第15話
「今日、お葬式だったんだよね?」
「みたいだったな」
「友だち、来てたかな?」
「さぁ? 少なくともこないだ一緒にいた連中は来てたんじゃないか?」
「だったらいいんだけどね」
なんとなく僕は、誰も来ていない葬儀場を思い描いてしまっていたから、そこに一人でも彼女と同じ年頃の、制服を着た生徒がいるといいなと思った。別に憐れんでいるわけではないけど、やっぱりこういうのは同情というんだろうか。
「僕が死んだら、葬式はいらないなぁ」
「じゃあ俺は何に参列したらいいんだ?」
お互いに冗談とも本気ともつかないことを言ってみる。誰も来ない葬儀なんて寂しいし、家族にも辛い思いをさせてしまうじゃないか。無駄な出費になってしまうし、それなら火葬場に直行でいい。だから満照には家族と一緒に火葬場に来てもらって、煙になった僕を見送って欲しいな、なんて思う。
でもその話題はあえて続けなかった。不毛なだけだしね。
「じゃあ仮に彼女が僕に何かを伝えたかったとして、それは何だろう?」
「友だちになって欲しかった、とかじゃないか?」
「それだけ?」
「何? 付き合いたいの?」
「それはないね」
「だろうな」
「満照に霊感とかあったら便利なのに」
「なんでそこで俺に頼るんだよ」
「だって僕はもうこれ以上変な能力はいらないし」
「できれば俺も何も持ちたくないな」
僕も手放せるものなら手放したいけどね。満照に悪気がないのがわかるから、ここで変な冗談は言わない。
「死んだ人と話ができたら、便利だと思わない?」
「そりゃ、便利だとは思うけど、居着かれても困るし、自然の摂理に反するだろ」
「そっか」
確かに、話せることで成仏しない幽霊とかが増えたら困るな。自然の摂理はよくわからないけど、少なくとも僕の持つ能力はそれには反しない。だって、わかるだけで何の手の出しようもないんだから。ただ見守る……というより、見過ごすしかできない無能な能力だ。そもそも無能なのに能力なんて言えるんだろうか?
「もう瑞慶覧と話す術はないし、結局彼女が何をどう思ってたのかもわからないんだよね。まぁだいたい今朝聞いた話の通りなんだろうけどさ」
「責任とか感じてるんなら、別に気にしなくていいんだぞ? 別にお前のせいじゃない」
「うん」
でもやっぱり、多少なりとも知っている人が死ぬのを見過ごすしかできない、この変な能力は何なんだろう。何かの罰なのかな? 死にたかってばかりいる僕に、死ぬというのはこういうことだって、見せつけるための?
「一番嫌なのはさ」
「うん?」
「このまま僕が彼女の存在に縛られて、夢を見たり、起きてても思いを馳せたりしてしまうことなんだよ」
「ああ」
「一生涯のうちで考えるなら、一瞬交わっただけの相手でしかないのに、今でも僕は思い出すだけで吐き気がする。身震いがする。なんでだろう? あの日あそこで、彼女と会わなかったら、多少は平和に過ごせてたのに。何の罰?」
「罰、か……」
訴えるように聞こえたんだろうか、満照は神妙な顔をして、腕を組んだ。罰があるならきっと罪があるんだろう。身に覚えがあるかと問われれば、ないでもないだけに困る。
「俺はさ」
満照は腕を組んだまま、僕の目をじっと見た。あまり人と目を合わすのが得意じゃない僕たちだけど、お互いの目は見れる。
「罪とか罰とかいうのは、迷信と変わらないと思ってるんだよな」
「迷信?」
そんな言葉が満照の口から出てくるとは思わなかったので、僕は繰り返した。
「昔の人とかはよく言うだろ? 食べ物を残すともったいないおばけが出るとか、人に親切にしないと自分にも悪いことが返ってくるとか」
「言うね」
最近あまり聞かれなくなったけど、確かに僕のお祖母ちゃんもそう言っていたことがあるし、だから僕も知識としてはある。もちろん、それが事実だと思ったことはないし、言われてみれば確かに迷信だな、と感じる。
「けど別に誰も〈もったいないおばけ〉なんか見たことないし、自分に悪いことが起こるのは偶然なり必然なりで、別に誰かのせいじゃないだろ」
「かもね」
一旦逸らした視線を、満照はもう一度僕に合わせた。黒目が大きくて、大型犬みたいに頼りになる目だ。催眠術師なんかに向いてるんじゃないかなぁ、なんて場違いなことを考えてしまう。
「だからお前が例えば瑞慶覧のことが頭から離れないとかいうのは、瑞慶覧の意志とか幽霊がそうしてるとかじゃもちろんなくて、お前自身があいつに何かしら縛られてるというか、気兼ねか遠慮か同情か哀れみなのかは知らないけど、そういう自分自身の意志が関係してるんだと思う」
「罪でも罰でもなくて?」
「ないだろ。ただ、お前がそう思い込もうとしてるんなら別だけどな」
思い込み……か。
「そうかもね」
罰、だったらいいなぁとは思ってた。身近な人の死を知ることで、僕の死にたい意識が改善されるなら、それはそれでいいんじゃないかなって。でもそれは物事がわかるようになってくると、とても辛いことなんだってことがわかってきた。死ぬ人に気付きながら見過ごすしかできなくて、それがいつどんな相手が近いうちに死んでしまうのかがわかってしまう、というだけの、役に立たない能力で。
そしてもしも、その変な能力のせいで、家族や親友の死を感じてしまったら、僕はどうなるんだろうって思ってた。泣く? 落ち込む? 気が狂う?
でも僕には涙腺なんかなさそうだし、落ち込むほどの気力だってもともとない。気だってもう狂ってるに近い気もするし、いっそ本当に何もわからなくなってしまえたらどんなに楽だろうって考えることもある。「知らない」という幸せを、僕は既に失ってしまっているから。
「あいつが死んだのは、まぁちょっとこういうのも申し訳ないけど、いいきっかけだったんじゃないかって思う。お前にもまだ人間らしい感情が残ってたんだなって実感できたし、俺は自分の冷たさを再認識できたしな」
「冷たさ?」
「そう」
言ってる意味が汲み取れなくて、僕はぼんやりとした顔で満照を見る。冷たさとは縁遠い気がする。
「だってそうだろ? お前でさえ──ってあえて言うけど、赤の他人のことでこんなに苦しんでるのに、俺はまったく何も感じない。別にあいつが生きていようと死んでいようと、多分もう会うことはなかったと思うし、会ったとしても赤の他人だし、何が起こるわけでもない。そんなふうに考えてしまう俺は、ものすごく冷酷な人間だなって思った」
「満照は冷酷なんかじゃないよ」
「じゃあ、この無関心は何だ?」
「無関心は無関心でしょ。僕だって、彼女には無関心だよ。いや、ちょっと嫌いだったかな。まぁ、いい思い出はないからね」
「お互いにな」
うん、妹も含めてね。
「無関心と冷酷は違うと思う。別に満照は彼女が死んで、『ざまぁみろ』とまでは思ってないでしょ?」
「そりゃまぁな」
「だったら、ただの無関心だよ。別に赤の他人がどこでどうなろうと、僕だって関係ないもん。ただ、たまたま中途半端に知り合いで、死ぬのがわかっちゃったから嫌な気分になってるだけ。あの日に会わずに、事故の話だけを聞いてたら、へぇそう、くらいにしか思わないよ、きっと」
「……そうか」
満照は、優しい。無自覚だから自分では気付かないけど、わかる人にはわかると思う。無表情で口下手だから、あまり周囲の人にも「優しい」なんて言われないんだろうけど、気付く人は気付く。多くの人間は満照の見掛けの良さに惹かれてやってくるけど、深く付き合えたら多分、すぐに去って行ったりはできない魅力があるんだ。満照自身が自分でそこに蓋をしてるから、誰もそれを開けて中を見ることはできないんだけどね。
「満照は冷たいんじゃなくて、自分の感情をうまく把握できてないだけなんだよ。多分ね」
僕にしては偉そうに、なんとなく満照に言ってみた。
「それをお前が言うか?」
やっぱりそう言われたけど。
「自分ではわからなくても、傍から見てるとわかることってあるじゃない」
「そうだな」
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