第50話

 ある日、ブレイズとライが依頼を終えて仲介所の依頼を見ていたところ、仲介所の女性職員から声を掛けられた。


「あの、すみません。魔術師のライ・セラフィス様でよろしいでしょうか?」

「そうですが、何か?」

「掲示板には載せていないのですが、魔術師の方にお願いしたい依頼がありまして…。」


 そう言うと、女性職員は一枚の紙を差し出してきた。ライが受取り、ブレイズも横から覗き込んで読み上げた。


「魔物の討伐?」

「ええ。この街の外れに大きな湖があるのですが、そこに大型の魔物が十年以上棲みついていまして、近くを通る人に危害を加えてくるんです。今まで何組かの魔術師に討伐を依頼したのですが、全く歯が立たず返り討ちにあっていて…。」

「魔物の特徴は?」

「水属性の魔物で、東方で龍と呼ばれる生き物の姿を模しているようです。」

「水属性か…。」


 ライは自分と相性が悪いことを知り、渋い顔をした。断りそうな雰囲気を感じ取ったのか、女性職員が慌てて言い募る。


「勿論報酬は弾みます!」

「いくらくらいですか?」

「五百万ゴールドです。」

「五百万!?」


 一件の依頼としては破格の金額にブレイズは思わず声を上げた。女性職員は頷いた。


「はい。私達もそれだけ対応に苦慮しているんです。これまでAランクの魔術師の方が複数名依頼を受けられましたが失敗し、Sランクの方にお願いしても依頼を受けてもらうことが出来ないのです。」

「え、何でSランクの魔術師は受けてくれないんだ?」


 ブレイズが疑問を口にした。


「強い魔物ほど討伐するのは難しいからだ。魔物の討伐、つまり魔物を殺す場合、魔物の魔力を全て使い果たさせるか吸い取るかして、魔力をゼロにしなければならない。弱い魔物なら何とか出来る場合もあるが、強い魔物程魔力が大きいから、それだけ手間と時間がかかる。それにこちらで傷つけられて弱っても、魔界に逃げて魔力を回復されてしまうこともあるから、余計に面倒なんだ。」

「そうなのか…。」

「だから強い魔物は可能であれば調伏して、使い魔にしてしまうことが良いとされている。だが、実際問題として人間側の魔力量が不足していたり、既に使い魔契約でいっぱいになっていたりして、契約できる魔術師は限られることが多いな。」


 そう言ってライは自身の剣をトントンと叩いた。


「ライ自身もロベスがいるから無理?」

「ああ。これ以上の契約は難しいな。」


 ロベスとオフィーリアの二人と契約していることを知っているブレイズは納得した。


「後は話が通じる魔物なら取引をして魔界に還ってもらうという方法もなくはないんだが、今回は話が出来なさそうだな。」

「はい。取引は初期に持ち掛けていましたが、全く取り合ってもらえず、攻撃を仕掛けられたそうです。」


 女性職員が暗い顔で答えた。ブレイズはライを見遣った。


「…この依頼受けないのか?」

「いや、受ける。」

「え?」

「本当ですか!?」


 予想とは真逆のライの答えを聞いて、ブレイズは驚いた。一方の女性職員は嬉しそうに表情をほころばせた。


「ただし、失敗した時のペナルティはなしという条件でなら。」

「もちろん構いません!ありがとうございます!」


 女性職員はすぐに依頼の受付手続きをしようとカウンターに戻って行った。ブレイズは不安そうにライに声を掛けた。


「なあ、この依頼本当に受けて大丈夫なのか?」

「勝算があるから受けたに過ぎない。」

「勝算?」

「リアは闇属性の上位の魔物で、魔力の吸収は得意分野だからな。」

「そっか。」

「それに万が一討伐できなかった場合は、お前がいる。」

「俺?」


 ライの思いがけない言葉にブレイズはきょとんとした。


「膨大な魔力を持っていて、使い魔契約にまだ余裕がある魔術師だからな。万が一の場合はお前に契約してもらうぞ。」

「……ええ!?マジで!?」


 ブレイズの大声が仲介所に響いた。


◇◇◇◇◇


 ブレイズとライが魔物の討伐依頼を受けてから数日後。二人は魔物が棲みついているという湖へやって来ていた。湖面は静かに凪いでいて、魔物がいるとは思えないのどかさだった。


「……本当にここに魔物がいるのか?」

「いるぞ、ほら。」


 ライがそう言った瞬間、湖の水面にポコポコと泡が浮いて来た。泡は次第に大きくなり、ブクブクと水面を揺らす。そして、ザバリと水面が持ち上がったかと思うと、透き通った水色の大きな龍の頭が見えた。


〈全く、静かに寝ているところをいつもいつも邪魔しに来おって…!〉


 龍の目は怒りに染まっていた。ブレイズはその気迫に気圧されたが、ライは臆することなく龍に話しかけた。


「すまないが、ここを通る者に危害を加えるのを辞めてくれないか?」


〈お前達人間がこの湖に近づかなければ良いだけの話だ!〉

「それは出来ない。この湖は地元の人達の生活に欠かせないからな。」

〈そんなこと、私の知ったことではない!〉


 龍はそう吠えるとブレイズとライに向かって水を勢い良く吐き出した。ブレイズとライはそれぞれ左右に分かれて避ける。


「やはり交渉は不可能か…。」


 ライがぼそりと呟く。ブレイズが大声で訊いた。


「戦うってことで良いんだよな!?」

「ああ。やるぞ!」


 二人はそれぞれ剣と銃を抜くと戦闘態勢を取り、使い魔を呼び出した。


「リア!」

〈はーい!〉

「フォン!」

〈うん!〉


 呼びかけに応じてリアとフォンが出てくる。


「オレ達が魔力吸収を狙うから、ブレイズ達は動きを妨害してくれ!」

「わかった!」


 ライの指示に従い、ブレイズは魔力を込めて銃を撃った。銃弾は龍の首元に着弾し、そこから樹が生えてくる。樹は龍の動きを封じ込めようと伸び始めた。


〈邪魔だ!〉


 龍は叫ぶと湖の水を操って樹をへし折ってしまった。折られた樹は無残にも水面に叩きつけられ、湖に飲み込まれていく。


〈ブレイズ、土属性の魔術で行くよ!〉

「ああ!」


 ブレイズとフォンは水属性と相性の良い土属性の魔術を繰り出した。土壁が湖の縁から伸びあがり、龍へと襲い掛かる。


〈ちっ!小癪な!〉


 龍は土壁に大量の水をぶつけると、泥水にして壁を溶かしてしまった。


「これもダメか!」


 ブレイズは悔しがったが、龍にできた一瞬の隙を突いてライが影を伸ばした。影は龍の巨体に巻き付くと、かなりの力で湖の外へと龍を引き寄せた。


「リア!」

〈ほい来た!魔力もらうわよ!〉


 小さな蜥蜴の姿をしたリアが龍の鼻面に飛びつき、魔力を奪う。


〈この小娘が!〉

〈うるさいわよ老害!黙って私に魔力を差し出しなさい!〉

「ブレイズ、抑えろ!」

「わかった!フォン、レスタ、トア、樹で抑え込むぞ!」

〈うん!〉

〈りょうかい!〉

〈は~い!〉


 ブレイズはレスタとトアも呼び出すと、湖周辺に生えている樹々を操って湖畔へと引き上げられた龍の首を抑え込んだ。シュルシュルと樹が次々に巻き付き、龍は身動きが取れなくなっていく。


〈くそっ!放せえええ!〉


 龍が全力で暴れ始めた。湖の水が津波のようにブレイズとライに襲い掛かってくる。


「流されるなよ、ブレイズ!」

「わかってる!」


二人はそれぞれ近場の樹の上に上ると波をやり過ごした。だが、龍を抑え込んでいた周辺の樹々は無事ですまなかったようで、バキバキと音を立てて千切れていく。


〈これくらいで私を抑え込めると思うなよ!〉


 龍はそう言うと尻尾で叩きつけようとブレイズに攻撃を仕掛けてきた。


「やべっ!」

「ブレイズ!」


 ブレイズは上っていた樹ごと倒され、波にのまれた。


「がはっ!」


 ブレイズはゴポゴポと水の中へ沈んでいくのを感じるが、水の勢いが強く水面へ近づくことが出来ない。落ちた拍子に伊達眼鏡も外れてしまったらしく、ブレイズは赤い瞳で水中を見回した。


(このままじゃ溺れちまう…!そうだ!)


 ブレイズはふと思いつき、自分を取り巻く周囲の水に魔力を込め始めた。すると、水はブレイズの意思に従うように動き始めた。


(これならいける!)


ブレイズは襲い掛かる水の動きを弱め、水面へと顔を出すことが出来た。その瞬間、ライの影を引きちぎった龍と目が合った。


「この野郎、さっきは良くもやってくれたな!」


 そう言うと、ブレイズは水を矢のように尖らせて龍へと放った。水の矢は龍の顔へと命中するが、全く効いていないようで、龍はピクリともしなかった。


「くそ、やっぱりダメか!なら今度は…!」

〈ブレイズ…?〉

「へ?」


 ふと、龍から名前を呼ばれたブレイズは攻撃の手を止めた。すると、津波のように荒れ狂っていた湖の水が次第に引いていき、ブレイズの周囲からは水が完全になくなった。ブレイズと視線が合ってから固まっていた龍は、ずいっとブレイズに顔を近づけた。


〈その赤眼に金髪…。お前、ブレイズ・イストラルか?〉

「そ、そうだけど…。」

〈そうか!もうこんなに大きくなったのか!人間の成長というのは早いなあ。〉


 まるで昔馴染みにあったかのような物言いにブレイズは戸惑った。樹に上って避難していたライも降りてきて、戸惑いながらブレイズに尋ねた。


「ブレイズ、知り合いか?」

「いや、俺は覚えがないんだけど…。」


 ブレイズの言葉を聞いて龍は頷いた。


〈お前が覚えていなくても当然だ。お前が物心もつかない頃に一緒に過ごしていただけだからな。〉

「え?どういうことだ?」


 ブレイズの疑問に龍は笑顔で答えた。


〈私の名はクアン。お前の母親――フレア・ラピズの使い魔だった者だよ。〉

「へ?……ええ!?」

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