創世界の使者たちへ

木立ゆえ

0.

  


 なにかが崩れていく音で目を覚ました。

 

 一瞬、宙を彷徨った爪先が地面に触れる。

 冷たい。――そう、冷たい。その感覚をようやく思い出してきた。

 綻びかけている石畳の階段を、生白い素足を不器用に動かして下りていく。

 くすんだ乳白色の床には、風とともに吹き込んだらしき砂が積もり、そこから強かに生え伸びた無数の蔦が這っている。

 どこからか、さらさらと細く水の流れる音がした。歩くたび、足元でかすかに塵が舞い上がって、天井から射し込む光の筋に煌めく。

 

 一歩、また一歩と進んでいく。

 肌に触れる草の露に、心地よさを覚えながら。

 荒れた地面で擦れる皮膚に、痛みを知りながら。

 自分が人間であることを、思い出しながら。

 ただ、ひたすらに歩いていた。

 

 眩い光が迫る。

 中と外の境界を越えたとたん、出迎えるように風が襲った。

 長い髪と純白の衣の裾が勢いよく巻き上げられ、ばさばさとはためく。

 耳元で風が暴れ唸るような音がして、反射的に目をつむった。

 ――また、崩れていく音が聞こえる。

 そっと、瞼を開く。

 

 どこまでも続く蒼穹が、ガラスのように砕けて降り注ぐ。

 ひび割れた大地が、轟音を立てて沈んでいく。

 銀色に瞬く星が、鋭く燃える雨となって流れていく。

 突き刺すような光をばらまく太陽が、生きた心臓のごとく拍動する。

 

 世界が、壊れていく。


 息をするのも忘れて、その光景を凝視していた。

 かつて己の生きていた世界が、終わりゆく姿を。

 

 やがて、深く呼吸をして――笑った。

 まだ形を留めている地面を、両足で強く踏みしめる。

 まっすぐに、怖じ気など欠片もない瞳で、世界の終わりと対峙する。

 

 ――このときを待っていた。

 ――この日のために、生きていた!

 

 風を切って駆けだした。

 そして、崩壊と現存の境界線を飛び越え、その身を虚空に躍らせた。

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