第2話

 今朝──そう、始業式の朝に、満照に昨日妹が救急車で運ばれた話をしたら、ちょっと驚いていた。

 その頃、僕と満照は一緒にいたわけじゃないんだけど、お互いにたまたま家にいなかったから、救急車のサイレンを聞いたり、野次馬として参加したりはしなかったんだよね。まぁ家にいたとしても、僕が野次馬に参加したらダメなんだろうけどさ。

 多分僕が満照に話してるのと同じ頃に、僕の母親も満照のお母さんに話したりしてるんだろうなとは思う。なにしろ、あっちは僕たちが生まれるさらに前からのお付き合いなのだ。満照の二歳上のお姉さんの灯理(あかり)さんが生まれた頃に、僕達家族が引っ越してきたということらしい。

 で、今朝の話に戻りたいんだけど、やっぱり満照は僕の妹をとても心配した。まぁいろんな意味で、本気で心配してくれてた。ありがたいことだね。体調や命の心配をしてもらえるなんてことはさ。

 それから満照は、ついでに僕の心配もしてくれた。もちろん、僕はピンピンしてるよ? いや、そういうことじゃないって、満照にも突っ込まれたけど。

 うん、妹が急に入院しちゃったりして動揺してないかとか、まぁそういうことだよね、普通は。その辺は大丈夫なんだけどさ。僕は薄情な兄だから。ただ、満照の心配は僕の他の部分にあって。

 でも僕は、それには答えようがなかった。だって、運ばれる妹を見ていないし、向こうはそのまま入院しちゃったもんだからさ。

 昨日の朝、パンを食べ散らかしながら友だちの宿題のプリントを写しているという、やんちゃながらもうらやましい姿をチラ見したのが、直近で妹を見た最後だ。

 何がうらやましいって、そりゃ宿題を写させてくれる友だちがいることでしょ。パンは僕も一緒に同じものを食べてるんだし。さらにどうせ僕は自分の宿題は自力で完了させちゃってるし、写させてあげる相手もいない。しかも、その時の目標は引きこもりだったし。

 満照になら頼まれなくても見せてあげるんだけど、あいつはそういう不正を嫌って絶対に見せてとか言ってこないんだよね。そのくせ、そもそも基本的に宿題というものをきちんとしない。わかるところだけ埋めて、数学なんかの問題文の長いところはそれだけで読まずに放置するタイプだ。「取り組んでみようとした努力が見られればいい」とか言っていたので、まぁ、そのへんが満照なりの処世術なのだろう。それはそれでうらやましい。決して要領がいいとは思えないけど。

「やっぱり、見舞いなんか行かないんだろうな、お前は」

「そうだね」

 妹についてのやりとりは、それだけだった。

 別に満照が僕を強引に病院に連れて行くわけでもなく、僕も「大きなお世話だよっ!」とか声を荒げてケンカを売ったりはしない。これが僕と満照の関係の通常運転で、別にそっけないわけでも、興味がないわけでもない。ただ、満照は僕が入院したという妹に会いたがらない理由を知っているだけで、遠慮とか気遣いともまた違う種類のものだった。


 ことあるごとに死にたいと言っている僕が、何故死ねないのかというと、別に不死身だからでもなんでもなく、単純に勇気がないだけだ。

 それじゃあなんで僕が死にたいのかというと、そこはちょっと説明がめんどくさい。

 病気、事故、事件、自殺など、別に何でもいいんだけど、肉体が死んでしまうということには何かしら理由があるだろう。だけど、心が死にたいと思う気持ちに理由を付けるのは難しい。

 いじめに遭っていて学校に行くのが辛いとか、親に虐待されていて誰にも相談できないとか、そんな簡単で理解されやすい理由ならいいんだけどね。さらに教師もいじめのグルだったり、親からの虐待に快感を覚え始めてる僕、っていうシチュエーションがあっても話題性があるかも知れない。

 または、好きな子が死んじゃったとか、僕のせいで大事な人を死に追いやってしまったとかだったら、それはそれでちょっとありがちながらも、ドラマチックなんだけどさ。

 ところが残念ながら、僕はそういったわかりやすい、または輝かしい理由とは無縁だ。強いていうならやっぱりありきたりなんだけど、僕は単純に「生きるのが面倒になった」ってことになるんだろうか。

 もちろん、どんなに面倒臭がりな奴でも、例えば「うわ〜めんどくせ〜、もう死にて〜」とか言ってる時は当然ながら本気じゃない。それは誰にだってわかるだろうから、「おい、そんな物騒なこと言うなよ」なんてたしなめられたり、「何かあったら話聞くよ?」みたいに心配されたり気遣ってもらえたりしないはずだ。そんな嘘みたいなこと言われる場面があるなら、むしろその後ろの物陰から覗いて聞いてみたい。

 僕は誰の前でも後ろでも隣でも夢の中でも、一言も「死にたい」なんて言ったことはないし、これからも生きている限りは言うつもりはない。うっかり口を滑らせたりしなければ、だけど。

 ただ、言ったことはないながらも、満照だけは僕が死にたいと思っていることを、多分知っている。普段から一緒にいれば、その挙動不審な言動からわかってしまうのかも知れないね。

 これでも僕は、普段からなるべく気を付けて、偶然死ねるように心掛けてはいるんだよ。

 例えば一人で外を歩く時は、常に外界と自分の世界を遮断するために、必ずヘッドホンを付けてるんだけど、わざと音楽プレイヤーの音量を大きめに設定していたり、黄色信号を駆け足で渡らなかったり、歩道の道路際を俯いて歩くようにしたり、できる範囲での努力は尽くしているつもりなんだけど。

 自宅でゲームをする時以外にスマホを使う習慣がないので、リュックにしまいっぱなしだから、歩きスマホという大変危険な行為には縁がないし、下を向いて歩いていても、僕の発するヤバそうな空気を察してしまうのか、みんな避けてくれるんだよね。

 偶然押し出されることを願って、通学の時には駅のホームではなるべく混んでいる列の先頭に並ぶことを目指しているんだけど、ラッシュ慣れして常に時間に追われている戦々恐々の社畜サラリーマンには敵わないし、もうホントに僕って事故に遭う才能がないみたい。

 こういうのを満照は「運がいい」って言ってわざとらしく笑うんだけど、僕からすればまったくもって悪い運なんだよ。

 くじや懸賞には応募しないから当然当たらないんだけど、車や電車なんか、そこらじゅうを走ってるんだから、一度くらいは当たってもいいと思うんだよ。これも何かに応募しなきゃ当たらないのかなぁ?

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