第13話
夢の中に、先日見たところだったせいか、成長した方の瑞慶覧が出てきた時には焦った。夢を見ている時は、普通は自分が夢を見ているという感覚がないから、化けて出てきたと思ったんだよ。人が死ぬのは平気になったのに、いまだに幽霊とかを怖がる僕を満照は笑うけど、死んだはずの人が生きて戻ってきたと思ったら、やっぱり怖くなるのが普通じゃないのかな? 別に僕のせいで死んだわけでもないんだけど。
瑞慶覧は相変わらず(というほど彼女のことは知らないけど)横柄な態度で、腕を組んで斜めに僕を見ていた。身長の関係で見下ろされてないだけまだマシだった。あんな威圧感のある奴に上から見下されたら、何の取り柄もない僕はショックに違いない。それに、身長でくらいはやっぱり女子に勝ちたいじゃないか。
夢の中であるせいか、僕の記憶が曖昧なせいか、瑞慶覧は何も言わずに僕を見ているだけだった。睨みつけている、というほどの強さはない。でも、哀しそうに見ている、という表現も似合わない。ただ、単純に、「見て」いた。何か言いたいことがあるんだろうか? また満照のことを引き合いに出して、「なんでまだあいつと一緒にいるの?」なんて訊かれるんだろうか? だったら僕も、くどいようだけど「親友だから」としか答えようがないし、そうすれば彼女はまた飽きた様子で立ち去ってくれるんだろうか?
でも、訊かれてもいないうちから、「僕、満照と親友だから」と言うのもおかしい感じがして、ただただ瑞慶覧の意図のわからない視線に耐えていた。すると、ぱくぱくと彼女の口が動いた。
「何?」
思わず僕は口に出していて、でも彼女の声は聞こえない。そうか、僕が瑞慶覧の声を覚えていないせいなのかも知れない。どんな声でどんなふうに話すのかなんて知らないし、言われた言葉は幼い過去にも少し前にも、同じだったから。それ以外のセリフを聞いたことがない僕に、瑞慶覧の声が聞こえるわけがないのだった。
それで、僕はこれが夢だと気付く。化けて出てきたわけではない時点で夢なんだろうけど、ここでようやく確信が持てて恐怖感から解き放たれた。そうなると、どうしても彼女の言っていることが知りたくなる。
どうにか瑞慶覧の子供の頃の気の強さと偉そうさ、いつでもどこでもリーダー格なのに親友のいない哀れさ、自殺を決行した勇敢さなどをまとめ上げて、なんとかその声を想像した。いや、創造したっていうのかな?
しかし案外その方法は間違っていなかったようで、聞こえなかった彼女の声が、幼いトーンで紡ぎ出されてくるのを聞き取れるようになった。やっぱり姿は高校生でも、幼い頃のイメージの方が強かったので、自ずとそういう方向に想像が行ってしまったんだろう。
「どうしてみんな、私から大好きなものを奪っていくのよ」
言い方は女子高生だったが、声が幼いので強がっているようにしか聞こえない。僕の想像力の限界なんだ、許せ瑞慶覧。
「あやちゃんはヒロくんと仲良くなってからは私と遊んでくれなくなったし、ミキはパパについて行った。パパは他の女の人とどこかに行っちゃうし、ママはあんまり家に帰ってきてくれない」
あやちゃんもヒロくんも知らないけど、きっと子供の頃の友だちだったんだろう。ミキっていうのは妹なのかな? そんな話は初めて聞いたけど、まぁ満照自身が情報魔なわけじゃないんだから、多少の抜けもあるんだろう。じゃあ、父親は病気で金の掛かる姉を捨てて、妹だけを連れて行ったのか。最低だな。そしてその父親も女を作ったってことは、妹も多分あんまり幸せに過ごしてはいなさそうな気がする。母親があまり家に帰ってこなかったっていうのは、頑張って働いていたのか、現実逃避で男のところにでも行ってたのか……なんとなく後者のような気がするのは、完全に僕の妄想なんだけどね。
瑞慶覧は続ける。
「みっくんならいつも一人だから、私のこと大事にしてくれると思ったのに。あんたなんかがいるから、みっくんが私を見てくれない」
ああ、それで僕の夢の中ってわけか。しかし満照に近付きたい理由が「いつも一人だから」っていうのは失礼過ぎないか? 満照が許しても、親友の僕がなんとなくムッとなってしまう。
「あんたなんかいなくなればいいのに。そしたらみっくんは私を見てくれるのに」
いやいや、そうとは限らないと思うよ? 満照はもともと人付き合いをしないし、僕がいなくても一人でうまく世渡りしていける奴だと思うけどね。
なんてことを、たとえ夢の中とはいえ言ってしまえないのは、死んだ人に対しての申し訳なさがあるからだろうか? それとも、夢の中の相手に言うだけ無駄だと感じてるせいかな?
それにしても、「あんたなんかいなくなればいいのに」は、実のところ初めて言われた言葉だ。僕みたいな人間なら何度かはあってもおかしくないのかも知れないんだけど、幸いにして両親はそんな非人道的な言葉を実の息子に浴びせるような酷い大人ではなかったし、僕だって親にそこまで言わせるような親不孝はしてない。どの時代の学校でも、僕はあまり他の子供と話す方じゃなかったので、仲良くなりもせず、近付きも話しもしない代わりに、ここまで嫌われることもなかった。内心は知らないけどね。
じゃあこの言葉はどこから来たんだろうと思う。それからすぐに思い付いた。多分、瑞慶覧が自分の両親、少なくとも片方の親から言われた言葉なんだろう。僕が考えるには、お金の掛かる彼女を見捨てて出て行った父親の方だったような気もするし、残り物の娘を押し付けられた母親だったのかも知れない気がして、どちらとも断定できなかった。やっぱり両方なのかも知れない。しかも違うタイミングで、二回も。それはものすごいダメージだっただろうな、なんて他人事のように思うけど、実際悪いけど他人事だ。たとえどんな酷い言葉を投げ掛けられても、自分の夢の中である以上、僕の意識も少なからず影響しているはずだし。
そうだね、僕なんかいなくなればいいのにね。それで満照が瑞慶覧に振り向いたとは思えないし、今ではもう振り向くどころか墓参りにさえ行かないだろうけど、それでもその言葉には同意するよ、瑞慶覧霧江。僕はいなくなればいいどころか、生まれてさえこなければ良かったような存在なんだよ。だけど今になって僕が死んでしまったら、うちの家族が不幸になってしまうことに気付いてしまったから、迂闊に死ねないようにもなっちゃって板挟み状態なんだよね。
親を不幸にする、っていう意志を貫いたきみはすごいと思うよ。そこまでしたいくらいに誰かを憎めるっていうのは、ものすごく強い気持ちが必要なんだろうね。僕にはそれがないから、正直うらやましいし、ちょっと鬱陶しい。だって誰かのことをそこまで思い詰めるのって、面倒臭くないかなぁ? いつもいつも大嫌いな相手のことを考えていなきゃならないなんて、それだけでもう地獄だよね。ああでも、それを越えて彼らを本物の地獄に突き落とせたんだから、それも無駄じゃなかったってことでもあるか。継続は力なり、ってことでいいのかなぁ。
瑞慶覧が満照に近付きたかった理由が「いつも一人だから」っていうのは腹立たしいけど、それでも小学生当時のクラスメイトとか近所の子供の中にはまだ、うまく他人とのコミュニケーションがはかれなくて、一人でいた奴も少なくはなかったと思うんだけど。この僕も含めてね。なのにその中でも満照を選んだってことはやっぱり、あいつが昔から顔が良かったからなのかも知れないのかな? 瑞慶覧は少なからず、他のどんなぼっちの奴よりも、「みっくん」と仲良くなりたかったんだろう。好意を寄せていたんだろう。
それなら別に、僕は満照の親友であって彼女ではないんだから、告白でも何でもすればよかったんじゃないのかなぁ? そこまで僕が二人の間を邪魔するような奴に見えたんだろうか? それとも瑞慶覧の並外れた独占欲のせい? 当時はまだ病気ではなかっただろうし、両親も揃っていたから、愛情に飢えていたわけではないと思うんだけど、もちろんよその家の内情まではわかならないから、幼い頃の瑞慶覧の幸不幸を今の僕が知る由もない。
確かに親友がいないのは寂しいことなのかも知れないけど、たまたま僕には小学校の頃から満照がいただけで、普通は本物の親友なんて、もう少し大きくなってからできるものだし、見極めるものなんだと思う。何も瑞慶覧が焦る必要もないのに……ああ、病気で余命を告げられてから焦り始めたのかも知れないね。真実は闇の中、なんだけど。
それでも、普通は上辺だけでも友だちをやっていれば、例えば入院すればお見舞いには来てくれるだろうし、死んだらお葬式にも来てくれると思う。三日前に駅前で見た時だって、頭とガラの悪そうな二人の友だちがいたじゃないか。しかも、相変わらずリーダー格だったし。それでも多分瑞慶覧は、自分の家庭のことや病気の話はしてなかったんだろうな。弱みを見せたら殺される、くらいに思ってたのかなぁ、他人のことをさ。だって身内に裏切られた後なんだもん、赤の他人なんて信じられるわけないよね。
僕が瑞慶覧の言葉についていろいろ思いを馳せたり想像したりしていたら、また瑞慶覧は黙って僕を見つめていた。僕の夢の中だから、僕の考えもわかってしまったりするんだろうか? まぁ、その瑞慶覧も僕の夢の産物なんだから、知られたところでどうってこともないんだけどさ。多分僕に何かを伝えに来た幽霊でもなさそうだし、これは単純に僕が瑞慶覧を異常に意識しすぎた結果見た夢でしかないんだと思う。
そうだよね?
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