第16話

 そこでふと、さっき瑞慶覧の夢を見る前に考えていた、昔のことに思いが行った。あの話は、満照も知らない。別に隠してるわけじゃないけど、言いたい話ではなかったし、言ったところで満照に関係があるとも思えなかったから。

 でも今、なんだかものすごくその話をしたくなった。重い感情を抱えすぎて、もう一人で持ちきれなくなっちゃってるのかな? だからって、それを満照にも持たせるのは筋違いだと思うけど。

 でもやっぱり僕は人でなしでろくでなしで、自己中心的な奴だった。だから、話すことにした。

「昔の話なんだけどね」

「うん」

「僕が中学に入ったばっかりの頃、よく一人で出掛けてたの、知ってるよね?」

「まぁ、いつとも言わず、お前は一人で出掛けるけどな」

 それは満照も同じなんだけど、ここではあえて突っ込まない。

「あの頃さ、僕は総合病院に行ってたんだよ。──あ、もちろん僕は病気じゃないよ? 例の現象の検証に、酷い話だけど、人が死ぬ時期を確かめに、通ってた」

 ああ、こうやって言葉にすると、やっぱり僕は酷いことをしてたんだなぁって感じがする。だって、もうすぐ死ぬ人を見つけて、その人がいつ本当に死ぬのかを確認しに行ってたんだから。たとえ中学に上がったばかりの、脳みそ小学生の子供であっても、やっていいことと悪いことがあるよね。

 僕は恐る恐る満照を見た。相変わらず無表情で、僕の話を聞いている。別に責めるでも褒めるでもない。聞いたことを事実としてそのまま受け入れている、という感じだった。満照はだいたいそういう話の理解の仕方をする。自分の身で体験しなければ信じない代わりに、一度理解を示せば疑わない。だから僕のバカげた話でも、いつも真剣に聞いてくれるんだ。

「そこでね、不本意ながら、ある人たちと親しい関係になってしまって」

 僕はなるべく死んだ表情筋ながらも明るく振る舞おうとしたけど、声に滲む苦悩を満照は読み取ってしまう。小さく「そうか」と言って、なんだかすべてを察したような顔になった。

「その時も、夢に見たりしたのか?」

 ああ、そう言えば見てないなぁ。名前も覚えてなかったし、今じゃもう顔も思い出せなくなってるくらいだ。あの車椅子の男性は、無事退院できたんだろうか? ついでに思い返すと、あのクソババァはまだ生きてるんだろうか?

「そう言えば見てないなぁ。子供だったから、あんまり深く考えてなかったのかも」

「その後は?」

「もう病院行くのやめたよ。ああ、亡くなったのはさ、入院してた方の患者さんじゃなくて、お見舞いに来てた方の元気そうな人の方だったんだ」

 ぐっと、満照の息が詰まる音が聞こえた。それは……辛いだろうと思ったのかも知れない。僕も、遺された人も。

「もう少し聞く?」

「お前の気分が悪くなければ」

「僕は平気」

 それで僕は、決して話し上手とは言えないたどたどしさで、さっき思い出していたばかりのかつての出来事をもう一度辿った。なるべく私情は挟まなかったつもりだったけど、やっぱりあのクソババァのことだけは言っておきたかったので、そこだけ少し感情的になってしまったかも知れない。

 顔は毎日合わせていれば記憶に残ってしまうけど、名前は最初から覚える気がなければ、僕は覚えずにいることができる。だから〈忘れる〉なんて無理難題を抱えることなく、簡単に〈思い出せない〉ことができるんだ。最初から記憶にないんだから、消すことも引っ張り出すこともできないしね。

 それに、顔なんていう曖昧なものは、時間とともに自然と風化していく。毎日顔を合わせていれば別だけど、数年前に何度か顔を合わせただけの人なんて、もう僕は覚えていない。それは僕の脳の中の記憶を司る部分に問題があるのか、無意識にそうしていたのかはわからないけど。

「……っていう話。僕も悪趣味だよね」

「まぁ仕方ないところもあるだろ。興味もあるだろうし、その人が死んだこととは関係ないんだし」

 そう、中学生の頃は僕もそう思ってたんだ。別に人が病気で死ぬことと、僕の変な能力には関係がないって。僕が何か別の異能で誰かを死に追いやっているわけでもなければ、死んだ人の魂を捕って食ったりするような本物の〈人でなし〉でもない。ただ、僕にはわかってしまうというだけなんだ。

「じゃあさ、僕のこの変な能力は、何のためにあるんだろうね? 罪でも罰でもなくても、何かの役に立つでもないし、それを止められるわけでもない。宝の持ち腐れって言うより、むしろ宝ですらないし」

「特別意味なんかないんだろ。別にお前に人類の存亡が託されてるわけでもなければ、何かを守る役目もない。ただどうしても、まぁ希少な病気みたいなもんで、全人類の誰かにその能力を与えないといけないってなった時に、お前が一番適任だったんじゃないか?」

「僕が?」

「お前って案外心が強いし、何も考えないのも得意だし、余計なことは言わないし」

「選ばれし者、とかってイメージじゃないけど、まぁ誰かがやらなきいけないことを押し付けられたんだね」

「美化委員みたいなもんだろ」

 あは、満照にしては面白い方の冗談だったな。そうか、僕は美化委員みたいなもんなのか。みんなが嫌がる仕事を押し付けられたりしても、まぁ仕方ないなぁって思いながらぼちぼち真面目にこなしてきた中学時代を思い返す。

 別にいじめられてたわけじゃないけど、全員が何かの委員をやらなければならないというわけのわからない制度のせいで、僕は美化委員になった。毎日のごみ捨てが仕事だったから、やっぱりみんな嫌がってたんだろうけど、僕としては飼育委員の方がよっぽど嫌だったから、美化委員で問題なかったんだけど。

「お前ってさ」

 ふと思い出したように、満照が僕をまた見る。さっき、二人分の布団を敷いてくれたところなんだけど、まだ僕たちは横にはならずにいた。少なくとも、瑞慶覧の夢は見ずに済むようにと思ってここに来たことを、やっぱり満照は察してくれている。

「人間以外の病死もわかるのか?」

「?」

 ああ、犬とか猫とかの話? そう言われてみると、よく意識したことはなかったけど、確かに気付いたことがないと思い至る。

「わかんない。いや、わかるかどうかが、わかんない。少なくとも、これまでに気付いたことはないなぁ」

「やっぱりそうか」

「なんでやっぱりなの?」

「動物や草木までわかってたら、お前にはどう見えてるのかはわからないけど、世の中真っ黒じゃねぇか。でも、人間に限定されてるんだったら、まぁ地球滅亡とかはわからないわけだし、ヒーロー性はないなぁと思ってさ」

「重い任務が与えられてないだけ、少しは気が楽ってこと?」

「まぁそんな感じ」

 いいように考えれば、確かにそんな感じなんだろうな。何かを守らなきゃいけないとか、そんなのは僕のキャラじゃないし、ポリシーにも反する。だって僕は、できる限り誰とも関わらずに生きていきたい、いや、できれば死んでいきたいんだから。

「それは良かった。ヒーローなんて、信じてないからね」

「昔からそうだったもんな」

「覚えてる?」

「そりゃそうだろ。小学校に入りたての頃にもう、戦隊モノ見ながら『これはさっきまでの人間じゃない』とか言い出すんだからな」

「だって『変身!』って言ってベルトが回転して全身タイツになるなんておかしいじゃない。なのにどこからか武器出してくるし、なんか嘘くさくて信じられないよ」

「悪役に肩入れしてたくらいだもんな」

「あはは」

 ああ、懐かしいなぁ。僕は昔から変わらず可愛げのない子供だったし、妙に現実を見てたみたいだ。覚えてないけど、サンタクロースにも気を遣ったんだろうなぁ。両親と妹の夢を壊さないように、って。本当は僕が夢を与えられる側だったのにね。

「ヒーローじゃなくていいから、僕は悪役になりたかったよ」

「どんな悪役だ?」

「死ぬのがわかった人にいちいち『あなたもうすぐ死にますよ』って囁いて回る悪の末端。なるべく死にそうにない人に言って笑い飛ばされて、その後その人の容態が急変して『俺、本当に死ぬのか?』っていう恐怖を喜びとする軍団の末端」

「何でも末端のわりには酷いことするんだなぁ」

「末端は汚れ役なんだよ」

 僕は乾いた笑いを漏らして、なるべく瑞慶覧のことを頭から追い出そうとしていた。その代わりに、空いたスペースがつまらない空想で満たされる。本当は空っぽのままでいいのに、僕の頭の中は常に何かで満杯にしておかないといけないみたいだ。何かを入れたい時は、不要なものを捨てる。でも、捨てるものがなくなった時はどうするんだろう? パソコンのメモリみたいに、増設とかできるのかな?

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