちだけど、そいつは罠だ、甘すぎる罠なのだよ。

 ここで汁を取り過ぎると後に悲しみを知る事になる。

 なぜならクライマックスはこれからだからだ。


 そう、締めである。

 締めこそ鍋の正体と言っても過言では無いのだ。

 あな美しき哉鍋文化、ラスボスが変身パワーアップするとゆーお約束の先駆者に惜しみなき称賛と限りなき感謝を。


 多くの人は、ここで人生の命題に直面するであろう…“締めに何を入れるか”である。

 米・麺・餅etc…米だけとっても炊きたて冷や飯、洗い飯。

 麺も太め細め平麺の、うどん?ソーメン?中華麺?

 餅も勿論分かれ道、切り餅焼き餅鏡餅…などなど…

 そこには様々な派閥とも呼べるバリエーションが存在する、だが喧嘩しちゃあいけませんよ?

 もしその鍋の締めが自分が望んだ物じゃ無かったとしても「次の鍋の時の楽しみ」にとっておけばいいのである。

 ぶっちゃけ締めが楽しみになるくらい美味い鍋ってぇのは定番なモノなら締めに何入れても美味いもんだからな!


 …で、何の話だったっけか?

 あー、そーだ。遺跡内を散歩しながら壁面のレシピをC.O.Mちゃんの翻訳付きで眺めてたら洋食系ばっかりだったんで、逆に偶には鍋とか食べたいなー、って二人を誘ったのよ。

 定番な鶏豚鍋で締めは雑炊、と定番中のド定番を狙ったんだが卵の硬さってのを失念してたんよね。

 まー、結局ライデンに鍋奉行プロデュースしてもらって鶏チャンコ鍋になったんだけどね。

 鶏モモ肉は鍋の具材としては外れのないジャスティスなデリシャスだ。

 おー、鶏団子まで入ってて嬉しいねぇ♪

 昆布出汁にゴボウさんの旨味も溶け出してお豆腐さんが白菜さんを湯浴み着にして物凄くセクシーだ。

 え?春菊さんもいらっしゃるのかい?苦味は旨味ってな、あータマラン。

 キノコさんは旨味チートだね、いーお仕事されてますよ、マジ感謝。

 

 ちなみにチャンコ鍋は四本脚の具材は入れないのが本格派なんだとか、相撲が二本足で競う格闘技だからだそーな。

 今じゃそこまでコダワッテるのも珍しいらしいんだが、今回はお肉さんは鶏オンリー。

 全体的に優しいお味に仕上がるからねー。

 しかし流石横綱、仕事が丁寧だねぇ、アク取りも細やかでスープが黄金色してるよ、お上品だねー。

 “下処理がシッカリしてればアク取りは必要ありません、アクもまた旨味なんです”なんて話も聞くけど、まー美味けりゃどっちも正義だよなー。


 ほうほう、横綱さんの締めは雑炊で卵硬めの黄身にスープを吸わせるスタイルと。

 いいねいいね、ハードボイルドですなー。



 日本酒が止まらないw



 

 

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