第3話 これからの気持ち

 次の日になっていた。


 武田幹真たけだ/みきまさは朝、起きて学校に行く準備をする。


 昨日の事を考えながらも、ボヤッとしたまま自宅内を歩いて移動し、朝食を取り。その後で制服に着替え終える。


 今日の内に、答えを出せないといけないのである。


「そこらへんは、ちゃんとハッキリとさせないとな……」


 学校に行くのを若干躊躇ってしまったが、気合を入れ直して学校へ向かう事にしたのだ。




 普段通りに通学路を歩く。

 周りを見れば、いつもと大体同じ顔触れがあり、安心できるような、変に緊張するような、不思議な感覚だった。


 誰かと付き合うという事をそこまで深く考えた事がなく、三人の内、誰と正式に付き合うのか。今になってストレートな気持ちを伝えることに躊躇いが出てくる。


 なんの結論も出さずに、普段通りに部活をすることもできないと思う。


 さっきから悩んでばかりなんだよな……。


 そうこうしている内に背後から足音が聞こえ、意識を後ろに向けようとした時には、左隣には、後輩の松本衣織まつもと/いおりがやってきていた。


「幹真先輩、おはようございます!」

「お、おはよう……」


 突然の事に、動揺してしまっているらしい。

 声だけではなく、心まで揺れてしまっていたのだ。


「い、一応はな」

「一応って、どういう意味です? 今日はハッキリとしてもらわないと、部活の雰囲気も悪くなると思うので」

「仮に本当の事を言っても大丈夫か?」

「私は大丈夫ですよ。その方が部活のわだかまりもなくなると思いますし」

「そうかな?」


 逆に変な空気感にならないか、個人的には不安だった。


「それで、私の事はどう思ってるんですか?」

「それに関しては、あとで話す約束だろ」

「そうですけど。私、気になるので」


 後輩から急に距離を詰められ、幹真の活舌が悪くなっていく。


 幹真は変に事を荒立てないために、その場は黙秘するという事で何とか逃れることにしたのだ。






 なんか、朝っぱらから大変だな……。


 学校に到着するなり、幹真はすぐに教室に向かう。


 教室に入ると、普段と変わらない光景がそこには広がってあった。


 特に親しい友人が多いわけではないからこそ、誰かに挨拶することなく、自身の席へと向かい、椅子に腰を下ろす。




「おはよ、幹真」


 席でゆっくりとしていると、右隣から声が聞こえる。


 そこにはクラスメイトの石川早紀いしかわ/さきがいた。

 肩には通学用のバッグを下げていることから、先ほど登校してきたのだろう。


 彼女はバッグを自身の机に置いて、幹真の方を正面に向けるように、席に座っていた。


「ねえ、昨日の事なんだけど」


 またかと思った。


 通学中も、後輩から問われた質問である。


「誰と正式に付き合うかだよね?」

「そうだよ。もしかして、私の心が見えた感じ?」

「そうじゃないさ。何となくわかるよ。昨日の事もあるし」

「それで、決めてくれた?」

「それは今言う必要性はなくないか?」


 周りには、クラスメイトらがいる。


 ほぼ陰キャみたいな立場の幹真が、多少なりとも人がいる環境下で堂々とした発言などできるわけもない。


 むしろ、そんな度胸もないのだ。


「私さ、幹真の気持ちを知りたかったの」

「え?」

「普段からさ、あまりしゃべらないじゃない。恋愛的なことについてもさ」

「まあ、そうだな」

「普段から一緒に部活をしていてさ。なんか距離があるような気がして。もしかして、今まで私の事をさけていたの?」


 早紀から問われる。


「それはないさ。多分、勘違いだと思うけど」


 幹真は彼女の方をチラッと見て、否定しがちに言う。


「そうだよね。幹真は私の事、さけてないよね」

「逆に、なんでさける必要性が」

「高校一年生の頃から一緒の部活だったけど。そんなにプライベートな話もしてこなかったじゃない」

「まあ、確かにそうかもね。でも、俺なんかでもいいの?」

「私はいいよ」


 彼女は周りに声が漏れないように、幹真の耳元近くで囁くように言った。






 午前の授業も終わり、幹真は一人で教室を後に校舎内を歩いていた。


 昼休み時間は購買部の部屋が解放されていることもあり、そこへ急ぐ。


 遅くに行くと、絶対に売り切れている可能性が高いからだ。


 購買部のある教室に入ると数十人ほど集まっていて、前に進むことが困難だった。が、何とかして前進し、目的となるイチゴ系のパンを入手する事ができたのだ。


 コンビニで購入するよりも安く、学校で売られているパンの方が味のクオリティも断然高いのである。


 今日は一人で昼食を取りたい気分だった。


 あまり誰もいかないところでひっそりと考えたい。


 ゆえに、校舎の裏庭が、その状況を作るのには適している。


 校舎裏は昼の時間帯でも少々薄暗い。

 理由は簡単だ。校舎の陰になっているからだ。


 幹真の視界にはベンチが入り、迷うことなく移動し、そこに腰を下ろす。

 そして、ホッと一息をついて、胸を撫で下ろした。


「……?」


 袋からパンを取り出し、食べようとした時、誰かの気配を感じた。




「もしかして、気づかれてしまった感じ?」


 先ほどまで誰もいなかったはずなのに、すぐ近くには斎藤絵馬さいとう/えま先輩が佇んでいたのである。


「今から食事をするのかな?」

「そ、そうですけど……」


 どうして先輩が、と思いつつも幹真は動揺した素振りは見せなかった。


 そうこうしている内に、絵馬先輩が歩み寄ってくる。

 先輩は、幹真の隣のベンチに座ったのだ。


「今日は一緒に食べてもいいかな?」

「い、いいですけど」


 本当は一人で食べる予定だった。

 少々予定が狂ってしまったが、そこまで大した問題にはならないだろうと、脳内で焦りながらも計算していた。


「絵馬先輩はどうして、ここに?」

「さっき、購買部から出てきたあなたを見つけたから」

「つけていたって事ですか?」

「別に、そういう何か疚しいことがあったとかじゃないけど。でも、たまたまだから。たまたま!」


 先輩の激しく批判するところを見たこともなかった。


 どこか可愛らしく思えてしまっていた。


 先輩は年上なのに、どこか親しみやすいところがある。


 普段から部活でも厳しい発言もあるのだが、親切にしてくれることも多い。


「なに? 何かヘンな事でも考えてそうな顔をしているけど」

「いいえ、なんでもないです。ちょっとした個人的な考え事があっただけで」

「まあ、いいんだけど……一応、聞いておくけど。あなたは誰と正式に付き合うか決めたの?」


 先輩は急に真面目な話をしてくる。

 彼女の視線は、幹真に刺さるようだ。

 そんな最中、先輩の表情は少し赤く染まっていた。


「……大体は決まってますから」

「え? そ、そうなんだ……」


 先輩は落ち込み気味な顔つきになっている。


 先輩は、自分は選ばれないかもしれないという心境になったのだろうか。


 そんな姿を見ると、やはり、どうしても幹真も悲しくなってくる。


「その前に、一つだけ、あなたには話したいことがあるの」

「なんでしょうか」

「私の今の部活ね。本当であれば、あなたが入部してくれなかったら、廃部になっていたかもしれないの。だから、あなたには感謝しているというか。まあ、そういう話。今まで言おうと思って全然言えていなかったけど」


 先輩からの想いを受け、ようやく自身の心に決心がついた。


 昔から先輩から親切にして貰っていたのだ。


 今、心に感じている想いは確かなものだと、今、感じ始めていた。


 本当は放課後に言おうとしていた事なのだが、心に決意を固めたまま、幹真は口を開くことにしたのだ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺が所属している部活の美少女らと放課後デートすることになった! 譲羽唯月 @UitukiSiranui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ