第39話

昇級試験当日。ブレイズはガウェインと共に街外れの森の入り口に立っていた。


「試験内容は指定された素材十種類を決められた数量以上取ってくること。期限は今日の夕方まで。」

「ガウェインさんも付いてくるんですか?」

「ああ。試験官は受験者が不正をしないか見張ったり、予期しない危険から守る義務があるからな。」

「わかりました。今日一日、よろしくお願いします。」


 ブレイズはぺこり、と頭を下げた。


「おお。よろしく。指定の素材のリストはこれだ。」


 そう言ってガウェインは一枚の紙を渡してきた。ブレイズは軽く一覧に目を通す。


「うん、これなら何とかなりそうです。」

「お、自信あるみたいだな。」


 二ッとガウェインが笑った。


「もう探し始めても良いですか?」

「良いけど、指定された素材は森の入り口付近じゃ採れない物ばかりだろう?」

「そうですけど、俺には心強い相棒達がいるので。」

「相棒?」


 ガウェインの疑問を他所にブレイズはフォン達を呼び出した。


「フォン、レスタ、トア、出てきてくれ。」

〈はーい!〉


 三人揃って元気な返事を返すと、それぞれ小鳥の姿で出てきた。それを見てガウェインが驚く。


「お前、魔術師か!」

「はい、ライに色々教えてもらっている立場ですけど。」

「なるほどな、ライの連れって言うからどんな奴かと思っていたが、魔術師なら納得だ。」


 ふんふん、とガウェインは一人頷いた。


「フォン、レスタ、ここに書いてある素材の場所を探してきてくれないか?トアは俺と一緒に行動な。」

〈りょうかーい!〉

〈任せとけ!〉


 フォンとレスタはそれぞれ返事をすると飛び立っていった。それを見送るとガウェインはブレイズに尋ねた。


「素材探しは使い魔に任せて、後は待つのか?」

「いいえ、比較的生えてる場所がわかりやすい物は自分で採取しに行きますよ。トア、道中の道案内よろしくな。」

〈良いよ~!〉


 ブレイズは肩に小鳥姿のトアを乗せて移動し始めた。樹の魔物であるトアは森の中の樹を通してあちこちの様子を見ることが出来た。


〈ここから十二時の方向に行った川辺に、最初の素材があるよ~。〉

「ありがとう、トア。」


 地図や経験則、そしてトアの道案内を元に、ブレイズは次々と素材を採取した。そうして複数の素材を回収しているうちに、フォンとレスタも戻ってくる。


〈ただいま、ブレイズ。〉

〈素材見つけて来たぞ!〉

「ありがとう、二人とも。」


 今度はフォンとレスタの案内を元に森の奥へと分け入って素材を収集する。あっという間に素材を回収し終わったのを見てガウェインは唸った。


「こんなに早く素材回収した受験者は初めてかもしれん…。」

「ほとんどフォン達のおかげですよ。」

〈えへへ~。〉


 ブレイズの言葉に三人は照れながらも嬉しそうにしていた。ガウェインは一応素材の種類と数を確認すると、うんと頷いた。


「良し。素材は回収し終わったし、仲介所に戻るか。」

「そうですね。」


 二人して街へ戻ろうとした時だった。不意にフォンが警戒の声を発した。


〈ブレイズ、後ろから熊が近づいて来てる!〉

「何!」


 ばっと振り向いた時にはその姿が確認できる程の距離だった。ガウェインが声を上げる。


「ブレイズ、下がって――!」


 いろ、と続けようとした瞬間。

パアン、と銃声が鳴り響いた。

 ブレイズが躊躇なく熊に対し発砲していた。銃弾は熊の目から頭にかけて貫き、その命を奪った。

 ズシン、と熊が地響きを立てながら倒れる。周辺の小鳥たちが飛び立ってざわつく中、ブレイズは熊が絶命したのを確認すると、溜息を吐いた。


「ふう、びっくりした…。」

「いや、びっくりしたのはこっちだわ!」


 ガウェインが鋭い突っ込みを入れた。


「熊が出てきたと思ったらあっという間に倒して!俺の見せ場かと期待したのに!」

「え、あ、すみません…?」

「謝るなよ!てか熊が出てきたっていうのに全然パニックにならなかったな!?」

「ああ、俺の実家、人里離れた森の中にあったんで、熊とか狼とか慣れてるんですよ。」

「とんでもねえ森育ちだな!?」


 ガウェインは何でもないことのように言うブレイズに呆れた。


「全く…。普通の坊主かと思ったら、全然普通じゃねえじゃねえか。やっぱり『炎獄の死神』の連れだけはあるな…。」

「いや、ライに比べたら俺なんてまだまだですよ。」


 苦笑しながらブレイズは返した。


◇◇◇◇◇


 ブレイズが試験を受けていたのと同じ頃。ライは一人、街の中心にある屋敷を尋ねていた。


「こちらの主人にお目通りを願いたい。」

「失礼ですが、お名前と御用件を伺っても?」

「ライ・セラフィスだ。用件は『ドラゴンの未来』について。」


 門番はその返事を聞くと、はっとした様子でライの顔を見た。


「承知いたしました。取り次ぎますので少々お待ちください。」


 しばらく待たされたのち、ライは屋敷の中へと通された。客間へと案内され、そこで待っていると、屋敷の主人が現れた。ライはソファから立ち上がると礼をとった。


「お初にお目にかかります。ライ・セラフィスと申します。」


 ライはそう言って顔を上げた。それを見て屋敷の主人の顔色が変わった。


「まさか、本当に『炎獄の死神』だとは…。」


 屋敷の主人は呆然とした顔で呟いたが、すぐさま表情を整えると席に着いた。それにならい、ライも腰を下ろす。


「それで、今回の訪問の要件は?」

「オレの要件は、魔術契約の締結。条件は、こちらにある通りです。」


 そう言って、ライは契約書を屋敷の主人に手渡した。


「双方の情報の共有……。それに、お互いの存在を秘匿し、それを破った場合には死ぬ、か…。」

「今のドラル=ゴア相手に動くのであれば、それくらいは必要かと。」

「私たち『組織』の目的はドラル=ゴアの救済と帰還。貴方の狙いがただの復讐であれば、この話は断るつもりだったが…。そうも言っていられないか…。」


 屋敷の主人は手を口に当てながら言った。


「貴方の狙いは何だ?この件に関わる貴方のメリットがわからない。」

「…私は、事件の真実を知るものとして、止めねばならないと思っているだけです。」


 ライの回答に、屋敷の主人は納得していない様子だった。


「……これでは満足いただけませんでしたか。」

「……納得はしていない。」

「それでは、こちらの情報を一つ、教えましょう。」


 そう言って、ライは盗聴防止の魔術を展開した上で、屋敷の主人にそっと耳打ちした。思いがけない内容に、屋敷の主人は驚愕の目でライを見つめた。


「……っ、まさか――!」

「このことについて秘匿するのも、契約内容のうちです。私は、貴方なら信頼できると見込んで、この契約を持ちかけ、先ほどの情報を打ち明けました。――この意味、お分かりですよね?」


 屋敷の主人はしばらく手を震わせ、考え込んでいた様子だったが、自分を落ち着かせるように深い息を吐いた。


「……承知しました。この契約お受けいたします。」

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