第40話
ブレイズとガウェインは素材回収試験を終え、仲介所へと戻ってきていた。仲介所ではライが優雅にコーヒーを飲みながら待っていた。
「戻ったか。」
「ああ。ただいま。」
「予想より少し遅かったか?」
「帰りに熊に遭遇した。」
ブレイズの回答にライは一瞬眉を上げたが、それだけで終わった。
「そうか。」
「『そうか』、じゃねえよ!」
ガウェインが吠えた。
「普通もう少し心配するとかねえのかよ!?」
「こうして無事に帰ってきているんだから、心配も何もないでしょう。」
「そうかも知れねえが…。」
「それに、試験官としてガウェインさんが一緒なのだから大丈夫に決まっているじゃないですか。」
「信頼されて嬉しいけど、何か違う気がする…!」
ぐぬぬ、とガウェインは頭を抱えて唸ったが、ライは構わずに尋ねた。
「それで、模擬戦闘は今から始めるんですか?」
「そうだな。素材回収が予定より早く終わったから、今からやれるな。ブレイズ、体力は大丈夫だな?」
「はい。大丈夫です。」
「よし、なら仲介所裏の訓練場に行くぞ。」
ガウェインに促され、ブレイズは訓練場へと移動した。
「さて、模擬戦闘のルールだが、俺を倒せば一発合格だ。」
単純だが困難なルールに、ブレイズの顔が引きつった。
「Sランクの人を倒せると思わないんですけど…。」
「流石に俺を絶対に倒せとは言わん。倒せなくとも一定レベルの戦闘能力があると俺が判断すれば合格できるから安心しろ。」
ガウェインのフォローにブレイズは安心して溜息を吐いた。
「ブレイズ、武器は何を使う?」
「銃とナイフを使います。」
「模擬戦闘だからな、銃の弾はゴム弾に変えておけよ。」
ガウェインに言われて、ブレイズは拳銃の弾丸をゴム弾に入れ替えた。それを確認すると、ガウェインは訓練場の中央へ来るように促した。
「よし、それじゃあ始めるぞ。どこからでもかかってこい。」
ガウェインは腰の剣を抜いて構えた。それを見て、ブレイズも拳銃を構えると、容赦なく撃った。
(まずは利き腕を潰す!)
狙い通りゴム弾はガウェインの右肩へ向かって行ったが、到達する寸前で避けられた。
(まだまだ!)
ブレイズは二発目、三発目と狙うが、全て避けられてしまった。
(ちっ、狙いを変えるか。)
ブレイスは狙いをガウェインの足元に定めて撃った。ガウェインの足元が爆ぜる。
「おいおい、どこ狙ってんだ!?」
ガウェインが煽った途端、着弾した個所からぐねぐねと樹が伸びてきて、ガウェインを捕らえようとした。だが、ガウェインは樹に気づいた瞬間その場を飛びのいていた。
「あっぶねー…。そういやお前、魔術師だったな。危うく捕まるところだったわ。」
「捕まってくれて良かったのに…。」
軽口を交わしながらもブレイズは銃を撃つ手を止めなかった。五発、六発と今度は自分の足元に撃つと、樹が伸びてくる。ブレイズはその陰に隠れるようにしゃがみ込んだ。
「弾切れか?なら、こっちから行くぞ!」
ガウェインは樹の影に隠れているブレイズを追い詰めようと、樹を跨ごうとした。次の瞬間、止まっていたはずの樹から枝が伸び、生き物のようにうねってガウェインに襲い掛かって来た。
「うおおおお!?」
ガウェインは慌てながらも剣で確実に樹の枝を切っていく。その隙にブレイズはゴム弾を新たに銃に込めたが、樹を使ってガウェインを捕らえようとするのは止めなかった。
「ええい、邪魔くさい!」
ガウェインはしつこく伸びてくる樹の枝にしびれを切らしたのか、樹の幹を両断してしまった。根本と分かたれてしまった枝は成長を止め、沈黙してしまった。
「嘘ぉ!」
まさか樹の幹を剣で両断されるとは思っていなかったブレイズは驚いた。
(ライならまだしもただの剣で樹を両断するなんて!流石Sランクだけのことはあるってか。)
ブレイズは一瞬呆気に取られたものの、すぐさま戦闘に集中した。ガウェインは樹の枝が届かない場所を見つけてブレイズの所へと回り込んで来た。
「もらうぞ!」
「!」
想定以上のスピードで接近してきたガウェインに対抗するため、ブレイズは腰のナイフを抜くしかなかった。ギインと刃物同士がこすれる音が訓練場に響く。
「もしかして接近戦は苦手か?」
「まさか!」
ガウェインの問いにブレイズは笑って返すと、左手のナイフ一本で剣を受け流した。だが、ガウェインは追撃の手を止めない。ブレイズはその度にナイフを使って凌いだ。
「おらおらどうした!?反撃してこないのか?」
「反撃って言っても…!」
(隙が無い!)
ブレイズは焦った。
(俺が今まで戦ってきた人たちの中でも、この人トップクラスだ!でも…。)
ふと、いつもの戦闘訓練を思い出す。
(ライほどではない…。まだ手加減してくれているのがわかる。)
ナイフで剣をいなしながら、必死に手を考える。
(こんな時、ライならどうする?ん、ライなら?……そうだ!)
ふと思いつきで出てきた案を試そうとブレイズは思った。
(樹の魔力を、ナイフに宿して…!)
魔力を宿したナイフが、ガウェインの剣を受け止めた。その瞬間、ナイフから樹の枝がにょきにょきと伸びて剣を絡めとってしまった。
「何!?」
「やった!」
ガウェインは慌てて剣から手を離した。間一髪、剣もろともガウェインを捕らえようとしていた樹の枝から逃れることはできたが、得物は樹に捕らえられてしまった。
「くそっ!なかなかやるじゃねえか!」
悪態を吐きながらガウェインは腰に装備していた短刀を取り出す。
「こっからは本気出すぞ。」
ガウェインはそう言うと、ブレイズに向かって飛び掛かって来た。
「!早っ…!」
さっき以上のスピードで迫ってくるガウェインにブレイズは隙を突かれてしまった。左手に持っていたナイフを弾かれ、即座に右手の拳銃も叩き落される。
「ちっ!」
拾おうとすれば隙を突かれるのは目に見えていたため、ブレイズは素手でガウェインに向かった。ガウェインは容赦なくブレイズにナイフを突きつけてくる。ブレイズは必死でナイフを避けて、ガウェインに先ほどやられたのと同じようにナイフを叩き落とした。
「やってくれたな!」
二人とも素手の状態となり、殴り合いに発展した。ブレイズが右ストレートを決めると、ガウェインも負けじとフックをブレイズの脇腹にお見舞いする。
「いい加減諦めたらどうだ…!」
「そっちこそ…!」
ブレイズもガウェインも両者共にボロボロになって来た時だった。
「そこまで!」
「!」
訓練場に一際大きな声が響いて、模擬戦闘の終わりを告げた。声がした方を見ると、眼鏡をかけて髪をきっちりと結い上げた女性が立っていた。その女性を見て、ガウェインはうげ、と呻いた。
「ミネルヴァ…。来ていたのか?」
ミネルヴァ、と呼ばれた女性は眼鏡をくいっと押し上げながらガウェインを詰問した。
「来ていたのか、ではありません。ガウェイン局長。仲介所の視察はどうなさったのですか。」
「いや、やってたよ?でも昇級試験を受けたいって奴がいてさ…。」
「昇級試験は別途担当する者がいるではありませんか。なぜ局長自らが行う必要があるのですか。」
「たまには俺自身で昇級試験をしとかないと、冒険者のレベルが下がるだろう?」
「そんなことをされなくとも、昇級試験は一定のレベルに達している者だけを合格させるシステムになっています。それとも私が作り上げたそのシステムが信頼できないとでもおっしゃるのですか。」
「いやいや、そんなことねえよ!?ミネルヴァのことは信頼してるって!」
「では勝手な真似はなさらないでください。そもそも以前の仲介所の視察の時も……。」
訥々と説教を始めるミネルヴァとしょんぼりして話を聞いているガウェインにブレイズは呆気に取られた。
「これは一体…?」
「彼女はミネルヴァさん。ガウェインさんの秘書兼お目付け役だ。」
いつの間にか近くに来ていたライが解説してくれた。
「ガウェインさんは局長という偉い立場にあるんだが、冒険者の頃の癖が抜けなくてな。強い奴や有望な若手冒険者がいると自分で戦ってみたくなるらしく、ちょくちょく仕事を放り出しては昇級試験と銘打って模擬戦闘を楽しんでいる。」
「え、じゃあ、今回の俺の昇級試験は…?」
「安心しろ、ちゃんと公式の昇級試験として受け付けてくれる。オレの時もそうだったからな。」
「良かった。ちゃんと有効だった。」
ブレイズはライの言葉にほっとして溜息を吐いた。と、突然ミネルヴァがこちらを振り向いたので、びくりと肩をすくませた。
「ライ・セラフィスさん。あなたがSランク試験を受けなかったのがきっかけと先ほど局長から伺いましたが?」
「そうですね。オレの代わりにブレイズの昇級試験をお願いできないかと提案しました。」
「そもそもあなたはSランクに上がっているべき人材です。それを指名依頼が嫌だからという身勝手な理由で後回しにしているのは仲介所としても見過ごせません。」
「昇級試験を受ける受けないは個人の自由だと思うが?」
「Aランク以上の冒険者は他の冒険者の手本となるべき立場にあります。それを自覚せずに振る舞われるのはこちらとしても困るのです。」
「ガウェインさんにも言ったが、オレは悪名高い二つ名をつけられているから、手本になるとも思いませんよ。」
「その悪名を返上する意味でもSランクに昇級して指名依頼を受けるべきだと言っているんです。そもそも最近は素材収集や荷運び等簡単な依頼ばかり引き受けているではありませんか。それに…。」
ミネルヴァの標的がライに移ったものの、ライは飄々と聞き流していた。ブレイズが呆れながらその光景を見ていると、ガウェインがそっと囁いて来た。
「うちの秘書、怖いだろ?」
「…ちゃんと仕事してないガウェインさんが悪いだけじゃないですか?」
「うっ、そういうこと言うなよ。」
ブレイズからも本当のことをグサリと刺され、ガウェインは項垂れる。ミネルヴァはライへの説教を終えたのか、首を振りながらブレイズに向き直った。
「さて、あなたがブレイズ・イストラルさんですね?」
「え、はい。」
「今回Cランクへの昇級試験ということで局長が特別に試験を行いましたが、本来であれば護衛依頼を行っていない冒険者をCランク以上に昇級させることは認めていません。」
「そんな…。」
ミネルヴァの容赦ない言葉にブレイズはがっかりした。
「ミネルヴァ、どうもブレイズは訳アリみたいなんだ。試験自体は合格ラインに十分達しているレベルだったから、特例で認めてやってくれないか?」
「特例はそれ相応の事情がない限り認められません。どのような理由があるのですか?」
「………。」
ブレイズは理由を言って良いものかわからずに押し黙った。すかさずライが助け舟を出す。
「ブレイズはロマニアの執行官から狙われています。護衛の最中に執行官の襲撃を受ければ、護衛対象者も巻き込まれる恐れがあるので、護衛依頼は行って来ませんでした。」
ライの回答に、ガウェインとミネルヴァは納得したようだった。
「なるほどな。そりゃ護衛依頼はできない訳だ。」
「では、最後の試験として、こちらの護衛依頼を受けていただけませんでしょうか。」
そう言ってミネルヴァが差し出してきたのは一枚の依頼書だった。
「魔術医師の往診の護衛依頼です。いつもは馴染みの冒険者に依頼しているのですが、その冒険者が怪我で護衛できないという事情があり、仲介所に適当な冒険者を紹介してほしいと依頼があったものです。」
ブレイズとライは依頼書を覗き込んだ。
「魔術医師?」
「医療行為を魔術で行う医者のことだ。一般的な医者の技術では出来ないことを魔術で可能にしている。」
「へえ。そんな職業があるんだな。」
「護衛依頼と言っても、野生動物などからの護衛がほとんどの上、近隣の村までと距離も短いです。危険度はあまり高くありませんし、国内での移動であれば執行官が狙ってくる隙もほとんどないかと思われます。」
ミネルヴァの言葉にライは少し考え込む仕草を見せたが、すぐにうなずいた。
「最初の護衛依頼としては最適ですね。受けましょう。」
こうして、ブレイズは昇級試験の最後の試験として、護衛依頼をこなすことになった。
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