異世界より召喚されし勇者のシルエット

藤泉都理

異世界より召喚されし勇者のシルエット




 遥か昔。

 異世界より召喚されし勇者がおった。

 衣服の面積が少ない奇妙な格好をしておったその勇者は、これまた珍妙に口から鼻提灯を何度も何度も出しては引っ込め、出しては引っ込めておった。

 のちに、これは鼻提灯ではなく、風船ガムという異世界の食べ物である事が判明。

 こちらの世界の料理人、技術開発者を総動員して開発商品化に成功させては、大流行したという。


 さて、異世界より召喚されし勇者は、神官の、全国民の願いを背負って、魔王との闘いに挑み、魔王の退治を成功させてのち、異世界に帰還させられた。

 行きも帰りも、こちらの勝手な都合によって連れてこられては帰されたのである。

 しかも神官たちは異世界転移装置を破壊し、二度と異世界から召喚できないようにしたのであった。

 理由は不明であるも、勇者の勇気を忘れまいと、神官たちに見つからぬ森の奥深くに人々はお金を出し合って、石の城を建立。

 勇者のシルエットをあちらこちらに描いては、一年に一回、ひっそりと勇者への感謝祭を催したという。






 ところ変わって現代。

 神官の廃止に伴い、ひっそりと催されていた勇者への感謝祭は、国を挙げて一週間もかけて大々的に行われるようになった。

 みなは、Tシャツ短パンなる二の腕の半分から下を露わにし、膝から下を露わにするという物珍しい勇者の格好で、口の中でくちゃくちゃさせては口の外で膨らませてまた口の中に戻すという、今や定着した風船ガムを口にして、勇者を讃えていた。




「けどさ。どの勇者が本物なのかな?」

「さあ?」


 勇者の城と名付けられたその岩城に入った国の少年、かなでそうは、壁のあちらこちらに描かれた、多種多様なシルエットを見て首を傾げた。

 小人ほど小さなものもあれば、巨人族のような天井まで描かれた大きいものまであるのだ。違うのは大きさだけではない。姿かたちも全部違うのだ。


「実は勇者は一人じゃなくて、こんだけの人数いたとか?」

「なら、神官が魔王を退治してくれた勇者を強制送還したのも頷けるな。こんだけいたら、報奨金を差し出すは無理だろうから」

「魔王を倒したのにただ働きって。勇者かわいそうだな」

「まあでも、言い伝えでは神官が追い返したって残ってるけど、勇者が早く帰せって突っかかったのかもしれないぞ」

「まあ。こんな寒い格好してるもんな。鍛錬だろうか?流石は勇者だな」

「だよなー。ここ、極寒地帯なのになー。よくこんな寒い格好で過ごせていたよな」

「熱魔法も拒んだって。これは嘘だよなー」

「そうだよ。熱魔法がなければこんな寒い格好で過ごせないって」

「案外、この格好も嘘だったりしてなー」

「なー」


 かなでそうは、クスクスと笑い合ってのち、風船ガムを思いっきり膨らませては顔を覆うくらいの風船を作り上げると、バチンと盛大に割って、顔中に風船ガムをへばりつかせたのであった。











(2024.2.1)



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