第17話

「俺もヒーローにはなりたくないなぁ」

「なんで?」

「だって面倒だろ? どこかで誰かがさらわれたって聞けば駆けつけて、悪の組織が街を荒らしてると聞けば駆けつけて、結局身体張って戦って、でもあんまり誰にも感謝されない」

「確かにね。戦隊モノで、あんまり感謝されてるシーンとか見ないね。街とか結構大きな規模で守ってるのにね」

「だろ? 割に合わないっていうか、俺もそこまで正義感強くないし、ボランティア精神もないし、ヒーローには向いてないと思う」

「でも『今日から君ヒーローやってね』って変身ベルト渡されたらどうする?」

「えー? とりあえず全力で拒否るな」

「満照らしい」

 結果的に、僕も満照もヒーローにはなれないし、もちろんなりたくもないし、なれる基準も満たしてないってことがよくわかった。まぁ、なれる基準っていうのは曖昧だけど、とりあえずやる気のないヒーローはダメだろう。

「時々考えるんだけど」

 僕は満照の敷いてくれた布団に大の字になって、でもまだ寝る気はないという意志を見せて話を続けた。

「今突然この変な能力が消えたらどうするかなって思うんだ」

「喜べない?」

「どうだろう。そりゃ、心配事が減って嬉しいとは思うんだけど、当然のように持っていたものを突然奪われたら、やっぱり少しは動揺すると思うんだよね」

「そうか。まぁ、わからないでもないな。当たり前に持っていたものが、ある時突然なくなるんだもんな」

 そう、僕は時々考える。そして、その頻度は最近増えてきている。それは「こんな能力がなかったらよかったのになぁ」って本気で考えていた頃にはあまり考えなかったのに、徐々に自分のものになってきてるというか、悪い意味で慣れてきた今だからこそ思い浮かんでしまうのかも知れない。

 隣で満照はまだ布団の上であぐらをかきながら、また腕を組んでいた。二の腕が逞しい。スーパーの品出しのバイトをしてるらしいけど、きっと力仕事なんだろうな、くらいにしか僕にはわからない。バイトなんてしたことないし、今後もしそうにないから。だって知らない人と関わるなんてできないよ。接客業なんかでたくさんの見ず知らずの人を見るのも怖いし、そういう意味では僕は本当は外に出るのも怖い。

「でも、こんな能力があっても仕方ないし、できれば今すぐにでも手放したいって気持ちはいつもあるんだよ。毎日学校に通うのに電車に乗ったりコンビニ寄ったり普通に道を歩いてるだけでも、たくさんの人と出会っちゃうわけじゃない? そんな中で、たった一日だけでも病死する人を見なかったことがないんだ。慣れたといえば慣れたけど、それってつまり、麻痺してきてるってことだよね?」

「一日も気持ちが休まらないっていうのは、キツいだろうな」

「もっと完全に麻痺してくれたら楽なんだけどね」

「それはダメだろ」

「なんで?」

「お前がお前じゃなくなる」

 思ったより真剣な声で言われたので、僕は思わず起き上がって満照の正面に座り直す。そこに満照は、少し早口で言った。

「お前は何でも自分一人で抱え込みすぎなんだよ。そりゃ、誰にも言えないだろうし、言っても信じてもらえない可能性の方が高いし、言ったことによってこうむる不利益の方が大きいのかも知れないけど。だから俺がいるんだろ? 俺しか知らないんだから、俺だけ知ってるんだから、もっと頼れよ。そんな赤の他人の死に一喜一憂するくらい、お前は案外繊細なところもあるんだから。今更遠慮なんかするなよ」

 ああ、満照は本当に理想的な親友だなぁ、なんて、場違いなことを考えてしまう。

 僕のことを思って言ってくれてるのはよくわかるんだ。でもやっぱり僕の中には、誰にも迷惑を掛けられないって気持ちがあって、それは大事な親友であっても、いや、大事な親友だからこそ、迷惑を掛けられないって気持ちが強くなるんだよ。

 だから、僕はいつでも死にたい。消えてしまいたい。いなかったことになればいい。

「魔法少女が少女じゃなくなった時に魔法が使えなくなるみたいに、僕もいつかこの変な能力を失うことができるのかなっていう希望的観測はあるよ」

「希望があるのはいいことだな。そうだろ、いつか消えるんだ。お前にそれが必要じゃなくなった時か、お前にそれがふさわしくなくなった時かはわからないけど、絶対それはなくなる。だって一生背負っていく理由がないだろう」

 それを言うなら、今持ってる理由もないけどね、なんて言えないけど。

 満照は懸命に僕を励ましてくれた。人が死ぬのは僕のせいじゃないし、辛い時は俺に言えばいい、できることは何でもしてやる、なんてカッコイイことまで言ってくれた。妹に嫉妬されそうだなぁ、なんて思いながら、僕はありがたく頷いた。それ以外に感謝を伝える方法が思い浮かばなかったから。

「満照、まだ眠くない?」

「明日は休みだし、お前が寝るまで付き合ってやるよ」

「じゃあ、僕が寝付くのを見ててくれる?」

「ゲームしながらでよかったら」

「構わないよ。ボリュームも下げなくて大丈夫だからね」

 満照はいったん立ち上がって、机の引き出しからゲーム機を持ってきた。僕と同様で、満照も結構無趣味なんだけど、暇つぶし程度にゲームはするらしい。僕はスマホで十分なんだけどね。一応満照と同じゲーム機は持ってはいるけど。

「うなされてたら起こすぞ?」

「よろしく」

 多分大丈夫だと思うけど、僕を心配してくれる満照にそう答えて、僕は布団をかぶった。

 下げなくてもいいって言ったけど、律儀にボリュームを落とした満照のゲームの音が聞こえてくる。僕の持っていないゲームみたいだったので、それだけじゃどんなゲームをしてるのかはわからなかったけど、ボタンを連打する音もしないし、満照が興奮してる様子もないので、アクションやシューティングゲームじゃないんだろう。普段からそういう好みなのか、眠る僕を気遣っての選択なのかはわからないけど。やっぱり僕は満照のことをあんまり知らないなぁ。ゲームの好みくらい、話題に上ってもいいのに。

 それでも僕は、その日の夜、安心しておかしな夢も見ずにゆっくりと眠れた。満照がいつ布団に入ったのかも気付かないくらいだったから。こういうのを、〈頼る〉って言ってもいいのかな?

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