第41話

 翌日の早朝。待ち合わせ場所にやって来たのは三十代の比較的若い魔術医師だった。


「やあ、君たちが護衛依頼を受けてくれた人?」

「そうです。」

「よろしく、私はタイラー。魔術医師だ。」

「オレはライ・セラフィス、こっちはブレイズ・イストラルです。」

「ライ君にブレイズ君だね。よろしく。」

「よろしくお願いします。」


 三人は握手を交わした。


「引き受けてもらって助かったよ。いつも護衛してくれている友人が足を骨折して動けなくてさ…。」


 その言葉にブレイズはふと疑問を抱いて尋ねた。


「骨折って魔術で治せないんですか?」

「治せるよ。でも、人間が持つ自然治癒力で治した方が患者の体力の負担も、医師である私の魔力負担も少なくて済むんだ。だから、治癒魔術で治すのは必要最低限のレベルまでだよ。」

「へえ、そうなんですね。」


 ブレイズは感心した。


「だから、魔術医師って言っても普通の医者より少し治りが早いとか、病気を詳しく診ることが出来るくらいのものだよ。」


 タイラーは謙遜して言った。


「さて、早速出発しようか。患者さんが待っているはずだから。」


◇◇◇◇◇


 ブレイズ達三人は街から少し離れた村へと到着した。タイラーは患者の家を回り、てきぱきと処置したり薬を処方したりしていく。その様子をブレイズは興味深そうに見ていた。


「いつもありがとうねえ。助かるわ。」

「どういたしまして。体調が良いみたいで私も安心しました。」


 タイラーが患者である老婆とのんびり話をしていた時だった。


「先生!いるかい!?」


 慌てた様子で村の男が一人家に駆け込んできた。


「どうしました?」

「裏山が崩れて村の奴らが何人か巻き込まれたみたいなんだ!」

「何だって!?」


 男の言葉にタイラーは立ち上がると外へと飛び出していった。ブレイズとライもその後を急いで追う。


「崩れたのはどこですか?」

「こっちだ!」


 男の先導により、三人は土砂崩れの現場にたどり着いた。現場では複数の村人がスコップなどで土を掘り起こし救助活動を行っていた。


「連日の雨で土が緩んでたみたいでな。馬車が巻き込まれたのを見たって奴がいるんだが、どこに埋まってるのかわからないんだ。とりあえず土をどかそうとはしているんだが…。」


 苦しそうな表情で男が言った。


「私に任せてください。」


 そう言うとタイラーは地面に手をついて目を閉じた。


「何をしてるんですか?」

「魔術で地面の中の生命反応を探しているんだ。」

「そんなことができるのか…。」


 ブレイズは感心して唸った。しばらくして、タイラーが叫んだ。


「見つけました!そこに三人、固まっています!」

「よし、掘るぞ!」

「待て!また崩れるぞ!」


 上を見ると、ずずず…と山の斜面が動いているのが見て取れた。


「危ない!皆避難しろ!」

「間に合わん!」


 現場が騒然とする中、ライはブレイズの名前を呼んだ。


「ブレイズ!」

「ああ!」


 ブレイズは拳銃を取り出すと、動き出している斜面の下側に向けて発砲した。そこから、樹が次々と伸びてきて大きく根を張ると、成長した枝葉で土砂を受け止める。ズズン、と地鳴りのような音がして、土砂の進行は止まった。


「止まった…?」

「凄いな、坊主!」

「今のうちに掘り出すぞ!」

「おう!」

「それも任せてください。」


 ブレイズは人が埋まっているらしい辺りの土に手をついて、覚えたての土の属性魔術を使った。ぼこり、と土が隆起して、勝手に退けていく。すると、すぐに土砂に埋まっていた馬車が見えた。


「見えたぞ!」

「開けろ!今ならまだ助かるはずだ!」


 わっという歓声と共に村人達は馬車の扉を開けると、中から気絶している三人を引っ張り出した。助け出された村人達はタイラーの元に運ばれ、応急処置を受ける。意識がない三人を村人達は心配そうに見ていた。


「先生、三人は大丈夫か?」

「脚や腕の骨折が見られますが、気絶しているだけのようです。しばらくすれば目が覚めると思いますよ。」

「良かった…。」


 タイラーは三人の体を魔術で診療しながら言った。周囲にはほっとした安堵の空気が流れる。ひとまず救助された村人達を村へ運ぶことになり、ブレイズ達も一緒に戻ることとなった。その道中、タイラーが声を掛けてきた。


「ブレイズ君、君がいてくれたおかげで助かった。魔術師だったんだね。」

「いえ、俺は大したことはしてません。タイラーさんの魔術があったから、あの三人の居場所がすぐわかったんだし。」

「それでも、君がいてくれなければあの場にいた人達が二次災害に巻き込まれるところだったし、埋まっていた人たちをいち早く助け出すことはできなかったよ。ありがとう。」

「そうだ!坊主、助かったぞ!」

「ありがとうな!」


 タイラーや村人達から口々にお礼を言われてブレイズはくすぐったくも気恥ずかしい気持ちになった。


「そ、それより!タイラーさんの生命反応を探す魔術!あれ、どうやってやるんですか?」

「うん?気になる?」

「はい!ってか治癒魔術に興味があります。」

「ブレイズ?」


 ライが咎めるような声を出したが、ブレイズは気にせずに言った。


「だって魔術で人の命を助けるって凄いじゃないか!普通の医療なら出来ないことでも、医療魔術なら出来るんだろ?」

「お前、話をちゃんと聞いていたのか?治癒魔術はあくまでも一般的な医療より出来る範囲が広いだけだ。何でも出来るわけじゃないんだぞ。」

「わかってるって!それでも十分凄いだろ?」

「…お前、魔術医師を目指すつもりか?」

「悪いかよ?」

「止めておけ。魔術医師は魔術だけでなく一般的な医者としての知識も必要になる。かなり高レベルな頭脳と判断力が求められる職業だぞ。魔術も半人前のお前には無理だ。」

「うっ、そうだけど…。」

「ライ君の言うとおりだね。」


 タイラーが苦笑しながら言った。


「憧れてくれるのは嬉しいけど、まずは魔術を一人前に扱えるようになってから、だね。」

「はーい…。」


 ブレイズはしょんぼりしながら言った。タイラーはそんなブレイズをフォローするように続けた。


「ブレイズ君は樹の魔術を扱ってたから、水属性の適性はあるんだろう?それなら適性はあるから、簡単な治癒魔術なら使えるようになるはずだよ。」

「そうなんですか!?」

「うん。治癒魔術は水属性か光属性の魔術適性があればできるようになるからね。」


 その言葉にブレイズはばっとライを見たが、ライは目をさっと逸らした。


「ライ、そうなのか?」

「………。」

「ライ?」

「……はあ、そうだ。」

「何で教えてくれなかったんだよ!?」

「お前、属性魔術を覚え始めたばかりだろう。治癒魔術を覚えるにはまだまだ早すぎる。」

「ぐっ…!」


 ライの冷たい視線に射すくめられ、ブレイズは呻いた。


「…それに、オレには治癒魔術の適性がないからな。教えたくとも無理だ。」

「そっか。ライの適性は炎と闇だったっけ。」

「ああ。自分の体を活性化・沈静化させるのには使える魔術だが、治癒には適性がない属性だ。」

「なるほどな。」


 ブレイズは納得した。


「ブレイズ君、試しに相手の体を診察する魔術だけでも覚えてみるかい?」

「え、良いんですか?」

「うん。これくらいなら、簡単だし。」

「ありがとうございます。」

「タイラーさん、あまりブレイズに余計なことを教えないでください。」

「余計なことって何だよ?これくらい良いじゃないか。」


 ブレイズがそう言った時だった。ライの後ろにふと黒い影が立ったのが見えて、ブレイズは叫んだ。


「ライ!」

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