第38話

 ある日。ブレイズとライは荷運びの仕事を終え、仲介所へ報告に来ていた。


「はい、これで依頼は完了です。こちら、報酬になります。」

「ありがとう。」


 にこやかに受付の女性から報酬を受け取るライとその顔を見て頬を染める女性という見慣れてきた光景に若干の呆れをにじませながらも、ブレイズはライに話しかけた。


「終わったなら今日の宿でも取りに行くか?」

「そうだな。」


 二人して仲介所を出ようとした時だった。

「ライ!?久しぶりだな!」


 仲介所の奥から大男が出てきてライに声を掛けてきた。いかつい男の顔を見て、ライは一瞬訝し気な表情をしたものの、すぐに返事をした。


「お久しぶりです、ガウェインさん。どうしてこちらに?」

「仕事で近隣の仲介所を回っていたんだ。お前は?」

「オレも仕事で荷運びを終えたところです。」

「そうか。」


 ガウェインと呼ばれた男はブレイズに視線を向けた。


「ん?そっちの坊主は?」 

「こいつはブレイズ・イストラル。冒険者でオレの連れです。」

「連れ!?『炎獄の死神』が連れを作るなんて珍しいな!何事だ?」

「諸事情があって一緒に旅をしているだけですよ。」


 そう言うとライはブレイズにガウェインを紹介した。


「ブレイズ、この人はガウェインさん。ここら一帯の仲介所の総責任者だ。」

「ガウェインだ。よろしくな。」

「ブレイズ・イストラルです。よろしくお願いします。」


 ブレイズとガウェインは握手を交わした。二人の関係が見えず、ブレイズはライに尋ねた。


「ライはガウェインさんとどういう関係なんだ?」

「昔オレが『炎獄の死神』と呼ばれ始めた頃に取り調べを担当した人だ。」

「え。」


 不穏な話にブレイズは固まった。ガウェインはがははと笑って言った。


「あの時は本当に『炎獄の死神』アルバート・セラフィスが蘇ったって凄い噂になっていたからなあ。気合入れて取り調べてみたらただの他人の空似ってわかって拍子抜けしたな。」

「あ、あはは…。」


 アルバートの実子であるライはしれっとした表情で流していたが、ブレイズは引きつった笑顔しか作れなかった。


「まあ、強さには定評があったから、仲介所の昇級試験を試しに受けさせてみたら強いの何のって!当時CランクだったのにAランクの試験官を吹っ飛ばしたのには驚いたな。」


 そこまで言うと、ガウェインはふと思い出したかのようにライに行った。


「ところでライ、お前いつまでAランクに止まっているつもりだ?そろそろSランク試験受けたらどうだ?」

「オレはAランクで十分ですよ。Sランクなんて身が持たない。」

「そんなこと言うなよ。お前程の奴がAランクのままなんてもったいないんだぞ。ランクアップしたら報酬も増えるし待遇も良くなる。メリットだってあるだろう?」

「そのメリットよりも面倒な依頼が増える方が嫌ですよ。」


 ライとガウェインの間でぽんぽん交わされる会話に、ブレイズは思わず割り込んだ。


「あの~、昇級試験って何?」

「ん?お前、連れに説明してないのか?」

「ブレイズにはまだ早いと思って説明していませんでした。」

「何だよ、冒険者は当然知っておくべき知識だろう?ったく、仕方ねえなあ…。」


 がりがりと頭をかくと、ガウェインは説明しだした。


「昇級試験っていうのは、仲介所のランクを上げるための試験だ。ランクがFからSまであるのは知っているな?Dランクまでは依頼の達成数に応じて自動的に昇級できるが、Cランク以上に上がるにはランクごとに昇級試験を受けないとならないんだ。」

「へえ。」

「試験内容はランクによって変わるが、基本的には試験官との模擬戦闘や素材の収集試験がある。後は普段の依頼の達成数・成功率なんかで昇級するに妥当かが判断されるな。」

「そうなんですね。」

「で、ライにはSランクの昇級試験を受けるように散々言っているんだが、なかなか首を縦に振ってくれなくて困っているんだ。」

「どうして受けないんだ?」


 ブレイズがライに尋ねると、ライは苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「Sランクになると指名依頼と言って、冒険者を指定した依頼が舞い込んでくるんだ。どれも高難易度で面倒な依頼ばかりだから、オレはSランクには上がりたくない。」

「あ、なるほど。」


 旅の目的があるライにとっては、依頼に振り回されるのを避けたいのだろうとブレイズは察した。


「なるほどじゃねえよ。ライのレベルの奴がSランクに上がらないのは他の冒険者にも悪い見本になるんだぞ。」

「元々悪評高い『炎獄の死神』だから、問題ありませんよ。」

「そうじゃなくてだな~!」


 ガウェインが更に言い募ろうとしたところで、ライは良いことを思いつたとばかりにブレイズを見た。


「そうだ。オレじゃなくて、ブレイズに昇級試験を受けさせてくれませんか?」

「え、俺!?」

「ん?この坊主にか?」

「ええ。ランクはまだDですけど、戦闘能力は高いので。」

「ふーん…。」


 ガウェインはしげしげとブレイズを眺めた。


「ブレイズ、お前今まで受けた依頼はどんなものがある?」

「えっと、素材集めが一番多くて、次が荷運びです。」

「討伐や護衛は?」

「討伐は狼の討伐依頼なら一件受けたことがあります。護衛はまだやったことありませんけど、騎士見習いをやってた時に訓練なら受けています。」


 その回答にガウェインは眉をしかめた。


「護衛の経験なしじゃCランクに上げるのは難しいぞ。何でさせてない?」

「訳ありなんですよ。護衛だとこいつを狙ってくる奴らから逃げられないので。」

「訳ありか、なるほどな。ブレイズ、お前も苦労してるんだな。」


 ライの答えから何らかの事情があることを察したガウェインは同情した。


「良し、わかった。それなら特別に試験してやろうじゃないか。」

「あ、ありがとうございます!」


 ブレイズは喜んだが、ガウェインは釘をさすように続けた。


「その代わり、俺が試験官を務める。」

「え。」

「安心しろ、これでも冒険者ランクはSランクだ。」

「あ、安心できない…!」


 ニイッと笑ったガウェインに対し、ブレイズはひくっと引きつった顔で呟いた。


◇◇◇◇◇


 試験には準備が必要とのことで、翌日に試験を行うこととなった。

 ブレイズとライは宿へと移動し、くつろいでいた。


「ライ、何で俺の昇級試験を薦めたんだ?」

「そろそろ受けさせても良い頃合だと思ってはいたんだ。ちょうど良い機会だったから推薦しただけのことだ。」


 ライは剣の手入れをしながら答えた。


「正直に言って、Dランク以下で受けられる依頼も多くはないからな。少しでも依頼の幅を広げたかったし、ぼちぼち護衛依頼も受けて行きたいと思っていたんだ。」

「でも、護衛依頼はロマニアの執行官が狙ってくる可能性もあるから、受けないんじゃないのか?」

「出来る限りはな。だが、長距離を移動するのに商隊の護衛などを活用しない手はない。今までは徒歩で行ける範囲で移動していたが、そろそろ次の場所に行くのに馬車を使いたいところだ。」

「そういう理由だったのか。俺はてっきりガウェインさんの標的をライから俺にそらしたいだけだとばかり思ってたよ。」

「それもある。」

「あるのかよ!」


 しれっと答えたライにブレイズは思わず突っ込んだ。


「だが、オレがSランクになるよりお前がCランクになった方がよっぽどメリットがある。」

「ライはSランクに上がるのに興味はないのかよ?」

「特にないな。昼間話したとおりあまり魅力的に感じていない。」

「俺は魅力的だと思うけどな、Sランク。だって、冒険者の憧れだろ?」

「名声を求める奴ならそうかもしれないが、現実を見ろ。指名依頼という無茶ぶりに振り回される立場だぞ。」

「報酬や待遇はAランクよりも良くなるんだろ?」

「それでも、だ。オレには面倒事の塊にしか思えない。」

「もったいないな~。」


 ブレイズは思わずそう言ったが、ライは取り合わなかった。


「以前言っただろう。オレには旅の目的がある。早くてもそれを達成するまではSランク昇級なんて考えられないさ。」

「じゃあ、旅の目的が果たされれば昇級試験受けるのかよ?」

「…さあな。その時次第だ。」


 ライは剣に視線を落としたまま答えた。

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