不器用な死にたがり

桜井直樹

第1話

 中学の頃の同級生が死んだらしい。

 いちいち名前なんて覚えてないけど、田中だか中田だか、多分そんなんじゃなかったかな。

 母親から聞いただけなので詳細はわからないんだけど、僕が知る限りでももともと素行不良だったし、中学も三年の半ばで突然学校に来なくなった(辞めたのかどうかは知らない)から、どっかの組にでも入ったんじゃないかとか言われてたのを思い出した。

 だから、ヤクザ同士の抗争で特攻したとか、流れ弾に当たったとか、クスリでもやってたんじゃないかとか、さまざまな憶測を呼んでいるらしい。

 そいつの親も泣いて(泣いたフリをして?)死因を語らず、棺の蓋も閉じられていたらしいので、自殺なんじゃないかとも言われているようだ。きっとぐっちゃぐちゃなんだろうね。

 まぁ遺体の状態はともかくとして、何にせようらやましいことだな、と僕は思った。

 どんなくだらない奴でも、死んだだけで話題になるんだ? だったら僕でも、多少は人の口にのぼることもあるんだろうか?

 ──なんてね。

 自殺できる人っていいなぁって思うよ。勇気あるよね。僕は死ねなかったから、正直うらやましい。

 死ぬのは逃げることだってよく言うじゃない? でもそれって、生きる強さを持った奴の傲慢な押し付けだと思うんだよね。生きてるって大変じゃん。生きることより死ぬことを選んだのは、だからそういう奴らから見れば「逃げ」で、弱いのかも知れないけど、それくらい生きてることが辛かったんだろうなって、思ってはもらえないのかなぁ。

 死ぬのだって怖いんだよ? 商業施設の四階程度の高さから下を見ただけで足がすくむし、電車に轢(ひ)かれたくてもあと一歩がどうしても踏み出せない。まぁ、電車には飛び込んだらダメだっていうのは、こないだテレビで学んだけどね。親に莫大な請求が行くらしいので、家族を不幸にしたいのでなければ、これは避けるべき死に方だと思う、

 話は逸れたけど、そう、だから、死ぬのだってそう簡単なわけじゃないんだ。それを決行できた奴のことを、だから僕は褒め称えて拍手喝采を送りたい。すごいねー、カッコイイ、やるじゃん、そんな感じで、できるなら背中を叩いてやりたいくらいだ。

 まぁ、そんな親しい間柄の奴なんていないし、叩くべき背中ももうないんだけど。

 死ぬのは逃げだとか、だからそういうことを、生きていけるだけの強さを持った奴に言われたって、僕は残念ながら、ああこの人は幸せそうでいいなぁ、くらいにしか思えないんだよ。残念だったね、正義屋ぶってる自分に酔ってる奴らや先生方。


 特に何もなかった高二の夏休みが終わって、それから二学期の始まりを知らせる始業式が終わって昼前に帰宅した僕は、また自分の部屋でぼんやりしていた。

 まぁ、簡単に「ぼんやりしていた」と言っても、大抵の場合は何かを考えているものなんだろう。空を見ていた、とか、子供の頃のことを思い出していた、とか、そういうやつね。

 確かに僕も、部屋の真ん中に大の字になって天井を眺めていたし、昨日母親から聞いた死んだ奴のことをうらやんでいた。それで、思わず大声で棒読み。

「今日も死ねなかったなー」

 ああ、先に断っておくと、僕はいじめられてるわけじゃないんだよ? うん、多分ね。いじめって被害者がそうだと感じないと成立しないビミョーな犯罪(?)だから、被害者か加害者かで例えるなら前者に当たる僕だけど、自分ではいじめられてないって思ってるから、クラスの奴らは僕の温情のおかげでセーフなはずだ。犯罪者にならなくて済む。

 まぁ、いじめられてはいないけど、誰も近寄っては来ないね。話し掛けてもこないよ。うん、それは利口な判断だと思う。僕ってすごくつまんないらしいからさ。

 だから僕も、必要最低限しか他人とは関わらない。別にそれで不便もないし、不都合も発生しない。誰にも迷惑は掛けてないと思うし、そういう考えで言うなら、僕と周囲の人との関係は〈良好〉だと思ってる。いじめもパシリもないんだから、いい関係じゃない?

 他人のことを嫌うとか憎むとかってさ、面倒臭いじゃん。そこまで相手のことを気に掛けてる余裕もないし、興味だってまったく持てない。考える時間がもったいない。ホント、僕にとってはどうでもいいんだよね。

 それで、自分の部屋で天井に向かって棒読みで今日も同じ愚痴を繰り返してるわけなんだけど。

 世の中理不尽だなぁって思う。

 その中学の頃の同級生がどうだったかなんて知らないし、別にどう思っててもいいんだけど、死にたくて死ねない奴もいれば、死ぬとは思わなかったような奴が死ぬ。死んで当然のような行いをする最低な奴がのうのうと生きていて、本来まだまだ生きていて欲しいような素晴らしい人間が死ぬ。

 ちなみに僕はどこの属性に入るんだろうなぁ?

 僕としては、極端な話、明日人類が滅びても構わない。地球が爆発したっていい。確実にそうなるってわかってるなら、やりたいことやれるしね。うん? ああ、例えば一足先に死んじゃったりとかそういうことだよ。

 僕は別に死にたくないとは思わない……って、否定を否定してるけど。

 ほら、普通さぁ、楽に死ねる方法とか、死んだら誰にどんな迷惑がかかるとか、保険金は入ってくるのかどうかとか、考えたり調べたりしたことは、だいたいみんなあると思うんだよ。

 え? ない?

 じゃあそれって、僕の心が不健康なだけなのかな? へぇそうなんだ。普通は考えないのか。


 ──とか言っている僕は、今病床にいて、真っ白な天井を眺めている。先は見えない……なんてね。

 うん、もちろん嘘だよ。だから自分の部屋の天井を眺めてるって言ってるじゃない。

 本当に今病院にいるのは僕の妹で、何の病気なのかは本気で聞いてないから知らない。昨日救急車で運ばれたばっかりだし、今朝の出掛けに軽く訊いたら、母親は笑いながら「肺炎をこじらせちゃったみたいなのよ」と言っていた。「こじらせちゃった」後の肺炎というのはどいういう状態なんだろうか?

 なんて、実際にいろいろとこじらせてる僕が心配するのも何だけど、一応実の妹だし、気にはなる。まぁ、母親が朝自宅にいたということは、今日明日の命ってわけではないのだろうとは思うんだけど。多分。

 心配だったら見舞いにでも行けって話なんだけど、いろいろとまぁ個人的に理由があって僕は病院には行けない。それにお年頃の兄が一人で、二歳下の思春期真っ盛りの妹の面会に無防備に行って、向こうが一人部屋でお着替え中だったりしたらどうするのさ。

 兄妹だったら警察沙汰にはならないかな?

 まぁ、自分のことより妹の心配をしろって感じなんだけど、実のところ、そう言われても僕は妹のことをあまり知らない。

 別に仲の悪い兄妹ではないと思うんだけど、お互いにビミョーなお年頃の男女なんだし、そんなにベタベタしてる方が変だと思うんだけどなぁ。

 カラオケが好きで歌がすごくうまくて、運動が好きで昔からちょこまか動き回る奴だってことは、僕が知ってるくらいだから、他の誰でも知ってることなんだろう。

 子供の頃は小児喘息を患っていたらしいけど、物心付いた頃には治っていた。だから僕は妹が実際に苦しんでいるところを見たことがないというか、少なくとも記憶にない。今は水泳部のエースだし、呼吸器系に疾患があったとは思えないような元気っ子だ。

 実を言うと僕は、ひきこもりというのをちょっとやってみたかったんだけどね。

 夏休み明けに学校に行かないとか、すごくいいタイミングだと思ったんだけど、一応宿題は全部済ませておく几帳面な僕。それが裏目に出たのか、はたまた単純に運がないのか、夏休み最後の日に妹が入院なんかしちゃったもんだから、家庭内ではそっちに話題をかっさらわれちゃった感じでね。

 なんか結局惰性で今日も登校した次第。

 別に僕が学校を長い間休んでも、誰も何も気にしないんだろうな。家に様子を見に来てくれるような相手もいないし、学級委員の女子がその日の授業のノートのコピーを取ってくれたり、宿題やお知らせのプリントを持って来てくれたりするとも思えない。教師だってそんなこと誰にも頼まないだろうし、実際僕も何も期待はしてない。

 んー、でもだから死にたいわけじゃないんだけどね。学校なんか、卒業しちゃえばおしまいじゃない? 別にそこで生涯唯一無二の親友を作れるわけでもないし、勉強したことが後々必ずしも役に立つとはやっぱり思えないしなぁ。

 あ、でも幸いなことに、僕には既に親友がいる。これは嘘じゃない。向こうもそう言ってくれている相思相愛の仲だから、それが僕の脳内だけにしか存在しない幻想の相手でなければ、朝倉満照(あさくらみつてる)は僕の唯一の友人で親友だ。多分僕が死んだら泣いてくれると思うし、その後も思い出せば墓参りくらいには来てくれると思う。

 確か小六の時だったと思うんだけど、今ほど満照がモテてなかった頃、それでも顔のいい満照は女子にはそこそこ人気があったので、その中のリーダー格的な気の強そうな子に、僕と一緒にいる満照がネチっこく言われたことがあった。


「ねぇ、なんでいっつもそんな奴と一緒にいんの?」


 今となって思い返せば、〈そんな奴〉とは何だと思うけど、その時はあまり何も考えていなかったし、満照がすぐさまこう返してくれたから、気にならなかった。


「え? 親友だから」


 確かに僕は当時から所詮〈そんな奴〉だったし、申し訳ないけど今でも〈こんな奴〉だ。

 多分その女子とかグループの子たちは、愛想はともかく(まだ小六だし)顔だけはいい満照を〈あっち側〉に引き入れたかったんだと思う。けれど思いがけず満照が僕のことを〈親友〉だと言ってしまったことで、あいつはその後寂しい小六生活を送るハメになってしまったんじゃないかな。

 気の毒には思うけれど、それでも僕はやっぱり嬉しかった。

 その後も一緒にいてくれたのは、まぁ他に入れてくれるグループがなくなったせいもあったのかも知れないけど、満照だってもともと人付き合いに器用な方ではなかったようで、いろんな方面に意味のない笑顔を振りまいて疲れるよりも、僕と一緒にいて周囲から遠ざけられて、お互いに何も話さずにボサーっと過ごしていることの方を好んでいたからなんだと思う。

 その満照は、すごいイケメンだ。僕よりもだいぶ身長は高いし、スーパーで品出しのバイトをしているせいか、部活もやってないのに、二の腕がたくましい。その他の部分も、痩せ過ぎても太ってもいないバランスの取れた体型で、パッと見はスポーツマン風。髪も短くカットしてるから、体育会系爽やかイケメンってやつに見えるんだろう。今でも多くの他クラスや他学年の女子はそう思っているらしい。

 ところがね。そもそもそんな完璧イケメンが、僕の親友になるわけないじゃない? 別に満照を蔑(さげす)んでるわけじゃないってことはわかって欲しいんだけど、やっぱり満照だって普通の人間なんだよ。

 勉強は中の中だけど、もともと偏差値が五十とかいうものすごい普通レベルの高校だから、その中で真ん中らへんにいるってことは、まったくもって平均的な学力ってことで。満照よりは多少成績がいい方と言う僕だって、たかだが全国平均レベルの学校内での話だから、やっぱり普通だと思う。うちで成績が悪いってことは、おそらく平均以下ってことなんだろうね。

 それに、満照は実はスポーツマンでもなんでもない。むしろ、運動は嫌いなものぐさで、カナヅチとまでは言わないけれど、水泳部の僕の妹に笑われる程度の不格好な泳ぎしかできない。走っても別にそんなに速くはないし、これではヒーローにはなれないだろう。マラソンでもなんとか最後尾の団体の中に収まる程度の持久力しかないし、サッカーなんかものすごくできそうに見えるだけに、かえって気の毒なくらいだ。

 そんなわけで、生まれる前から家同士がお向かいさんという、運命づけられた幼馴染みの僕と満照は、奇跡的にと言うか教師の恩情というか、そういうものによって、小学校からこれまでの間にクラスが離れたことがない。おかげでぼっち飯は回避できているし、クラスでペアやグループを作る時にも助かっている。

 何度も言うけど、僕はいじめられてはいないし、満照も同じなので、まぁ同じ穴のムジナってやつなのかなぁ? 別に悪い意味で表現したいわけじゃないんだけど、僕の語彙が足りないだけなので勘弁してね。

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