第49話

 ブレイズ達は捕まえた執行官達を引き連れて馬車に戻って来た。ジャネットの姿を見ると、依頼主のボンドがジャネットに飛びついた。


「ジャネット!無事だったか!良かった、良かった…。」

「お父様…。」


 おいおいと泣き出す父親を見て、ジャネットは何も言えなくなった。ブレイズとライを見て、グレイ達もほっと安堵のため息を吐いた。


「良かった、全員無事みたいだな。」

「とりあえずは。ああ、ジャネット嬢の服が破れているので、着替えさせてあげてください。」


 ライに言われ、ボンドははっとした表情で抱き着くのをやめ、ジャネットの恰好を見た。ジャネットはあちこちが破れた服の上にライのコートを羽織っている。


「どうしたんだ!?あいつらにやられたのか?」

「その……。」

「ブレイズがジャネット嬢を助けようとして魔力暴走を起こしたのに巻き込まれたんです。怪我は多少しましたが、ブレイズが既に治療しています。」

「魔力暴走!?どういうことよ?」


 テレサが驚いて尋ねた。


「執行官達はブレイズに奴隷紋を刻んで抵抗できない状態にしていたんだが、それにブレイズが抗おうとして魔力暴走を引き起こしたんだ。」


 ライは包み隠さず起こった出来事を話した。


「そんなことが…。」


 ボンドは驚きのあまり言葉を失った。ブレイズはその場の空気に耐え切れなくなり、ボンドに対し頭を下げた。


「執行官達は俺を狙って襲ってきたんです。お嬢さんを巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした!」

「オレからも謝罪します。オレ達の事情に皆さんを巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした。」


 ライも深々と頭を下げた。慌ててジャネットが取りなす。


「お父様!私、巻き込まれはしたけれど、ライさんとブレイズさんは悪くはないわ!」

「だがしかし…。」

「二人とも私を助けてくれたの!怪我だって全然問題ないくらいに治してもらったわ!だから許してあげて!お願い!」


 ジャネットの訴えにボンドは折れた。


「わかりました。正直複雑な気持ちではありますが、あなたたちのお陰で娘が無事に帰って来たのも事実。執行官とのいざこざは不問にします。」


 ボンドの言葉にブレイズは救われた気持ちになった。


「ありがとうございます!」 


◇◇◇◇◇


 その後、一行は大きなトラブルなく目的地へと着いた。捕まえた盗賊達や執行官達を憲兵へ引き渡し、その報奨金もグレイ達と山分けすることになった。

 ブレイズとライが仲介所で依頼の雑務を終え、ボンドやジャネットと別れようとした時だった。


「あの、ライさん!」


 ジャネットがライの元へ駆け寄って来た。


「どうしました?」

「あの、助けてくれてありがとうございました!改めてちゃんとお礼を言いたくて…。」

 

頬を赤く染めながらジャネットは言った。


「お礼なんていりませんよ。こちらが巻き込んでしまった側なのですから。」

「それでも、助けてもらったことに変わりありませんから。」


 ジャネットは微笑んで言った。


「私、今回のことで旅の本当の怖さを知りました。今までは冒険者に憧れていたけれど、やっぱりお父様の言うとおり、頼りになるお婿さんを取って、商人を継ぎたいと思います。」

「そうですか。」


 ライも微笑んで返した。その微笑みを見て、ジャネットは益々頬を赤くした。


「それで、その、ライさんが良ければなんですけど…。」

「何でしょうか?」

「そ、その、わ、私と、けっ……!」

「何話してんだ?」

「グレイ。」


 ジャネットが話そうとしたところに、にゅっとグレイが入り込んできた。他のパーティーメンバーも顔を出す。


「おう、報奨金もらってきたぞ。分けようか。」

「ああ、助かる。…っと、すみません、話の途中でしたね。何でしたっけ?」


 途端に大勢の視線に晒されて、ジャネットは羞恥のあまり口をはくはくと動かした。


「あ、な、何でもありません~!」


 そう言うとジャネットはそそくさとボンドの元へと逃げていった。


「?何だったんだ…?」


 ライは不思議そうな顔でジャネットを見送った。ブレイズは呆れた顔でライを見た。


「この天然たらし…。」

「何か言ったか、ブレイズ?」

「あれでわからないなんて鈍感にも程があるって言ったんだよ。」


グレイが気まずそうにブレイズに尋ねた。


「あー、俺、もしかして邪魔した?」

「うん、凄いタイミングで邪魔した。」

「そうか…。悪かったな、ライ。」

「何のことだ?」

 

 ライは一人心底不思議そうな顔をしていた。


◇◇◇◇◇


 グレイ達とも別れて二人になった時。ブレイズはずっと気にかかっていたことをライに言った。


「なあ、ライ。フォン達の器が壊されたんだけど…。」

「何?」


 鋭い視線にブレイズは怯みそうになった。


「執行官にやられたのか?」

「うん。器のブレスレットを燃やされたんだ。」

「馬鹿弟子。そう言う大事なことは早く言え。」


 ブレイズはしょんぼりしながらライに尋ねた。


「…器が壊れるのは、強制的な契約解除になるだけで、フォン達が死んだ訳じゃないんだよな?」

「ああ。だが、器の破壊は使い魔にとって大変な苦痛だ。こちらの世界での肉体を傷つけられるようなものだからな。」

「そうなんだ…。俺、フォン達に悪いことした…。」


 落ち込むブレイズにライは声を掛けた。


「一応契約は解除されただけだから、もう一度結び直すことはできるぞ。」

「そうなのか!?」

「だが、器を破壊される苦痛を味わった使い魔が、同じように契約を結んでくれるとは限らない。また同じ苦痛を味わいたくはないからな。」

「……だよな。」


 ブレイズは深い溜息を吐いた。


「三人を召喚することはすぐできる。とりあえず召喚して話してみるか?」

「うん。お願いします。」


 それからブレイズとライは仲介所の訓練場に移動した。ライが地面に魔法陣を描き、呪文を唱えていく。魔法陣が光ると、陣の中央にフォン、レスタ、トアが現れた。


〈ブレイズ~!〉

〈大丈夫だったか!?〉

〈怪我してない?〉


 三人はブレイズを見ると飛びついて来た。ブレイズは慌てて三人を抱きとめる。


「俺は大丈夫。それより、三人とも、痛い思いさせてごめんな…。」

〈そんなのもう大丈夫だよ!〉

〈あれくらい、何てことないぞ。〉

〈ちょっと痛かったけどもう問題ないよ~。〉


 異口同音に許してくれる三人に、ブレイズは泣きそうになった。


「…良ければ、また俺の使い魔になってくれるか?」

〈〈〈もちろん!〉〉〉

「ありがとうな。」


 ブレイズは三人をぎゅっと抱きしめた。その様子を見てライは微笑んだ。


「契約するのは問題ないみたいだな。」

「ああ。良かった。」

「なら、今度は壊されないようにナイフや拳銃を器にするか?」

「うん、そうするよ。」


 こうして、ブレイズとフォン達は再度使い魔契約を結んだのだった。


◇◇◇◇◇


 ブレイズとライは宿を取り、休んでいた。ブレイズはベッドに寝転がってぼーっと天井を眺めており、ライは剣の手入れをしていた。二人とも無言だったが、不意にブレイズがライに声を掛けた。


「なあ、ライ。」

「何だ?」

「俺、旅に出ない方が良かったのかな?」


 突然の問いかけに、ライは剣を手入れする手を止めた。


「どうした?急にそんなことを言って。」

「今回、ジャネットを巻き込んじゃっただろう?その前はテオとその妹も…。これからも旅していく先々で、ロマニアの執行官に襲われて、その度に誰かを巻き込んだり、迷惑を掛けたりするんじゃないかって思って。それなら、どこか森の奥深くに隠れて過ごした方が誰にも迷惑を掛けないんじゃないかなって…。」


 ブレイズの弱気な言葉に、ライは静かに答えた。


「以前も言ったが、悪いのは執行官とロマニア国だ。お前が気に病む必要はない。」

「だけど…。」

「それに、人目を避けて暮らしたところで執行官は何度でも襲ってくるぞ。お前、それを自分一人で全員退けることが出来るのか?」

「……今は、まだ出来ない。」

「だろう?お前の魔術制御は未熟だ。だから今回魔力暴走を引き起こした。魔術を学ぶなら誰かの弟子になることは必須だが、お前の面倒事を全て見てくれる魔術師はオレ以外にいるか?」

「…いない。」

「なら、今の状態がベストだ。」

「わかってるよ。でも…」


 ブレイズは続けた。


「俺、怖いんだ。俺のせいで誰かが死んでしまったらって思うと…。」


 震える声でブレイズは言った。


「ライに魔術を教えてもらったことで、強くはなれている。魔術で自分の身を守るくらいまでは強くなれたと思うよ。でも、身の周りの人を守れるにはまだ不十分だ。だから、今回みたいに俺を狙ってきた執行官に、周りの誰かが傷つけられたり、殺されたりしたらって考えると、怖くて…。」


 ライは静かに聞いていたが、剣をしまうとブレイズの傍に来て頭を撫でた。


「心配するな。オレがついている。」


 いつになく優しい手に、ブレイズは思わず涙が出そうになった。慌てて腕で目を隠す。


「お前が十分強くなるまで、オレがロマニアの執行官から守ってやる。お前も、周りの人達もだ。だから、お前のせいで人が死ぬことはない。傷ついても、お前が癒してやれば良い。」

「………うん。」

「だから、早く強くなれ。自分だけじゃなく、周りの人達も守れるくらいに。」


 心地よいライの手に、ブレイズは涙をぽろぽろと流したが、悪くない気分だった。


「ありがとう。」

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