第48話

 不思議なことにライの周りだけはかまいたちが溶けるように消えていっている。


「貴様、『炎獄の死神』か!」


 ライはクラインを睨みつけた。


「しかもさっきの命令にブレイズの首の紋様…。黒魔術で奴隷紋を刻んだな?」

「それがどうした?ロマニアの魔力庫にするには妥当な措置だ。」

「それが原因でブレイズを魔力暴走させたんだろう?間抜けな話だな。」


 ライはクラインを嘲笑った。


「大方ブレイズの意思に反するような命令をした上で、あの少女を殺そうとしたんだろう?」

「……なぜそれを知っている?」

「知っているも何も、貴様ら執行官のやり口を知っていれば誰でも推測できる。」


 ふん、とライは鼻を鳴らした。


「全く、面倒なことを引き起こしてくれたものだ。」


 そう言うとライはおもむろにクラインの頭を掴んだ。クラインは抵抗しようとしたが、傷だらけになった体は思うように動いてくれなかった。されるがまま、ライと視線を合わされる。


「奴隷紋を解除しろ。」

「そう言われて素直にやると思うのか?」

「まさか。」


 そう言ったライの瞳が怪しく輝いた。不思議な輝きにクラインは目が離せなくなる。


「貴様は今からオレの命令に従うようになる。」

「な、にを…。」

「オレが言うことは絶対順守するように。」

「まさか、闇魔術、か…!?」


 クラインの瞳からは光が失われていった。光が完全に消えた途端、クラインの体から力が抜けた。それを見て、ライは再び命令した。


「ブレイズの奴隷紋を解除しろ。」

「…はい。」


 クラインは平坦な声で返事をすると、ブレイズの奴隷紋を解除した。見る見る内にブレイズの首の紋様が消えていく。ライは完全にブレイズの奴隷紋が消えたのを見て頷いた。


「良し。次は人質にしていた少女を風が及ぶ範囲外に避難させろ。その後は他の執行官を拘束しろ。」

「…はい。わかりました。」


 クラインは従順に答えると、ジャネットを避難させに行ってしまった。


〈執行官はわざわざ捕まえに行かせなくても、もう皆満身創痍で動けないんじゃない?〉

「念のために捕らえておいた方が安心だろう。これからブレイズの暴走を止めないといけないからな。」


 ライは暴風の中心にいるブレイズを見つめた。ブレイズは奴隷紋の解除で痛みはなくなったものの、まともな意識を保っていないらしく、依然として叫び続け、その周囲を風が暴れまわっていた。


「あああああああああああああ!」

「暴走させたのが風の魔力だったのが幸いだったな。これで炎の魔力なら酷い山火事になっていたところだ。」

〈何言ってるの。ライがいるのに山火事なんて起こさせるわけないでしょ?〉

「まあな。」


 ライとリアは気楽に会話しながらブレイズに近づいていった。リアの闇魔術で風を吸収しているため、二人の周りは風がほどけるように凪いでいく。

 遂にライとリアはブレイズの傍に立った。だが、ブレイズはそれにすら気づいた気配はなく、叫び声を上げ続けている。


「あああああああああああああ!」

「落ち着け、ブレイズ。」


 そう言って、ライはブレイズの目に手を当てた。じわり、とライの魔力がブレイズの魔力に干渉し、暴れ狂うのを鎮めていく。吹き荒れていた風も少しずつ収まってきた。


「ああ、あ、あ……。」


 しばらくして、ブレイズの悲鳴が止まった。はーっ、はーっと荒い呼吸を繰り返しているが、ようやく落ち着いてきたようだった。風が最後にひゅるり、と去っていた時。


「あ……。ライ……?」


 叫びすぎてガラガラになった声でブレイズが言った。その声を聞いて、ライは安堵の溜息を吐いた。


「ようやく意識が戻ったか、馬鹿弟子。」

「俺、どうなってたんだ?」

「奴隷紋に抵抗するあまり、魔力暴走を起こしていたようだ。」

「魔力暴走…?」

「魔力を辺りに撒き散らして色々な事象を引き起こす事故だ。今回は風の魔力が暴走していたようだな。」

「俺、ジャネットを助けようとして…。」

「ああ、わかっている。」

「ジャネットは…?無事なのか…?」

「………。」


 ブレイズの問いかけに、ライは答えるのを躊躇った。だが、遅かれ早かれ知ることになると判断すると、ブレイズを案内した。


「…こっちだ。」


 ライの肩を借りながら、ブレイズはジャネットのいるところへ向かう。その先にいたジャネットを見て、ブレイズは凍り付いた。そこには、全身血塗れになったジャネットが眠るように横たわっていた。腕や脚のあちらこちらに切り傷が残り、服もボロボロになっている。


「……!何で、こんな酷い怪我…!」

「……魔力暴走に巻き込まれたせいだ。」

「!」


 ライの答えに、ブレイズは愕然とした。


「俺の、せい…?」

「魔力暴走は事故みたいなものだ。お前も引き起こそうとしてやった訳じゃない。」

「でも、俺が魔力暴走を起こしたせいで、こんな怪我を…。」

「罪悪感があるなら、今ここで彼女を治癒してみせろ。」

「え?」


 ライの思いがけない言葉にブレイズは戸惑った。


「でも俺、治癒魔術なんて使ったことないし…。」

「オレも知らん。だが、魔術はイメージが重要だ。どう傷を治したいか、イメージしながら水の魔力を流してみろ。」


 ブレイズはライに言われるがまま、傷を治すイメージを頭に浮かべてみた。


(傷を治すイメージ…。傷口が、元通り綺麗な肌になるように…。)


 そっと、ジャネットの腕の傷口に手を触れ、魔力を流す。すると、見る見るうちに傷口が塞がった。


「……っ!出来た!」

「良いぞ。その調子で他の傷も治してみろ。」

「ああ!」


 ブレイズは次々とジャネットの傷を治していく。だが、傷を見るたび、それをつけたのが自分自身であることを思い返し、罪悪感に苛まれた。


(こんなにたくさん、怪我して…。痛かっただろうな。本当にごめん…。)


 謝罪の思いも込めてジャネットの傷を治癒していく。全ての傷を治し終わってしばらくすると、ジャネットが目を覚ました。


「ん……。」

「気が付きましたか?」


 ライがジャネットの傍に片膝をつき、そっと声を掛ける。ジャネットは目を開けるとライの顔を見た。


「ライ、さん…。」

「大丈夫ですか?」

「私……ひっ!」


 ジャネットの視線がブレイズに移った瞬間、ジャネットは小さく悲鳴を上げた。


「え、俺?」


 ブレイズはジャネットの怯える様子にショックを受けた。ライはその様子を見てジャネットの頭を撫でる。


「大丈夫です。ブレイズはあなたを助けようとして魔力暴走を起こしていましたが、もう収まっています。」

「私を、助けようとして…?」

「ええ。魔力暴走は魔術師にとって事故みたいなものです。ブレイズは奴隷紋に逆らってあなたを助けようとしたために魔力暴走を引き起こしてしまいました。」

「そうだったの…。ありがとう。でも、ごめんなさい。怖いの…。」


 ジャネットは震える声で言った。ブレイズは再びショックを受けたものの、無理やり笑顔を作って言った。


「いえ、こちらこそ大変申し訳ありませんでした。助けるはずがジャネットさんを傷つけてしまいました…。」

「あれ?そう言えば、怪我してたはずなのに、どこも痛くない?」

「ブレイズが魔術で治癒しました。怪我したところは全て治っているはずです。」

「魔術でそんなことができるんですね。凄いわ。」


 ジャネットは感心したようにライに言った。ライはおもむろにコートを脱ぐと、ジャネットの肩にかけた。


「馬車のところに行くまで、それを羽織っていてください。服が破れていますから。」

「あ、ありがとうございます。」


 ジャネットは恥ずかしさに顔を赤らめながらコートを羽織った。それを確認した後、ライは立ち上がった。


「では、馬車まで戻りましょうか。」

「ライ、執行官達はどうする?てか、あれはどういう状況なの?」


 ブレイズが縛り上げられ気絶している執行官達を指さした。執行官達の傍にはリーダーだったはずのクラインがぼんやりと立っていて不気味だった。


「俺の闇魔術でちょっと精神操作しただけだ。」

「闇魔術ってそんなことも出来るんだ…。怖いな。」

「ものは使いようだ。使い方次第で毒にも薬にもなるからな。」


 そう言うと、ライはクラインにも縄をかけて魔術を解いた。その途端、クラインの目に光が戻り、はっとした表情になった。


「な、俺は…!」

「ご苦労。お陰で無事に貴様らを捕まえることが出来た。」


 ライの言葉に、クラインはぎりぎりと歯を鳴らした。


「この野郎!よくも俺を操ってくれたな!」

「人に奴隷紋を刻む奴に言われたくないな。」


 ふん、とライは鼻を鳴らすと、即座にクラインを斬った。炎が宙を舞う。


「ぎゃあああああああああああ!」

「『裁きの炎』を受けて反省していろ。」

「……やっぱり魔術師って怖いわ。」


 ジャネットがぼそりと呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る