第7話

 満照のバイトの時間になったので、僕はやっと自宅に帰った。満照の家にいる間に何をしたとか話し込んだとかでもなかったけれど、カレーは美味しく食べれたし、いつもよりはたくさん言葉を交わせた気がする。多分あのまま一人で家に帰ってたら得られなかった感覚だっただろう。だから今日の早退も寄り道も、何一つ無駄じゃないはずだ。まぁ、例外的なことはあったにしろね。

 僕は小学校の卒業アルバムを引っ張り出してきて、自分が何組だったかも忘れていたことにちょっと驚きながらも、まぁ僕ってそんな奴だしね、と思い直して各クラスの生徒の写真と名前に目を通していった。どうやら僕と満照は、小学校六年の時は二組だったらしい。

 それから三組に、瑞慶覧ではなく、〈島津霧江〉を見つけた。現物にはさっき会ったところだし、子供の頃の顔もまだ忘れていなかったので、名前より写真の方が先に目に飛び込んできた。

 それが過去のものだからなのか、それとも写真であるせいなのかはわからないけれど、瑞慶覧が死ぬ感じはしなかった。鏡や自分が無理なように、写真もダメなんだろうか。まぁわからなくもないし、むしろその方が助かる。

 今こうやって小学校の頃の卒業アルバムを開いているだけで、教師も含めて何人が死に直面しているのかがわかってしまえば、さすがの僕だってかなり疲弊するだろう。「またこいつも死ぬのかよ」って。

 そう、僕は別に誰かが死んでも落ち込んだり悲しんだりはしない。ただ、疲れるだけだ。かなり薄情で、まったくもって人でなしなんだけど、自分が死にたくても死ねない以上、死ねる人間を〈うらやましい〉以外の目では見れなくなってしまっている。

 確かに知り合いがもうすぐ死ぬとわかれば決していい気分でもないし、さっきみたいな吐き気や死にたい気分に襲われることもあるけれど、そこはまぁ、こんな僕にもまだ人間らしさが少しは残っているということなんだろう。喜ぶべきで、安心するべきところなのだと思う。

 僕は満照に、「生まれた時から心が折れてる」みたいなことを言ったけれど、あれは言い得て妙だったなぁと自画自賛したい。

 だって要するに、僕は生まれた時からまともじゃなかったんだってことじゃないか。折れるべき心がない。もう折れてるから、これ以上折れることはない。だから多分、学校で誰とも話さない日が続いても苦ではないし、いじめられている気分にもならない。僕は昔から積極的に人の輪に入る方ではなかったし、そりゃそんな生き方をしてれば、人間関係も上手に築けないだろうし、どこにいたって浮きもするだろうさ。

 でも、全然そんなことは辛くはないし、心が折れるような大袈裟なことでもない。それとも、もしかして僕に満照という存在がなければ、折れないはずの心は抉れていたのかな? 今あるものがもしもなかったなら……と考えるのは苦手なので、満照と出会わなかった僕なんて想像できないし、妹も両親も別の人間だったら、なんてことも考えられない。

 唯一考えられるのは、僕がこの世にいなかったら、ということだけだ。多分誰にも何にも影響しないんだろう。両親は僕じゃない別の子供を産んで立派に育てただろうし、満照はいい親友を得たことだろう。別に僕の代わりなんてどこにでもいるし、どんな奴だったとしても今の僕よりは随分マシなはずだ。

 だからきっと、僕に関わって不幸になるような奴はいなくなるし、僕のせいで満照が独りになることも、妹にまで影響を与えることもないのだろう。

 なんだ、万々歳じゃないか。いいことずくめだ。じゃあ早く死ねばいいのに。

 僕は卒業アルバムを閉じて元の場所にしまい、また床に大の字になって天井を見て棒読み。

「あー、今日も死ねなかったなー」

 死ねない僕の代わりに──いや別に代わりでもないけど、瑞慶覧がもうすぐ死ぬ。明日で三週間っていうなら、保っても残り五日くらいじゃないかな。

 とは言え、満照の言う通り、僕に何ができるわけでもないし、いつも通りに過ごすしかできない。もし瑞慶覧が死んだら、お通夜かお葬式には呼ばれるのだろうか? いやでも、ご近所さんってほどでもないし、母親同士も直接知り合いなわけでもなさそうだな。学校も違うし、子供の頃にちょっと関わったことがあるなんて、親は知らないんじゃないだろうか。

 だったら、満照のお母さんからのアナウンスで知るか、例の会館でそれらしいことが行われているのを察するくらいか。どっちにしても、そう難しいことじゃないな。

 その二日後に、瑞慶覧が電車に飛び込んで死んだと聞いた。

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