魔界にて

第26話 魔界

「キョーヤくんたちはな、魔界に行ったんじゃ。」

 教員室で学長が端的にそう言いました。生徒の皆さんは首を傾げましたが、他の先生たちはざわざわと焦りだしました。

「あの女性はウルニくんの回収が目的と言っておった。そしてウルニくんはな、魔獣に近い存在なのじゃ。」

「ウルニが魔獣だと!?馬鹿言うなよ!どう見たって人間だろーが!!」

 生徒の1人が学長に食って掛かります。言い分に何もおかしなところはありません。私もウルニさんはどこからどう見ても人間のようにしか見えませんでした。


「魔界が何なのかというところから話す必要があるかの。まず私たちが日々新しい魔術の研究をしていることは生徒であるキミたちも知っているね。

私はある日、魔獣の魔力に関しての研究をしていたんだ。魔獣が何故魔術師で無ければ倒せないのか。調べていくにつれ、魔力そのものについての研究へと発展していった。そして研究を進めていくうちに、空気中の魔力にある一定の流れが存在することが分かったんだ。」

 その研究をしていたことも何もかもが初耳でした。私に知らされていたのは検査によって判明したウルニさんの異常な魔力量についてです。私たちは血液が通っており、そこに魔力が溶け込んでいます。これを検査で魔力含有率として表し、平均が30%ほどです。今までに見た最高の数値が49%でした。そしてその血液中の魔力を使い、私たちは魔術を発動することができます。ですが、ウルニさんの血液は見た目こそ普通でしたが、それは見た目だけでした。彼女の血液は魔力そのものであり、魔力含有率が100%を示していました。

「魔力の持つ一定の流れというものがだね、地中へと向かっていたのだ。そこである日、魔力が一番集中している地面を掘ってみようとしたのだよ。お宝や魔力を多く含んだ石でもあるのかと興奮しながら堀った。だがそこにあったのは石などではなく、空洞だったのだ。そこから、非常に濃い魔力が溢れていることが分かったのだ。」

「・・・ま、まさか・・・。」

「ベルくんは気づいたようだね。そう、それは空洞ではなく、別の世界の空だったのだよ。私はその別世界を魔力の溢れる世界、略して魔界と呼んでいる。そこに生命があるのは私も知らなかったのだ。ただ地上に大きな穴を開け現れたあの女性は、おそらく魔界の生命体であると言える。」

 それが、魔界・・・。あまりにスケールの大きい話に頭が痛くなりました。私たちが普段立っている地面の下に別の世界があるなんて、信じられたものではありません。


「じゃ、じゃあ何でそれがウルニが魔獣だっていう話につながるんだよ!?ウルニは人間だろ!?」

「・・・キミたちは魔力をどうやって回復するか知っているかな。」

 魔力の回復。魔術によって使われた魔力は時間が経てば自然に回復していきますが、それは空気中の魔力を肌から吸収しているからだと考えられています。・・・まさか・・・。

「ミデルくんは気づいたようだね。キミの意見をまず聞こうか。」

「・・・魔力の回復は、肌から空気中の魔力を吸収することで回復すると、学長であるあなたの研究によって証明されました。もし、ウルニさんが魔界の住人であるというのであれば、魔界の魔力を体内に保有しているということになります。そして、魔界と私たちのいる世界の魔力に、見分けることのできる違いがあったのならばその仮定はかなり信憑性が増すことになります。」

 学長にそういうと、なぜか私の脚と声がなぜか震えているような感じがしました。

「そうだね、ミデルくんの言う通りだ。ただ魔力そのものの性質に関しての違いは無かったが魔力の濃度に完璧な違いがあり、ウルニくんの血液に含まれていた魔力は、魔界の魔力に近かった。よって、ウルニくんは魔獣でないにしても少なくとも魔界の住人である可能性が高い。」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ウルニの後ろをついていき、分身の回収に付き合う。地下世界のはずなのになぜか太陽が俺たちを照らしていた。あったかくて、過ごしやすい。歩いているはずなのに少しづつ眠たくなってきたような感じがした。

「ふふ、眠たそうだなキョーヤ?帰ってから一緒に寝るか?」

 ウルニにからかわれて冷や水をぶっかけられたように目が開いてしまう。冗談だと笑わられ、顔を赤くしてしまう。小さいウルニなら笑って飛ばせたものの、今のウルニにそうからかわれると恥ずかしい。

「さて、他に疑問があるはずだろう?どんどん聞くが良い。」

「じ、じゃあ・・・ウルニさっき、魔法って言ってたよな。魔術の間違いじゃないのか?」

 ずっと思っていたことを話す。魔法なんてものは俺たちは聞いたことが無い。

「ふむ、我からしてみれば魔術こそ聞いたことが無いのだ。この世界では魔術ではなく魔法が存在する。我らが使う魔法はな、万能の力なのだ。存在しない物を作り出したり操作をすることができる。極めれば時間にだって干渉できる。そしてこれは憶測だがな、お前たちの世界では元々魔術は存在しなかったのではないか?」

「・・・合ってるよ。30年ほど前までは魔獣はいなかったし、魔術師だって現れてなかったって俺のお兄ちゃんが言ってた。」

 少し動揺してしまったが、ウルニの予想は当たっている。

「やはりか。おそらくだがな、魔術師が現れていないというのは嘘だ。嘘というのもおかしいが、名乗りを上げることが許されていなかった時代だったのではないか?人間は特別なものを怖がるだろう。魔術が確認されていなかった世界で魔術を使える者が現れれば、それは恐怖の対象だ。そやつがいつ他の者たちに危害を加えるかが分からんからな。」

 全て学長が話してくれた学長の過去の話と一致している。魔術師が迫害されていた過去、英雄として崇められるようになってから魔術師と堂々と名乗れるようになったと許可証更新の時に聞いていた。ウルニは何故そんなことまで知っているんだ?

「少し話が逸れたな。えぇと、魔法と魔術の違いについてだったか。端的に言えば魔術は魔法の劣化版と言っていいだろう。先ほどの話と少し関係するが、魔獣が30年ほど前に現れたというのはだな、この私たちの住む世界の空気がそちらに漏れ出したからだろうな。」

 ???空気が漏れ出した・・・?

「この世界の空気はお前たちが居た場所に比べて魔力が多く含まれている。そしてちょうど30年ほど前にだな、大戦というか、かなり規模の大きい戦いが繰り広げられたんだ。おそらくその時に世界を区別する壁にヒビが入ったんだ。そしてそこから魔力を多く含む空気が漏れ出し、お前たちの世界に影響を与えたんだろう。魔獣が現れるようになったのもその空気に反応してだろうし、魔術師が現れたのもお前たちの言う魔術が前より使えるようになったからではないかと我は思っている。」

「さっきから世界世界っていうけどさ~、俺たち以外の世界があるってコト?でもそんなの信じられないけど。」

 ナオキがウルニに突っ込む。既にここが別の世界なわけだが、俺たちがいた場所以外に別の世界があるのは正直俺も信じられない。もしあったとしてどういった世界なんだろうか。

「先ほども言ったが、我はこの世界以外の居住地を探しているのだ。無い物を探すわけが無かろう。ふむ・・・そこまで疑うのであれば、別の世界に試しに行ってみるか?」


 え。


「え、行けんの!?じゃあ行ってみた~い!」

「待て待て待て、いや行くのは良いんだが、すぐ帰れるのかと、俺たちの世界に来た時みたいにあのでっかい大穴開けて行くんじゃないだろうな。だとしたらヤバいんじゃないのか。」

 あの穴を別の世界に開けるのは、俺たちもビビったし別の敵が現れたとか勘違いされて倒されるとかだけは勘弁願いたい。

「あれはちょっと急いでいたからだ。ちゃんとゲートを開けて行くこともできる。なので心配しておるようなことにはならん、と思う。多分。」


 大丈夫かなぁ。不安を抱えながら、別の世界へと続くゲートを開ける準備をし始めた。危ないから離れておけと言われ、少し離れた場所からウルニの魔法を見る。あのゲートを開けるのも魔法なんだろうか。・・・あれを魔術で再現したりとかはできるんだろうか。

「なんか、凄い勢いで話進んでるけど今思ったら凄い体験してるんだよね、僕ら。」

 ナオキが思い出したかのように言う。実際、魔獣の群れと戦っていたら自分より圧倒的に強い存在に穴に引きずり込まれて、もてなしを受けて・・・。誰かに話しても信じてもらえ無さそうだ。そういや、学長たちは無事なんだろうか。あっちに何も言わずに来ちゃったし・・・。

「ほれ、ゲートが開いたぞ。早速行こうではないか。」

 どうやら、終わったらしい。一体どんな世界が俺たちのいる場所以外にあると言うのだろうか。少しの不安と興味を抱えながら、ナオキと一緒にそのゲートをくぐることにした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「・・・」

 生徒の皆さんが黙り込んで教室に集まっていました。学長からウルニさんの事実が伝えられた後、援軍の方々が学院に駆けつけてきました。諸々の後始末を学長が行い、他の生徒と先生たちには今日の業務の終了が言い渡されました。ただ、なぜか私も、生徒の皆さんも寮に戻る気にはなれず教室に集まっていました。

「まさか、ウルニさんが魔界の人でしたなんて・・・。」

 気まずい空気の中でレイナさんが口を開きました。キョーヤさんたちの授業を少しだけ見ていましたが、ウルニさんと一番仲が良かったのはレイナさんでした。クラスの中で自分以外の唯一の女性として話が合うことも多かったのでしょう。おそらく彼女が一番悲しんでいると思います。

「・・・なぁ、俺さ、このまま黙ってるのなんて無理だよ。キョーヤ先生もナオキ先生もウルニも助けたい。」

「それはわたくしだって同じ思いです!学友であるウルニさんが連れ去られたまま黙っていることなんてできません。ですが、行ったところでできることなんてありませんわ!貴方もあの時現れた人を見たでしょう!」

 助けたいのは誰だって同じ思いでしょう。私だってそうです。この学院にいて、あんなにも生徒たちに向き合ってくれた先生は今までにいませんでした。そのお礼も何もかもができてません。

「じゃあどうしろって言うんだよ!俺たちは先生たちが帰ってくるのを指くわえて黙ってろってか!?先生たちは俺たちを魔獣から助けてくれたんだぞ!まだなんも返せてないのに、このまま待ってろなんて、できる訳ねぇだろ!」

「ちょ、ちょっとジーク落ち着いて・・・」

「お嬢様、落ち着いてください。」

 ジークくんとレイナさんをベルくんとグロウくんが落ちつけようとしてくれますが、どんどんとヒートアップしていきます。生徒たちはこんなにもキョーヤさんたちを助けようと考えていたのに、私は何もできない無力感を感じながら、打ちひしがれていました。


「そうだ、我々には何もできない。だが、研鑽を積むことはできるじゃろ?」

 学長がいつの間にか教室に来ていました。

「学長・・・」

「キミたちがウルニくんたちを助けたいという気持ちは分かる。だがレイナくんが言ったように、魔界に行ったところで我々にできることはない。どこに行ったのかも分からないし、行ったところで野垂れ死ぬのが最悪の結果じゃ。だが、もしあやつが、来た時に応戦できるような力を持てば、何とかなるかもしれないじゃろう。だからこそ、我々ができることを今するべきなのじゃ。」

「それが研鑽ですか?でも先生はいないじゃないですか!」

「そうじゃ。だからわしが、キミたちを鍛えよう。」

 えっ。

「わしがキミたちに魔術の全てを教えよう。危惧していたことが起きてしまった以上、魔術の研究などとは言ってられん。やつがもう一度来て同じように被害が少なく済むとも限らんしの。」

 

「・・・その、学長。」

「何かな、ミデルくん。」

「その授業、私も参加してよろしいでしょうか。」

 何もできない自分はもうやめます。今度こそ、あの方たちを助け出します。

「もちろんだとも。さぁ、明日から早速授業を始めるぞ。今日はもう皆寝なさい。」

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