第9話

 三日後から一ヶ月以内に病死する人。

 何故そんな縛りがあるのかはわからない。この事実にしたって、時間を掛けて僕が勝手に検証した結果なだけだし、その間のいつなのかを特定することもできない。死ぬことがわかってもどうすることもできないし、もうすぐ死ぬという運命も変えられない。

 じゃあ僕は何のためにこの能力を持っているんだろう?

 そんな自問はもう何度もしたし、持てる限りの想像力を駆使して考えたけれど、僕にこの能力を与えた〈何か〉が僕を困らせたがっているのだとしか思えなかった。または不幸にさせたいとか、自殺に追いやりたいとか、なんかそういうことなんだとしか。

 それにしたって、その〈何か〉でも〈誰か〉でも〈何者か〉でもいいんだけど、僕はいまだにそういう存在に直接お目に掛かったこともない。悪魔なら「貴様の魂を寄越せ」とか言ってきそうだし、死神なら「あの死者の魂を取ってこい」とか言われるんじゃないかと思ってたんだけど、かれこれもうこの能力とのお付き合いも五年以上になる。その間に自分が危険な目に遭ったことがないのが残念でならない。

 それにまさかこの能力が生まれつきのものなら、もっとおかしなことになっているだろう。

 初めてきちんと気付いたのが満照のお祖父さんだったからわかったものの、死ぬことがわかるのがテレビに出てくる有名人だけだったら、そう説得力もなかった気がする。みんな他人の不幸が大好きだから、誰がどの部位のガンでどの程度のステージに行ったとか、有名な病院の特別室でどんな治療を受けているかとか、家族にまでインタビューしたりして、本人もSNSなんかやっちゃったりしてる世の中だしね。僕が死ぬことを予測するまでもなく、ワイドショーなんかがガンガン教えてくれるんだと思うよ。

 だから別に、僕のこの変な能力は人の役に立つためのものじゃないんだと思う。そもそも、人の役に立つものであれば与える人間を間違ったとしか思えないし、役に立つための方の能力も与え忘れてる。それとも僕が気付いていないだけで、何かしら方法があったりするのだろうか? 誰かが死ななくても済むような、死ぬ運命を変えられるような、死期を延ばしたりできるような?

 いやいや、ないな。あってたまるか。そんな都合のいい話が。

 それに、万一その可能性に気付くとしたら、このタイミングしかなかったはずじゃない? 満照のお祖父さんの時は最初の頃だったし、まだ幼かったから仕方ないとして、次に死んだのは身近と言えば身近な女子だ。縁もゆかりもあった。あんまりいい思い出ではないし、この前に会った時の印象も悪いままだったけど、吐き気をもよおす程度には感情移入していたみたいだし、助けられるとしたら助けていた可能性もないでもない。ものすごく低い可能性を示唆しているようで悪いけど。

 今もし僕が妹の姿を見て、死を感じてしまったら、どうにかしてそれを覆そうと躍起になるだろうか? 今満照を見て察してしまったら、感情は揺らぐだろうか?

 どうしてもこの人には死んで欲しくない、という強い気持ちを持つことができたなら、例の〈何か〉が姿を現して、僕と取引をしたりなんかしないだろうか?

 ──しないんだろうな。うん、きっとない。そんなファンタジーなことは、現実には起こらない。起こらないからそれを〈現実〉って呼べるんだろうし。

「もうすぐ一週間になるんじゃねぇの?」

 不意に満照が言った。一瞬、何のことだかわからなかった。その時僕は頭の中で知っている限りの少年漫画の設定を検証していたんだけど、そもそも読書量の少ない僕は、漫画でさえほとんど読まないんだよ。アニメもドラマも映画も見ない、情報量の少ない生き方をしてきたのは、この変な能力のせいだけではないけど、まったく関係ないわけでもない。

「え? 何が?」

 失礼ながら、「他のことを考えていました」というのがバレバレな返しをしてしまった。それでも満照は僕の元気がないわけではないことの方に安心したのか、「しょうがないな」と呟いて、説明をしてくれた。

「お前の妹ちゃんさ。夏休み最後の日に入院したんだろ? 明日はもう日曜日だし、そろそろ一週間になるんじゃないか? おばさんは変わらず元気?」

 母親の様子まであんまり気にしてはいなかったけど、確かに妹が入院したのが始業式前の月曜日だったので、もう一週間近くになる。母親は毎日妹の病院に行っていたけど、相変わらず父親は会社から普通に帰ってるし、まぁ帰宅途中に顔を出すくらいはしてるのかも知れないけど、見たところ悲壮感もないし、何かを隠しているような気配も見られない、ように僕には思える。

 母親もいつものように、面会時間が終われば帰ってくるし、料理の味も変わっていないと思う。元気もなさそうには見えないし、多少疲れてはいるのかも知れないけど、もともと暢気だから、眠いだけなのかも知れない。

 そういうようなことを満照に言うと、また少し呆れられた。

「お前ってホントに、周囲に興味なさすぎだな」

「そうかな? まぁあんまり興味持てることもないしね」

「自分の家族のことくらいは興味持てよ」

「そうだね?」

 こういうことはどうも苦手で、僕は周囲の人に対しての興味がとても薄い。というか、ほぼない。さすがに家族のことくらいは多少気に掛けるし、満照のことも大事に思ってるけど、改めて「変わりはないか?」と訊かれてしまうと、どうとも自信を持って答えられなかった。

「まぁそれがお前なんだけどな。俺が死んだ時くらいは、泣けとまではいわないから、少しは悲しんでくれよ」

「僕が死んだら満照も泣いてよね」

「お互いまだまだ生きてそうだけどな」

 そりゃね。死にそうな相手になかなかこんな冗談は言えないし、そこまで僕も不躾じゃない。でも、人間いつ死んでもおかしくないんだってことは、よくわかってるつもりだった。

 年齢や環境なんか関係ない。遺伝はどうだか知らないけど、不慮の事故はともかく、病死する人の多くはまだまだ一見元気そうで、そこまで高齢でもなくて、そして中には知っている奴もいるんだ。今はまだ家族や親友は健康な顔をして生きてるけど、この先いつ死ぬかはわからないし、けれどそれを僕は相手が死ぬ一ヶ月以内になれば知ってしまう。否応なく、感じてしまう。そして僕に尽くせる手立てはない。こんな絶望的なことがあるだろうか?

 もうすぐ死んでしまう相手をどうこうしてやろうなんて傲慢な考えは持っていない。ただ、知らずにいられれば、と思うんだ。そうすれば、もう少し穏やかに生きられるかも知れないのに。見ず知らずの若者を憐れむこともなく、好きでもない赤ん坊のご冥福をお祈りすることもなく、明らかに顔色の悪い中年の家族を想像することもないだろうに。

 そしてあんなに嫌いだった女子のことも、崇拝したくなるほどに褒め称えたい気持ちにはならないはずだ。聞いてしまった死の理由に納得し、親友もできないままに消えたひとつの命を憐れんだりせずにすんだのに。

 僕は病院にいるはずの妹のことを考える。もう一週間近くもなるのに、その「こじらせた肺炎」は治らないんだろうか? 普通の肺炎なら一〜二週間で退院するというから、完治にはまだ早いのかも知れないし、こじらせた分、完治が遅れるのだろうか?

 別に、きちんと治って帰って来てくれるならいい。何週間入院しようと、生きて帰って来てくれるなら、本人はそりゃ嫌だろうけど、家族はいつまでだって待っているだろう。少なくともうちの家族は、瑞慶覧のところよりはまともなはずだ。妹に帰る家はちゃんとあるし、迎えてくれる両親もいる。一応、まともではないにしろ、兄もいるんだし、妹が大好きな満照(みっくんと呼んでるけど)だって喜んでくれるだろう。

 だから、命に別状のない状態で、きちんと病気を治してきて欲しい。早く戻れなんて言わない。中学三年生の夏休み明けというのは悪いタイミングだとは思うけど、別にそこで高校受験がヤバくなるほどに僕の妹は落ちこぼれてはいないようだ。きっと暇な個室で勉強をしているのだろうと思うし、その性格からか交友関係に恵まれた奴なので、僕が引きこもっても得られそうになかった、友だちの訪問やノートのコピー、宿題やプリントの配布などは、毎日訪れてるんじゃないかな。

「妹の病気、何なのか知ってる?」

「え? 俺が? 知るわけないだろ。お前が言わないんだから」

「そうかぁ」

 もしかしたら、満照のお母さんがうちの母親から聞いてるんじゃないかと思ったんだけど、やっぱり自分で母親に直接訊くのが一番早くて正確なのには変わりなさそうだ。

「何なんだ? まさかおばさんから聞いてないのかよ」

「適当に聞いたから忘れちゃった。今更聞き直せないしさぁ」

「どんだけ無関心なんだよ」

 そう言われても返す言葉がない。どんだけ無関心なんだよ、僕は。妹にも、母親の言葉にも。薄情を通り過ぎたらなんて表現したらいいのかなぁ? なんて満照には訊けないか。当然知らなさそうだしね。

「そうだね? 僕の関心はどこにあるんだろう」

「どこだろうな」

 言いながら、多分僕も満照も知っている。普通の男子高校生が持っているような、女子のことや性的なことや未成年なりの悪行に対してではなく、〈死〉というものにしか僕が惹かれないのだということを。僕はちゃんとわかっているし、満照もきっと気付いていて、その上で素知らぬ顔をしてくれている。止めない代わりに後押しもしないということだろう。無関係を決め込みたいのなら僕から離れればいいだけなのに、そうしないのはきっとこんな僕でもまだ心配されてるってことなんだろうね。ありがたいことに。

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