第25話 ウルニ・グルモス

「何・・・あれ・・・?」

 大きな揺れと音が聞こえ、揺れが収まった後に窓を見ると、キョーヤさんたちが居たと思われる場所に大きな穴が地面に出来ていた。それを見た瞬間、頭が割れるように痛くなり思わずうずくまってしまう。

「っ・・・!!うぐっ・・・ぅぅ・・・!!!」

「ウルニさん!?どうしたんですか!」

「お、おいウルニ!大丈夫か!?」

 ・・・行かなきゃ。あそこに、呼ばれてる。

 友達の心配する手を振り払って、教室を飛び出す。

「ウ、ウルニさん!?」

「おい!早く追いかけるぞ!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ふむ、やはり住むには値しない場だな。魔力も薄いし、何より人間がいる。」

 突如現れた女は辺りを見渡してそう言った。空に浮かぶ姿はどこか荘厳というか、威厳を感じさせる風貌をしており、なぜかこいつには逆らってはならないとそこにいる全員が考えていた。

「・・・何を見ている。死にたいか。」

 ぞっと底冷えするような低い声でそう言われ、思わず膝をつき頭を垂れる。

「む、そこの男は随分と礼儀をわきまえているな。人間といえどそういった者もいるのか。」

「そ、その・・・」

 学長が口を開くと、目の前にどこから現れたか黒い槍が目に見えない速度で地面に突き刺さる。あの女が投げたのか。

「誰が口を開けと言った?我は回収をしに来ただけなのだ。貴様らの汚い声で我の耳を汚すでない。」

 回収?一体なんの・・・

「ハァッ・・・ハァ・・・。」

 後ろから足音が聞こえ、振り返るとウルニがそこに立っていた。今すぐ戻れと叫びたかったが、あの女の威圧がそれを許さない。動こうと思っても動けない。

「やっと来たかウルニ。さぁ、帰るぞ。」

 帰る?ウルニをどこに連れ帰るつもりだ?

「ま・・・待て・・・!」

 威圧に押しつぶされそうになりながら立ち上がり、そいつを呼び止める。殺されてもおかしくはない。

「この我に待てだと・・・ム?」

 ウルニを脇に抱え大穴に入ろうとしていたが、俺の言葉に反応しこちらを振り向く。一瞬向けられた殺気だけで気絶するんじゃないかと思ったが、俺の顔を見た途端その殺気が止み俺の目の前まで近づいて俺の顔をじろじろと見てきた。

「あぁ・・・お前がか。はて、であればもう一人いたはずだが・・・。その後ろに倒れているのがナオキという者か?」

 じっと俺の顔を見た後に合点がいったような顔をしてそう言い、ナオキを指さした。俺たちを一方的に知っている?でも俺はこんな知り合いはいない・・・。

「ちょうどいい、お前たちも来るといい。もてなしてやろう。」

「えっちょっおぉぉぉぉ!!?!」

 そういうとその女はウルニを脇に抱えたままもう片方の手で俺とナオキの服の襟を掴み、大穴へと引きずっていった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 女がウルニさんとナオキさんとキョーヤさんを連れて大穴へと行ってしまった。それを呆然と見ているしかできなかった。

 何もできなかった。

「ミデルくん、学院に戻るぞ。起きたことを皆に話さねばならない。」

「・・・はい。」

 

 学院に戻ると、生徒が学長を見て駆けつけてきました。生徒たちがあの穴はなんなのか、何が起きたのか学長へ質問をしますが今から全て話そうと、生徒を含め全員をもう一度教員室へ呼びました。空を覆う雲がいつもより暗く感じ、やがて雨が降り始めました。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 俺たちはあの女に大穴に引きずり込まれた後、ある城に招かれた。どうやらその女が所有している城らしく、俺たちを客間の椅子に座らせるとお茶を出してきた。

「ふふ、ここに客が来るのは珍しいことなのでな。丁重にもてなしてやらねば。」

「・・・その、茶まで出してもらって悪いが質問させてくれ。あんたは誰なんだ?」

「そう急かんでも話してやるというのに・・・。まぁ良い、教えてやろう。我の名はウルニ・グルモスさ。」

 ・・・?俺は何を言ってるのか全く分からなかった。何故ここでウルニの名前がでてくるんだ?

「ふふふ、混乱しているな。もっと正確に言えばウルニ・グルモスの本体だ。”あれ”は我の善性を少しだけ切り離し我の魔力と肉を分け与えた、いわば分身体だ。」

「分・・・身・・・。」

 ナオキがいつの間にか目を覚まし、ウルニの話を聞き、質問をした。

「あなたがウルニちゃ・・・さん。」

「いつも呼んでいたようにウルニちゃんと呼んでくれてもよいのだぞ?我が許す。」

「じゃあ遠慮なく、ウルニちゃん。何で俺たちの名前を知ってんの?」

 目を覚ますなりかなりぐいぐい踏み込んでいくな。急にどうしたんだコイツ。

「それはもちろん、我が分身体の五感を共有していたからに決まっている。お前たちが我を助けたあの日からずっとだ。飯も美味かったし、お前たちと暮らしていたのは見ていて非常に面白かったよ。」

 全部見てたのか。でも口調も見た目も何もかもが俺たちの知ってるウルニと違うけど・・・。ん?口調が違う・・・?

「なぁウルニ・・・さん。もしかして俺が死にそうだったあの時、魔術を使ったウルニはあなただったってことなのか?」

「普段通り呼べというのに・・・。当たりだ。あの程度の魔獣如きにやられるのは少し想定しておらんかったがな。それに、分身に我の魔力を分け与えているといっても使い方を教えたわけではないのでな。一時的に肉体の操作権を奪い、我の魔法で魔獣を仕留め、キョーヤを直した。」

「なら、あなたにもお礼を言っとかなきゃいけないな。あの時は、ありがとう。」

「!・・・ふふ、礼を直接言われるとはな。」

 ウルニはそう言われると一瞬驚いた顔をした後に微笑み、俺の頭を撫でた。少し照れ臭くなるが、頭を撫でられるのは・・・いつぶりだろうか。というか今魔法っていったか?魔術じゃなくて?


「それも良いんだけど、ねぇウルニちゃん。わざわざ地面にでっかい穴開けてまで来た理由っていうのは何?」

 ナオキが真剣な顔でウルニに問う。そうだ、それは俺も知らない。あの魔獣の群れと同じタイミングで現れたというのなら、あれはウルニの仕業なのか?

「そうだな、それはまだ伝えておらんかった。我があの時姿を現したのは分身の我を回収するためだ。」

 回収・・・?先ほどから自分の分身を物として扱っている感じが言葉の端から感じられる。

「我は分身の我と五感を共有していると言ったな。だがそれはあくまで五感までであり、行動と思考は我は操れない。なのでそちらに送り出す前に一定期間経てば、すぐに我の元へと戻ると設計したはずだったのだが、うまく動作しなくてな・・・。そのまま放置していて何かされても嫌なので、我が直々に回収しにきたというわけだ。」

「その前に魔獣がいっぱい俺たちの元に来てたんだけど、それはウルニちゃんの仕業だったりする?」

「我を疑うか・・・。まぁよい、魔獣の件に関しては我は知らん。大方、我がそちらに行こうとして地上に近づいたときの魔力に反応し、集まってきてしまったのではないか?地上に出た魔獣の行動までは我は知りようがないのでな。」

「関係はあるけど、狙ってやったわけではないってことね。良かった。」


 それは良かったし、こっちに来た理由が分身の回収なのは分かったけど、でもそもそも何故分身を作って地上に送り出したんだ?

「それはだな、住むに値する場所かを調べるために下見をしに来たのだ。」

 え?普通に思考読んできてる?下手なこと考えられないなこれ。というか住む・・・?

「そうだ。別にここの居心地が悪いというわけではないのだがな、いささか面倒が多いのと、あまりにつまらないのだ。例えばだn


 ドッッッゴォォォーーーン!!!!!!!


・・・ほらな。」

 大きな爆発音が鳴り響いたと思うと非常にめんどくさそうな表情でそう言い、門の方へと歩いて行った。

「・・・そうだな、お前たちも着いてこい。我の魔法を見せてやろう。」

 

「おぉいウルニ・グルモス!今度こそてめぇをその玉座から引きずり降ろしてやるぜ!」

「また懲りずにやってきたな。だが今日は気分が良いのだ、いつもより長く苦しめてやることにしよう。キョーヤたちよ、巻き込まれないように離れておいてくれ。」

 あれが爆発を起こした張本人・・・人?男性と思わしき者は紫の肌をしており、大きな角と尻尾を持っていた。身の丈はウルニよりも大きく、リーチに圧倒的なアドバンテージがありそうだ。

「はっほざいてろ!!そぉら一瞬で終わらせてやるぜぇ!!!」

「あっ危な―」

 その巨体に似合わないスピードでウルニへと近づき、左肘から勢いよく炎が噴射され振る拳のスピードが音速を超える。衝撃波と風圧で思わず倒れそうになり、耳も痛くなる。

「まだまだぁ!!」

 そしてそのスピードのまま、連続でウルニへと拳を振るう。見ているだけで苦しくもなるような戦いが目の前で繰り広げられており、思わず唾を飲む。だが、その連撃を受けているウルニは平然とした様子で相手を見ており、余裕そうだった。

「むぅ、やはり貴様の魔法は粗雑で美しくないな・・・。気が変わった、一瞬で終わらせることにしよう。よく見ておけキョーヤたち。これが、魔族の女王の魔法だ。」

 

 ウルニが片手を上げ、ゆっくりとその相手を縦に両断するかのように手刀を落とす。手を下ろし、相手に背を向けて俺たちの元へとやってくる。その男は先ほどの連撃が幻だったかのようにピクリとも動かなくなった。

「さて、客間へと戻ろう。茶も冷めてしまったので新しいのを淹れねばな。」

 彼女はそう言って客間へと戻る。男の巨体が半分に割れ、左右に倒れた。

「・・・やっば・・・。」


「ああいった輩が最近増えてきてな。強いのであればまだ楽しめるため良いのだが、あまりに弱い。なので、少し居住地を変えれば気分転換にもなるだろうと思い、いろんな場所に我の分身体を送り込んでいるのだ。」

「はぁ・・・。いろんな場所って、もしかして俺たちが初めて見つけた場所以外にも?」

 あの時初めて見つけたのも、分身の1人だったのか。魔獣が周りに集まっていたのもウルニの魔力に反応していたのか、というか服は着せて送り出してほしかったな。

「そうだな、ただお前たちの世界は魔力が他に比べて少し薄いから我が住むのにはあまり適していないのだ。分身体は何とか適応していたが、我はあそこで共に住むことはできないのだ。」

 ヨヨヨと言い白々しくウソ泣きをしながら俺たちをからかう。

「そういえば、その分身のウルニちゃんってどうなるの?」

「あぁ、言ってなかったな。あれは我の魔力を分け与えただけの存在であり、いわば人形だ。記憶の受け渡しをすればその分身の役目は終わる。」

「記憶の受け渡しっていうのは、どうやるんです・・・」

「普段通り話せと何度言わせるつもりだ?」

「・・・どうやるんだ?」

 どうやらよっぽど敬語が嫌みたいだ。明らかに年上というか、目上のオーラがあるからタメ口を使うのも変な気分がするが、しょうがないか。

「記憶の受け渡しはな、分身に与えた魔力を我に戻せば終わる。ただ、分身には血が通っているわけではないので、魔力を与えるというのは分身にとって失血死のようなものだ。要するに我に記憶を渡したと同時に死ぬことになるな。もう一度魔力を分身に流せば動くが、記憶は全て消えている。」

 え。

死ぬのか、あいつが。いや、ウルニの本体はこの人なんだろうが、それでも・・・。

「ふふふ、驚いておるようだな。そんなにあの分身に惚れ込んだか?本物がここにおるというのに、少し妬いてしまうぞ?」

 自分に妬くというのも少し変だがなと言い、ケラケラと笑っていた。何というか、元ある場所に戻るだけなんだろうが、少し悲しいような、苦しいような・・・。

「えー!あのウルニちゃん死んじゃうの?なんかヤダな~。本体のウルニちゃんと同じなのは分かってても一緒に暮らしてたのはあのウルニちゃんだし、悲しいよぉ。」

「ははは、ナオキは正直者だな。大抵の者は我に意見することなぞ恐ろしくてできないものだぞ。だが安心しろ、記憶は受け渡されるのだ。分身がお前たちと暮らしていた時に感じていたことも全て共有されるからな。死ぬとは言ったが、分身の全ては私が塵1つ残さず受け継ぐのだ。」

 ・・・思いを受け継ぐ・・・。うん、そうだな。それは、俺が一番知ってるはずだ。

「さて、他にも質問はあるのだろうが座ってばかりでは退屈だ。他の我の回収もあるのだ、歩きながら話そうではないか。」

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