17.手がかり

 翌日。


 リファは昨日と同じ、応接間の長椅子に座っていた。隣にはサラもいて、当然のように紅茶と茶菓子を楽しんでいる。

 今朝、思いきってクラウスの側近に謁見を打診してみたところ、拍子抜けするほどあっさりと許可が下り、応接間に通された。ちなみに、リファは側近の顔を知らなかったので、食堂で偶然会ったディオルに紹介してもらった。


 対応してくれた側近は、丁寧に撫でつけた短い白髪と、笑い皺が特徴的な初老の男で、テオバルトと名乗った。レイとは違って穏やかな雰囲気をかもし出しており、所作の一つ一つに熟練された気品がある。


 一杯目の紅茶が少なくなった頃、応接間にクラウスが現れた。レイは同伴していないようで、姿が見当たらない。別の仕事か、もしくは訓練場にいるのだろう。

 挨拶と世間話もそこそこに、リファは本題に入った。

 まず、早起きして頭を悩ませながらつづった司宰への手紙を、クラウスに手渡した。クラウスは「早速、伝令に回しておこう」と手紙をテオバルトに渡す。側近は託された手紙を持って退室した。


 続けてクラウスは侍女にも声をかけた

「そうだ。紅茶が冷めてしまっただろうから、淹れ直させよう。茶菓子も追加する。調理師長が今朝仕込んでいたケーキが焼きあがっているだろうから、頼んで切り分けてもらってくれ」

「承知いたしました」

 侍女は静かに礼をして、部屋を出て行った。側近と侍女の二人がいなくなったことで、部屋にはクラウスとリファ、サラの三人だけが残される。


「さて」クラウスがリファたちのほうに向き直る。「人払いは済んだけど、これでよかったかい?」

 優美に微笑むクラウスに、リファは瞠目どうもくした。用件は手紙のことだけではないと察していたらしい。それが第三者に聞かれると不都合な話だということも。


 サラはぴくりと片眉を上げて、食えない表情の王を見る。

「察しのいいことで。でも、さすがに不用心じゃなくて?」

「そこは君たちの良識を信じよう。……それで、わたしになにか聞きたいことでも?」

 泰然とした様子の問いかけに、リファは緊張で顔を強ばらせた。


「……クラウス様は、〈使者〉という存在をご存じですか?」


 直裁的に問いを投げかける。昨日からのやりとりで、彼に対して遠回しに探りを入れようとしても、おそらく見透かされるだろうと悟った。柔和な表情をじっと見つめ、反応をうかがう。


「ああ、知っているよ」

 さらりとクラウスは答えた。


 リファは拍子抜けして、一瞬、言葉を失う。

「……そ、そんなあっさりと」

「あえて隠し立てする必要もないからね。神に近しい奏者という立場なら、知っていてもおかしくはないだろう?」

 クラウスは深い青の瞳を細めた。


「〈使者〉について訊ねてきたということは、それが君に課せられた使命に関係しているのかな」

 また先回りされてしまった。なにもかもお見通しなようで、リファは少しきまりが悪くなる。


「……母様は、私に〈使者〉を探し出すようにと命じました。ですが、その人たちについて詳しいことは知らされていないのです」

「ゆえに、女王と繋がりのあるわたしを呼び出したわけか。ふふ、なかなか大胆なことをする」

 クラウスは小さく笑みを零した。

「かの王がなぜ姫君に〈使者〉探しなどさせているのか、気になるところだが。まぁ、今は聞かないでおこう」

 意味深長な台詞に、リファは思わず顔が引きつりそうになる。肌身離さず持ち歩いている鞄には〈創世の書〉が収まっているが、ここでは取り出さないほうがよさそうだ。他国の王に見せようものなら、それをどう利用するのかと悪い想像をされかねない。


「いいよ。わたしが話せる範囲のことなら教えよう」

 どこか底知れなさ感じさせる表情で、クラウスは優雅に足を組む。リファは背筋を伸ばして居住いを正した。


「〈使者〉とは、奏者が仕える〈守神もりがみ〉とは異なる神々――〈外神とつがみ〉の配下だということは知っているかい」

「はい。そこまでは母様からうかがいました」

「では、〈外神〉がそれぞれどのような神なのかは?」

 リファは記憶を辿るが、カルミアの話の中にそのような情報は含まれていなかった。首を横に振る。


 クラウスは軽く右手を上げて、手のひらをリファたちに向けた。そして、人差し指から順番に一本ずつ立てていく。

「創世神リンドネールが創造した神々は、その神が支配し司る範囲や、力の強さによって上下関係がある。上から順に〈太陽〉、〈月〉と〈星〉、〈天空〉と〈大地〉を司る神がいて、それらを総じて〈外神〉と呼ぶ」

「な、なるほど……?」

 リファは曖昧に首を傾げた。カルミアに説明されたときもそうだったが、まるで物語を読み聞かせられているようで、現実味がない。芳しくないリファの反応にクラウスは苦笑する。


「まぁ、いきなりこんな話をされても困るだろう。わたしとて〈守神〉以外の神がいるなどと、そう簡単には信じられなかった。しかし、〈使者〉をこの目で実際に見ているからね」

 クラウスの言葉に、リファは思わず身を乗り出す。

「〈使者〉に会ったことがあるのですか?」

「かれこれ十年以上も前の話だよ。前触れなく王都に現れてね。すぐにいなくなってしまったし、表立って正体を明かすことはなかったから、わたし以外は知らないだろう」

 クラウスは金色の長い睫毛を伏せ、穏やかな口調で語った。


 それほど昔の話となると、今のフューエンにはいないのだろう。喜び勇んだ反動もあって、リファはしゅんと肩を落とした。現実はなかなか厳しい。


「そいつは、どの神に仕えている〈使者〉だったの?」

 皿に盛られた菓子を摘まみながら、サラが訊ねる。

「彼は〈星〉の神――ウィントランドに仕える者だった。独りで旅をし、その過程でフューエンを訪れたらしい」

 彼、ということは男性なのだろう。

「星の神の使者……いったい、どんな方だったのですか?」


「一言で言えば自由人、かな。星の神ゆずりの〈破魔〉の力を持ち、見たこともない形の武器を器用に操っていた。短い付き合いだったから、それほど多くのことは知らないがね」

 そう言うわりに、クラウスの眼差しには柔らかく懐かしむような色が滲んでいた。初めて人間らしい感情が垣間見えた気がする。


「その方が今どこにいるのか、ご存じではありませんか?」

 聞いてみたが、「残念ながら」とクラウスはかぶりを振った。

「では、〈使者〉の居場所を知る方法などは……?」

「〈使者〉の位置を感知できる〈使者〉もいるらしいと聞いたが、わたし自身はその術を持っていない。期待に添えなくてすまないね」

 形の良い眉が下がる。リファはぶんぶんと両手を振った。

「いえ、こちらこそ不躾に色々と質問してしまって、申し訳ありません」


 居所を知るには至らなかったが、より詳細な情報を得た。進展がなかった今までに比べれば、かなり大きな進歩だといえよう。リファは両手の拳をぐっと握りしめる。

 〈外神〉と〈使者〉。カルミアから託された使命に、ようやく微かな光が見えた。

 そのとき、応接間のドアがノックされた。「お茶とお菓子をお持ちしました」と侍女の声が聞こえてくる。


「内緒話の時間は終わりのようだ」

 そう言って、クラウスはいたずらっぽく微笑んだ。


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