第14話

 ふっと彼女が僕に背を向けた瞬間、僕は目が覚めた。

 満照からのメールを見ていたままうたた寝していたらしい僕は、通話とメール機能付きのスマホという名のぼっち用ゲーム機の時計を見た。さっきからほとんど時間が経っていなかった。髪は一応乾いていて、だけど後頭部に変な寝癖が付いているみたいだった。あーもう、せっかくお風呂に入ったのになぁ。

 だからと言ってまたお風呂に入り直す気にもならないし、髪だけ濡らしてドライヤーで整えるなんて真似をこの僕がするわけがない。適当に右手で抑え込んだだけだ。

 スマホを見ながら珍しく僕は、満照にメールを打った。

〈今から行っていい?〉

 すぐにOKという返事が来たので、適当にジャージを来てリビングの母親に行き先を告げて向かいの家の玄関の前に立つ。すぐに扉が開いて、満照が迎え入れてくれた。チャイムを押すのは家族に迷惑かと思ったので、満照にメールを送ることでその手間を省いたんだ。こういうことは、僕たちの間ではよくある。主に僕側からだけど。

 先に、ほぼ僕の部屋と同じ位置にある二階の満照の部屋に通されて、後から満照が麦茶とゼリーを持ってきてくれた。プリンの次はゼリーか。この季節はまだ、固体と液体の間の状態のものが重宝するなぁ。冷たくて食べやすくて胃もたれしない。

「メールありがとう」

「いや、どうせお前は行かないんだろうけど、一応報告と思って」

「うん。あいつ、喜んでたって? 母さんが言ってた」

「すごく喜んでくれた。ずーっと話してた」

「面会終了時間まででしょ? 悪いね。お疲れ様」

「いや、そんな遅い時間でもないし」

「満照を車で送れなくて申し訳なかったって母さんが謝ってた」

「ああ、別にいいのに。かえって気を遣わせたかな」

「大丈夫だよ。そのうちまた何か食べ物を持たされるくらいでしょ」

 あはは、と適当に笑って僕は病院の話を終わらせる。満照も敢えてそれ以上話さなかった。それに、どうして僕が急に家に来たかも訊かない。いつも、満照は僕が話し出すのを待っててくれる。急かさないし、飽きない。こんなにいい奴なのに、僕しか親友がいないなんてもったいないよな、って思う。でも、他に親友がいたらきっと僕なんかすぐにお払い箱だから、助かったな、って思いも正直ある。複雑だ。

「さっきまで、ちょっと寝てた」

「あー、それでその寝癖?」

 プッ、と珍しく満照は吹き出した。さっきから気になってたんだろう。僕が自分自身の身なりに無頓着なのは知ってるだろうけど、さすがにこの時間帯にこの寝癖はおかしいよね、やっぱり。

「お風呂入ってからそのままうたた寝しちゃってさ。時計見たら、寝てたのなんて一瞬だったのに」

「風呂で寝なくて良かったじゃん」

 僕としては入浴中の眠気を非常に望んでいたんだけど、何故か風呂上がりにプリンを食べて、昔のことを思い出していたら、寝落ちしてたんだよ。大いに不本意だったけれど、それを満照に言うのは一応やめておく。

「それでさ、夢を見たんだ。一瞬の間に」

「うん」

「わかる?」

「あいつのだろ?」

 さすが満照というか、僕の話題性のなさというか、だね。ともかく、満照は僕が瑞慶覧の夢を見たことを瞬時に把握してくれた。もしかしたら満照も……なんて思ったけど、さすがに僕たちは双子ではないし、満照は病院から帰宅してからまだ一度も眠っていないようだったので、同じ頃に同じ夢を見ていたなんていうファンタジックな想像は消える。

「どんな夢?」

 訊くのが礼儀だと思ったのか、僕がそれを話しに来たのを察したのか、満照は的確に僕に質問する。僕は「くだらない話なんだけど」と前置きしてから、本当に中身のないその話をした。かいつまんで、というまでもなく、最初から最後まで話しても五分とかからない夢だった。自分で話しながら振り返ってみると、まったくもってどうでもいいことで、そんなことのためにわざわざ向かいの家までやって来た自分がおかしく感じる。

「怖かった?」

 僕が怖くて満照に会いに来たと思ったのか、単純にからかってみたかったのかはわからないけど、そう訊かれたので僕はとりあえず首を横に振った。実は最初は化けて出てきたのかとびっくりしたのは確かなんだけどね。

「なんでこんな夢を見たのか、検証したくて」

 検証、と言いながら、瑞慶覧の夢を見る前に思い出していた中学生の頃のことが脳裏をよぎる。ああ、検証なんかするから、嫌な現実を見てしまうのかも知れないなぁ。これも、ここでやめておいた方がいいんだろうか? そんな気分になったけど、あの話はまだ満照にはしていなかったので、何とも言い出しにくかった。今更な話でもあるしね。

「あいつがお前の夢に出てきた理由の検証?」

「そう。まぁ、僕が気にしすぎてるだけなんだろうけど」

「確かに、夢の大半は自分の無意識だからな。俺が今朝話したことが妙に印象に残ってたとか、お前が声を掛けられたことを知らないうちに重く受け止めてたってことはあり得るんじゃないか?」

 客観的な意見ありがとう。第三者にそう言ってもらえると僕も自分の考えに自信が持てるし、この後は安眠できる気がするよ。

「あとはそうだな、本人に何か伝えたいことがあって出てきたとか?」

「やだな、それってホラーじゃない」

 急に方向転換して、安眠できない話になってしまう。

「夢枕に立つってやつだろ?」

「立たれるんなら満照じゃないの? 僕に言いたいことなんかないだろうし、彼女が仲良くなりたかったのは満照だし」

「それはお前の夢の中での話だろ?」

「現実でもそうだったと思うよ」

「俺は話したことは二回しかないけど」

「じゃあ僕と同じだね。内容も同じだろうし」

「じゃ、どっちも関係ないんじゃねぇの?」

「だったらいいんだけど」

 ここで無責任に「大丈夫大丈夫」とか言わないのが満照だ。あくまで自分の意見は言うけど、そこに無意味な自信を乗せたりはしないし、それを押し付けたりもしない。いつも一歩引いている。僕が満照の言葉をどう受け止めるかは、いつも僕に委ねられる。

「僕はつい最近まで彼女のことも忘れてたし、もともと名前も知らなかったんだよ。なのに死ぬ前の姿を見た途端にすごく気持ち悪くなって、なんだか深い知り合いみたいな気分になっちゃったんだ。そうでなかったら夢も見なかったと思うんだけど、なんかすごく嫌な偶然」

「だよな。俺たちが学校サボって帰ってくるような時間に会うってのも、かなり可能性の低い遭遇率だし、因縁めいたものを感じないでもない」

「満照でも?」

「でもって何だよ」

「いや、うん」

 まさか満照がそんな非科学的な、根拠のないものを信じる気があるとは思わなかった。とは言え、既に非科学的で得体の知れない僕の変な能力を理解してくれてるんだから、まぁそんなに頭の固い奴というわけでもない。幽霊とか魂の話の方が、よっぽど現実味があるような気にさえなる。

「まさかあいつに何かしらの能力があったわけじゃないとは思うけど、あの時お前とあいつが出会ったことには、もしかしたら意味があったのかも知れないな」

「僕と? 満照とじゃなくて?」

「だってお前も訊かれたんだろ? 『なんでまだあいつと一緒にいるの』って」

「うん、そうだけど……」

「それは違う角度から考えたら、あいつが俺に嫉妬してて、本当はお前と仲良くなりたかったのかも知れない」

「それはまた思い切った逆転の発想だね」

「ないとも言えないだろ?」

「うーん、どうだろう?」

 自分ではにわかに認めがたい。瑞慶覧が満照狙いなんじゃなくて、僕と仲良くなりたかったとか、とても想像が及ばない。僕が満照より若干秀でてるのは学力程度のものだし、運動能力は僕だってたいして高くはない。満照は見掛けとのギャップがあるから、現実を知ってしまうとすごく運動音痴に感じられるけど、能力としてはお互いに普通だ。

 人付き合いは苦手だし下手だし、まぁ満照は流され上手で、僕はスルーされるのが得意っていう違いはあるけど、結局どちらもお互い以外にこれと言って挙げられる友だちなんていない。せいぜい〈クラスメイト〉止まりで、いじめられても嫌われても(多分)いないと思うけど、決して好かれてもいない。

 まぁ、満照はルックスがいいので何も知らない他クラスや他学年、他校の女子にはモテるけど、付き合っているのかいないのかもわからないし、知らないうちに満照がフラれていることがほとんどというか、僕の知る限りはそれがすべてだ。

 僕たちに共通しているのは、〈人と関わることが苦手〉ということであり、それから〈人との関わり方がわからない〉ということでもある。二人ならこんなにも普通にできるのに、なんでだろう。僕はともかく、満照ならもっと要領良くやっていけそうなのにな。けれど、そういうことを深く突き合わないのが僕たちの関係でもあった。親友だけど、何でもは知らない。もしかすると、知っていることの方が少ないのかも知れない。だって結局僕たちは〈人との関わり方がわからない〉者同士なんだから。

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