第2話 弟の存在を知った男、感じたものは何か

一体、誰だ、恋人と仲良くしている男にむっとしてしまった

 すると、その視線に気づいたのか、不思議そうな顔で女が尋ねた。

 「以前、会ってるでしょ、忘れたの」

 その言葉に思いだそうとするが、こんな男は見たことがないと思った、感情が顔に出たのかもしれない。

 弟の一樹ですと言われて驚いた。

 自分よりも若い、いや、それだけではない、顔もいい、まるで役者か芸能人のようだといってもおかしくはない。

 にっこりと笑った後、あのときは少し太っていましたから、その言葉にすぐには返事ができず男は相手の顔をまじまじと見た。

 太った男、その言葉に少しずつ記憶が鮮明になっていく。

 そうだ、確か、彼女の家に行ったときだと思いだした。

 だが、少しどころではない、あのときは髪は伸びてボサボサで顔の半分以上が隠れていた、体型も太っていたと、いや、それ以上で、まるで引きこもり中年男のような雰囲気だった。

 「仕事柄、入れ込んでしまって、どうしても」

 その言葉に働いていたのとか男は驚いた。

 「一樹は役者、言わなかったっけ」

 「いや、聞いて」

 言いかけて、男は憶えていないと首を振った、もし聞いていたとしても憶えてはいなかったかもしれない。

 「あのときは、知らない人は引きこもりの息子がいると思ったんじゃないかな」

 「あら、近所の人は分かってたわよ、反対に面白がってたわ、今度はどんな役って」

 

 「ところで今日は何しに来たの、泊まるの」

 「いや、そのつもりだったけど、弟さんがいるなら」

 「いいじゃないですか、章子の彼氏なら遠慮しないでください」

 

 弟と仲が良いんだ、このときは、そう思っただけだった。

 結局のところ、その日、泊まる事はなく男は自宅に戻った。

 だが、それから数日後、再び、彼女のアパートを訪れると弟はいた、それだけではない、部屋の中には見たことのない家具と服がある。

 もしかしてと思い、尋ねると一緒に住むことになったのだという。

 「稽古場が近いからね、しばらく一緒に住むことになったの、どうしたの」

 

 その日、外で夕食を食べようと男は彼女に連絡をした。

 いつもなら最初は二人でビールを頼むのだが、今日の彼女はウーロン茶だ。 

 「外食は控えるようにしてるの、一樹が作ってくれるから」

 「どうしたんだ、急に」

 「料理が得意な男、役作りのために協力よ、自炊はするタイプだし、それにしても」

 女の視線がテーブルの上の並んだ料理に向けられるのを感じた。

 チキン南蛮、チーズとはんぺんのはさみ揚げ、豚の角煮、あじフライ、全て男自身が注文した料理だが、半分近くを食べている。

 反対に女の前にはホッケ、ぶりカマの塩焼き、大根の煮物、冷や奴だ。

 女と比べて自分は頼みすぎ、脂っこいものを食べ過ぎかと思った、だが、最近、仕事がハードなんだよと言いながら男は箸をのばして食べ始めた。

 「そうなの、でも気をつけて、カロリー高そうなものばかりだから」

 その言葉に男は内心、いらっとしてしまった。

 「ところで、あたし、しばらく留守にするから」

 「仕事かい」

 話したくなさそうだなと思った男は深く尋ねる事はしなかった。

 恋人だと思っている自分だが、女は、もしかしてそうではないのかもしれない。

 そう思ったのは弟が彼女のアパートで一緒に住み始めてからだ。

 一緒に住み始めてから何度か弟に会ったが、二人の距離が近いのだ。


 本当に、そうなのかと思うくらい。

 

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 自分が何を食べ尽くしたのか、男はわかっていない 木桜春雨 @misao00

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