第42話
「!」
ライは背後の気配に気づくとすぐさま剣を振り抜いた。襲ってきた影の持っているナイフとライの剣が当たる。ブレイズはすぐさまタイラーを引っ張ってライと襲撃者から距離を取った。
「何だこいつ!」
襲撃者は全身黒ずくめの人間だった。顔まで黒い布で覆っていて、男女の区別もつかなかった。
「ブレイズ!村の人達とタイラーさんを避難させろ!オレがこいつの相手をする。」
「わかった!」
ブレイズはライの指示に従ってタイラーと村人達を村の建物の中へと急いで避難させた。
ライはその間、襲撃者から目を離さなかった。全員が離れて行ったのを確認すると、ライは襲撃者に問いかけた。
「貴様、ドラル=ゴアの暗殺者だな?」
「………。」
襲撃者は黙ったままだったが、覆面の奥でニヤリと嗤った気配がした。
「沈黙は肯定とみなすぞ。」
「答えずともわかっているくせに。」
覆面からは男の声がした。
「その命もらい受けるぞ、『炎獄の死神』。」
「やってみろ。出来るものならな。」
じゃり、とどちらともなく土を踏みしめる音がしたかと思うと、二人の刃は再び交わっていた。ギン、ギンと激しく金属がぶつかり合う音がする。ライが炎の剣を展開して切りつけるが、襲撃者はするりとそれを躱してしまった。
「ちっ!」
今度は襲撃者が懐に仕込んでいた小型ナイフを投擲してきた。ライはそれを避けると、剣で再度切りかかる。襲撃者はナイフでそれをいなすと、ライに拳を突きつけてきた。ライは眼前に迫った拳を掴み、引き寄せると襲撃者の腹を蹴り飛ばした。
「ぐっ!」
襲撃者はごろごろと転がった後、地面に手をついた。その瞬間、ライの足元の土がもぞりと動き、ライの足を絡めとってしまった。
「土属性か!」
足元の土はがちがちに固められてしまったため、ライはその場から動けなくなった。それを見て、襲撃者は再度小型ナイフを投げてきた。ライはそれを剣で払い落とすと、足元に剣を突き刺した。そのまま、足にまとわりついた土を炎で焼き尽くし、脱出する。
「流石に一筋縄では行かないか。」
襲撃者がぼそりと呟いた。お互いに相手の隙を伺い、その場に止まる。
しばらくの後、今度はライが仕掛けた。剣を一振りし、炎を襲撃者目掛けて飛ばしてきた。襲撃者は土壁を築いて火の玉を防いだ。火の玉が土壁に当たり消えていく間に、ライは襲撃者との距離を詰めようと走る。襲撃者は土壁を崩すと、土を刃のように鋭く尖らせてライ目掛けて投げた。それと同時にライの足元の土を隆起させ、ライの体勢を崩そうとしてきた。
「くっ!」
ライはバランスを崩され、その場に止まることを余儀なくされた。土のナイフは炎を出現させることで燃やし尽くす。
だが、炎が消えた後に飛んできた小型ナイフには対応できなかった。数本がライの腕や足を切り裂く。
「ちっ!」
襲撃者は楽しそうに言った。
「ナイフには毒が塗ってある。お前が倒れるまであとどれくらいかかるかな?」
「…ほざいていろ。」
ライはぼそりと言い返すと、襲撃者に向かって再度切りかかった。襲撃者とライの刃が打ち合う。しばらくして、ライの動きが少し鈍くなってきた。襲撃者はニヤリと楽しそうに嗤った。
「ほら、毒が回って来た。動くのも辛いだろう?」
「……黙れ。」
「とっとと観念したらどうだ、『炎獄の死神』。」
次の瞬間、ライは大きくバランスを崩した。襲撃者はその隙を逃さず、ライの首元へナイフを突き立てようとした。
その途端、襲撃者は大きくナイフを振りかぶったまま動けなくなった。
「な、何だ!?」
見ると、ライの影が襲撃者を縛り上げるようにして捕まえていた。
「な、何だこの魔術は!?」
「闇属性の魔術だ。」
のそり、とライは起き上がりながら言った。
「やはりオレが闇属性の魔術を使えることまでは伝わっていないようだな。安心したよ。」
そう言うと、ライは炎の剣で襲撃者を一閃した。
「『裁きの炎』。」
「ぎゃあああああああああああああ!」
炎に包まれ叫び声を上げたのち、襲撃者は気絶した。
「毒は闇属性の魔術で無効化できるから、オレにはほとんど効かないんだ。残念だったな。」
ぽつりと呟くように言うが、気絶した襲撃者は聞いていない。
ライが襲撃者を捕縛していると、後ろから駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。ライが振り返るとブレイズが走ってきていた。
「ライ!大丈夫か?」
「ああ。問題ない。村人達は?」
「全員家の中に避難してもらったよ…って、怪我してるじゃないか!?」
ライの返事にブレイズはほっと安堵のため息をついたものの、腕や脚に切り傷があるのを見つけて大声を上げた。
「これくらいかすり傷だ。」
「手当しないと!タイラーさんに見てもらおう!」
「大袈裟な。応急処置で十分だ。」
「ダメだって!毒でも塗ってあったらどうするんだ!」
既に無毒化した後だとは言い出せず、ライはブレイズにされるがまま引きずられていった。
「タイラーさん、ライが怪我してるから診てくれ!」
「何だって!?」
椅子に座っていたタイラーががたりと立ち上がった。
「襲撃者にやられたのか?」
「大した傷じゃない。簡単な止血程度で間に合う。」
「一応毒がないか見てくれないか?」
「ああ。分かった。」
「!よせ…!」
ライの体を魔術で診察したタイラーは、あることに気が付いて手が止まった。それを見て、ブレイズが心配そうにのぞき込む。
「タイラーさん?」
「あ、ああ。何でもない。」
「ちっ…。」
ライは小さく舌打ちしたのち、ブレイズに言った。
「ブレイズ。他に変な奴が周りをうろついてないか念のため見てこい。」
「え、うん。わかった。」
ブレイズはライの指示に従って家を出ていく。足音が遠ざかったのを確認して、タイラーはライに声を掛けた。
「ライ君、君は…。」
「黙れ。」
ライは隠し持っていたナイフの先をタイラーへ突きつけると、ぼそぼそと小声で続けた。
「オレの秘密を知ったな?なら、魔術契約を結んでもらう。」
「魔術契約?そんなもの結ばなくとも、君の秘密は守るよ。」
「お前が秘密を守るかどうかじゃない。お前の身の安全のためにも、オレの秘密を喋れないようにする必要があるんだ。」
ライのその言葉に、タイラーはごくりと唾を飲み込んだ。
「わ、わかった…。」
タイラーはライに言われるがまま、魔術契約を結んだ。
しばらくして、ブレイズが戻って来た。
「ライ、見回りしてきたけど特に異変はなかったぞ。あと、襲撃者は憲兵を呼んで引き渡してくれるって村の人が言ってた。」
「そうか。」
ふと、ブレイズはライとタイラーの間の空気が微妙な雰囲気になっていることに気づいた。
「何か変な雰囲気だけど、何かあった?」
「いや、別に。」
「何もないよ。」
「ふーん…。」
ブレイズは納得いかなさそうな顔をしたが、不意にライに顔を近づけて小さな声で尋ねた。
「なあ、今回の襲撃者ってロマニアの執行官だったのか?」
「いや、オレ狙いの暗殺者だった。」
「暗殺者~!?」
ブレイズは驚きのあまり声が大きくなりそうだった。
「ライ狙いの暗殺者なんているのかよ?」
「『炎獄の死神』を殺せば名が上がるからだろう。今までも何人か襲われたことがある。」
「そうなのか…。」
考え込む仕草を見せたブレイズに、ライは眉を上げて尋ねた。
「怖いか?なら、弟子を辞めるか?」
「誰が辞めるか。これくらい、自分も狙われてる立場なんだから大して変わらないって。」
「そうだろうな。」
ふん、とライは鼻で笑った。
◇◇◇◇◇
ブレイズ達は憲兵が襲撃者を引き取りに来るのを待ってから、帰途に就いた。村から街までの道中は何もなく、タイラーを無事家まで送り届けてから、仲介所へ向かう。
仲介所ではガウェインとミネルヴァが待っていた。
「よう、お疲れさん。」
「その様子では無事依頼を達成できたようですね。」
「ええ。」
「護衛任務は特に問題ありませんでしたか?」
ミネルヴァの問いに、ブレイズがおずおずと答えた。
「実は、ライが暗殺者の襲撃に遭って…。」
「はあ!?暗殺者だと!?」
ガウェインが驚きのあまり大声を出した。
「既に暗殺者は憲兵に引き渡しています。どこぞの暗殺者が知名度欲しさにオレを狙ったようです。」
つまらなさそうにライは答えたが、ガウェインとミネルヴァは目を鋭くした。
「おいおい、大したことなさそうに言うな。普通冒険者が暗殺者に襲撃されるなんて話、聞いたことないぞ。」
「『炎獄の死神』なんて物騒な二つ名があるからでしょう。この呼び名は余計なトラブルも時々招きますから。」
「襲撃者への対処はあなた一人で行ったのですか?」
「ええ。最初からオレ狙いでしたから。でも、ブレイズの昇級試験の結果には影響ないでしょう?」
「それはありませんけど…。」
「ならそれで充分です。」
そう言うと、ライはとっとと仲介所を出て行こうとした。ブレイズも慌ててその後を追おうとしたが、ガウェインに呼び止められた。
「ブレイズ。ライの奴は強いが、どこか危ういところがある。お前に頼むのも変な話かもしれないが、よく見ておいてくれ。」
「?は、はい…。わかりました。」
ブレイズは戸惑いながらも頷くと、ライの後を追いかけて行った。
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