第24話 耐久戦

「キョーヤ!」

 教員室の扉が開けられ、ナオキとウルニが入ってくる。どうやら全員が集まったようだ。


「これで全員が集まりましたね。緊急事態ですので手短に伝えます。この学院に魔獣の群れがやってきています。」

 ミデルさんが淡々と告げる。他の先生と生徒も黙って聞いているようでミデルさんの声だけが聞こえてくる。

「学院全体に魔獣除けの魔術刻印が刻まれているので、魔獣が攻め入ることは今までありませんでした。ですので明らかな異常事態が発生しています。ここにいる皆さんにはその魔獣の撃退をお願いします。」

「魔獣の数は何匹だ?」

 別の先生がミデルさんに質問する。

「まだ分かりませんが推定100匹以上が目視で確認できています。」

「学長はどうするんだ!?」

「学長先生も前線に立って戦います。少なくとも本人がそう言っておりますので。」

「お、俺たちも戦うのか?」

「あなたたち生徒には後方支援をお願いしたいです。前線が撃ち漏らし、学院に寄ってきている魔獣の討伐をお願いします。」

「そ、それなら大丈夫そうかな・・・。」

「ミシル国には既に連絡鳩を飛ばして状況を伝えておりますので、増援が来るまでどうか持ちこたえてください。この学院をどうかお願いします。では、作戦を再度詳細を含めて説明いたします。」


 作戦会議が終了し、ナオキと各々の持ち場に移動しようとしたときウルニに呼び止められる。

「ねっ、ねぇっ!大丈夫なんだよね?」

 魔獣の襲撃は2度目だが、自分が戦線に送り込まれるのは緊張もするだろうと思い、頭を撫でてやる。

「大丈夫だ。俺らが撃ち漏らしたやつをお前たちが倒してくれればいい。ジークもベルもレイナもグロウもみんな優秀な奴ばっかりだ。」

「そうそう!むしろ僕とか他の先生たちの方が研究ばっかりで腕鈍ってないか心配になっちゃうくらいだし!だからウルニちゃんは俺たちの背中見て安心してたらいーの!」

「だから、安心しろ。俺たちが守るから。」

 そう言って頭を撫で終えると、ウルニが俺とナオキの腹に抱き着く。

「・・・絶対に、生きてよ。死んだら許さないから。」

 心配してくれているのだろうか、くぐもった声でそう言われた。

「当たり前だ。もう死ぬのはこりごりだからな。」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ま、傭兵だから戦えるのはそうなんだけどさ・・・最前線っていうのはどうなのかねぇ・・・」

「しょうがないよ、というか先生でろくに闘えるのがさ・・・」

 ナオキがそう言って左をちらりと見ると学長が立派に蓄えた髭を撫でながら魔獣の群れがやってくる方向を見ていた。

「学長先生とミデルさんくらいしかいないっていうのはどういうことだって話じゃない?」

「ほっほっほっ。これは手厳しいなナオキくん、足を引っ張らないように頑張るとするかのう。」

 小声で話していたのだがどうやら聞こえていたらしく、魔獣の方を向いたまま言われた。

「キョーヤくんナオキくん、この学院の卒業生としてぜひ活躍してくれたまえよ?後ろや周りの被害は気にしなくていい、全力を出してくれて構わないのでね。」

 魔獣の量はドメルで戦ったときよりも圧倒的に多く、援軍が来てくれるまで耐えなければならない。ムギもいないのでホントに全力を出すしかないかもしれないな。

「ジークがもっと強くなったら、俺たちとも連携取れるようになるかもな。」

「戦い方としてはムギと似てるもんね~。でもベルくんとのコンビが一番慣れてるだろうし、案外上手くいかなかったりして。」

「そこはもうジークが経験を積んで慣れていくしかないかもな。そろそろ俺も準備しておくか。」

 腰につけているポーチから小さな植物の種を何粒か取り出し、魔力を込めておく。まだ誰にも見せてない俺だけの新しい魔術だが、うまく動いてくれることを祈るしかないな。


『魔獣の群れに動きあり!魔獣が学院に向かってきています!総員戦闘準備をお願いします!』

 アナウンスが鳴り響き、全員が杖を構える。後ろから魔術を使ってサポートをしてくれるので後ろの心配はほとんど要らないな。魔力を込めた種を前にばらまき、魔力を地面に通す。

「さぁ、動いてくれ。プラントーチャー!」

 地面に撒かれた魔力が込められた種が一瞬にして発芽し、根を張ってどんどんと茎が太く、長く伸び、鮮やかに色づいていく。1本1本が木のように太く、それでいて蔓のようにしなやかに動いている。

「うぉ・・・でっか~~!!何だこれ何だこれ!!」

「興奮するのは良いけどお前もちゃんと戦えっての!」

 ナオキがキラキラした目で俺と蔓を交互に見る。終わったら説明するから頼むから戦闘に集中してほしい。

「へへへ、ごめんごめん。俺も気合入れなきゃ・・・ね!」

 そう言うと俺たち全員に風の加護を与えてから杖を両手で持つ。

「俺も新技考えてきてるから、ちゃんと見ててよ?」

「多分だけどそんな余裕ないだろ」

「そろそろ来るぞ、しっかり構えい!」

 学長が杖を空に向けると空が一気に翳り出し、一帯が雲で覆われた。雲の中からゴロゴロと呻き声が聞こえたと思うと、学長が杖を振り下ろし魔獣の群れの中心へと勢いよく雷が落ちる。戦いの火蓋が切られた。



「締め上げろ、プラントーチャー!」

 大きな蔓が魔獣を薙ぎ払うように動き、何匹かを捕まえた後に雑巾を一気に絞るように締める。魔獣を倒すのに効率は良いが、魔力の効率が少し悪い。俺の魔力で動かし、生かしているので俺の魔力が尽きればコイツも動かなくなってしまう。

「ほっほっ、こりゃまた新しい魔術じゃな。植物を動かしたりといった成長を促進させるものはいくつか見たが、攻撃に転用するのは初めて見たのう。」

 学長が雷を放ちながら蔓を観察する。かなりの高齢のはずだが、魔術の発動の素早さや隙の無い動きを見ると、魔術師としてはまだまだ現役なのだなぁと少し驚く。


「喰らえぃ!ハリケーンバーン!!」

 風の加護の効果で空へと飛んでいたナオキが魔獣の群れに向けて小さな球を放つ。魔獣へと当たると、球はどんどんと大きくなりながら触れていった魔獣を風の刃で何度も何度も切り裂いていく。だがドメルの時に比べてかなり頑丈なようでそれでも倒せなかった魔獣が数匹残っていた。

「随分と派手な魔術ですが、威力はそこまでのようですね。」

 倒しきれなかった魔獣をミデルさんが流れるようにとどめを刺していく。

「学院に魔獣が近寄るのはあってはならないことです。一匹一匹しっかりと倒してください。」

 かなり短い杖を2本逆手に持ち、杖に水の刃を纏わせたままナオキに忠告し、次々と確実に素早く倒していく。


「やはりミデルの戦闘はいつ見ても華麗なものじゃな。流れる水のように止まることが無いのに、一瞬で魔獣を倒していくのだから。」

 学長がしみじみと語るが、こちらはそれを聞く余裕が無くなってきている。

「これ、いつまでっ続くんですか・・・!」

 まるで終わる気配が無く、倒しても倒しても次の魔獣が現れてくる。援軍が到着しても大元を叩かねばこれは止まらない。

「一度後ろに引いて別の者を前線に呼んでから魔力を回復しなさい。ここで戦力であるキミを失うのは非常に痛い。あくまでもこの戦いの目的は耐えることなのでな。」

「クソッ・・・お言葉に甘えて、そうさせてもらいます。」

 一度学院に引いて回復に専念する。蔓の操作に魔力を使いすぎた。多数に強くはあるが、無限に湧いて出てくるのならば話が変わる。魔獣の魔力を吸い取る植物でもできればいいものなのだが。


 俺が学院に戻ると、生徒たちが俺の周りに集まってくる。

「キョーヤ先生!戦況はどんな感じですか!?」

「なぁ!勝てるんだよな!?俺たち大丈夫なんだよな!?」

「キョーヤさん!」

「大丈夫だ、大丈夫だから一旦落ち着けお前ら。休憩させてくれ。」

 生徒たちを落ち着かせて、魔力を回復させる。そのついでに生徒と先生たちに前線で何が起きているのかを簡単に伝えておいた。

「いつ、終わるのでしょうか・・・。」

 レイナが不安そうに俺に訪ねてくるが、それは俺も分からない。というか、魔獣が何故来ているのかもわからない状態で戦っているから、正直終わりが全然見えない。手っ取り早く物語みたいにラスボスが出てきてくれればそいつを倒せばいいと分かるんだが・・・。

 

 数分魔力回復に専念し、ほぼ回復しきったのでもう一度前線に向かおうとすると、坊主頭の先生に呼び止められた。

「おい、まだ試作だがこれ使え。」

「これは?」

「空気中の魔力を何か入れ物に集められないかっていうので作ってた魔力タンクだ。ちょっとした魔術が2,3回撃てるレベルの魔力しか入ってないが、一応持って行っとけ。あと使い終わったらどんな感じだったかもちゃんと教えてくれ。」

 入っている魔力は少なくてもわざわざ学院に戻って回復する手間が省けるので、かなり助かる。礼をしっかり言ってから学長たちの元へと急いだが、ナオキもミデルさんもかなり疲弊してきている。魔力というより純粋な体力だろうか。

「あ、キョーヤ戻ってきた!早く助けて!」

「すまん!魔力回復させてもらってた!」

 石に魔力を通し、ナオキを襲おうとしている魔獣を潰す。

「はぁ・・・はぁ・・・早く、終わってくれないと困るよ・・・!」

「クッ・・・」

 ミデルさんがかなり限界に近そうだ。学長先生も明らかに雷の威力が最初に比べて若干弱くなってしまっているので、学長に試作魔力タンクを渡し魔力を回復させる。

「まだいけますよね、学長。」

「老体に無茶させるのう・・・分かった分かった。やればいいんじゃろ。」


 ストーンショットを連射して魔獣の足止めを受持ち、学長の雷で魔獣を倒していく。何体倒したのかはもう数えていない。ただずっと突っ込んでくる魔獣を倒し続けていた。交代で休憩を取りながら、魔力を回復してまた戦うのを繰り返して、そしていつの間にか前線を張っていた俺たち全員の魔力も体力もほぼ尽きてしまっていた。

「クソ・・・もう・・・」

 学長とミデルさんがほぼ根性で魔獣を倒しているのを見ていることしかできないくらいにほど疲弊し、ナオキに至っては後ろでぶっ倒れている。

「数は明らかに最初に比べたら減っておる!あともう少し気張るんじゃ!」

 学長がそう俺たちを鼓舞したとき、体が揺れた。

「なっなんだ!?」

 俺が揺れているのかと思ったが、どうやら地面が揺れているらしい。かなり大きく立ち上がろうとしてもバランスを保てない。学長もこける前に膝をついて姿勢を安定させた。数秒ほど大きな揺れがあり収まったかと思われたまたその次の瞬間。

 バキィン!!

 魔獣の群れが居た地面にヒビが入り、大きな音と共に地面に大穴が開いた。俺は夢でも見ているのか。

「なんじゃ・・・これは・・・。」

 魔獣が大穴に落ちていくのを呆然と見ていた学長が声を漏らす。

「やっと出られたか・・・。」

 上から声が聞こえ顔を見上げると、そこには尾の生えた女性が空中に浮かびながら俺たちを見下ろしていた。

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