第37話
ロズベルグが気絶したのを確認すると、ライは炎を出現させて自身の濡れた服を軽く乾かした。
「終わったぞ。ブレイズ、テオ。」
「おお…。」
ブレイズはライに声を掛けられ、樹の魔術を解いた。成長していた樹がするすると元の床へと戻っていく。
「ライ、さっきの影は何だったんだ?いつもの炎の魔術と違ったみたいだったけど。」
「あれは…。」
〈それは私の闇魔術よ!〉
突然可愛らしい声が響いた。びっくりして声がした方へ視線を向けると、いつの間にかライの肩に薄緑色の小さな蜥蜴が乗っていた。
〈こんばんは、ブレイズ!こうして話すのは初めてね!私の名前はオフィーリア!リアって呼んでちょうだい!〉
「お、おお。よろしく、リア。」
「オレの二人目の使い魔だ。属性は闇。」
〈二人目って何よ!元々あなたと契約していたのは私が先なんだからね!〉
「わかっている。」
姦しいリアにライは少し鬱陶しそうにしながらも言った。
「リアはオレの奥の手だ。頼りにしている。」
〈そうでしょうそうでしょう!私ってば頼りになるんだから!〉
〈…やかましいぞトカゲ。〉
ロベスがイライラした様子で文句を言った。その途端、使い魔二人による口喧嘩が勃発した。
〈何ですってこの犬もどき!あんたなんか噛み付くか炎を吐くかしか能がないくせに!〉
〈何だと!誇り高い俺を愚弄する気かこの爬虫類!〉
〈爬虫類ですって~!私だってライに言われて仕方なくこの姿を取ってるだけなんだから!本当の姿は――!〉
「二人とも喧嘩は止めろ。」
そう言ってライは二人の口を手で押さえた。むぐむぐとまだ何かを言いたそうにしていたが、ライが押さえる手に力を入れ始めたのを感じて諦めた。そのまま、ふいっと二人とも姿を消した。
ライが少し疲れたように言った。
「…見てのとおり、ロベスとリアは性格的に合わない。だから呼び出すときは基本的に一人ずつにしている。」
「そ、そうなんだな…。」
珍しく苦労させられているようなライにブレイズは新鮮さを覚えたが、それ以上に同情が勝った。
「お前たちにも説明した通り、オレの父親のアルバートはロベスと契約していたからな。オレは表向きロベスだけと契約しているように見せかけて、奥の手としてリアとも契約している。今回みたいにロベスと相性が悪い相手と戦う場合、リアで対処するようにしている。」
「なるほどな。相手を油断させるためにも、奥の手にしているって訳か。」
「そういうことだ。」
ブレイズへの説明を終えると、ライはテオの元へと歩み寄った。
「妹さんは無事か?」
「それが、全然起きなくて…。」
苦しそうな顔でテオが訴えた。ライはルイーズの顔を見やると、その額にそっと手を当てた。
「睡眠の魔術を掛けられているんだろう。起こすぞ。」
そう言うと、ライは手のひらに魔力を集中させた。ふわり、とルイーズの体を魔力が駆け巡ったのち、ルイーズが身じろぎした。
「ううん…。」
「ルイーズ!起きろ、ルイーズ!」
「……ん、おにい、ちゃん?」
「ルイーズ!」
ぱちりとルイーズは目を覚ました。
「あれ、ここ、どこ?」
「ルイーズ!良かった、良かった…!」
テオはルイーズに抱き着くと泣き出してしまった。
「え、お兄ちゃん、どうしたの?家にはなかなか帰ってこないのに…。」
「ここはハインツ国だ。お前、ロマニアの執行官に攫われてたんだぞ。覚えてないのか?」
「え!?私、攫われてたの?」
テオの説明にルイーズは顔を真っ青にさせた。
「心配いらない。ロマニアの執行官は倒したからな。」
怖がるルイーズにライは優しく声を掛けた。
「…貴方は?」
「オレはライ・セラフィス。君のお兄さんの仕事仲間だ。ところで確認したいのだが、君はどこまで覚えている?」
「えっと、街で買い物しようと出かけた時に、後ろから声を掛けられたことまでは覚えているんですけど…。」
「捕まっている間のことは覚えてない?」
「はい、全然…。」
「今、痛い所とかはある?」
「いえ、ないです。」
「そうか。それなら良かった。」
そう言うと、ライは優しい手つきでルイーズの頭を撫でた。その瞬間、青かったルイーズの頬がぽっと赤く染まった。
それを見て、テオとブレイズは驚愕した。
「ちょ、ちょっと待てルイーズ!何だよその反応は!?」
「べ、別に何でもないよ!」
「この天然女たらし!テオの妹まで誑し込むつもりか!?」
「女たらし?心外だな。ちょっと慰めただけだろうが。」
「お兄ちゃん、ライのことは仕事仲間として信頼してるけど、冒険者なんて不安定な職業の奴にお前をやる気はないぞ!」
「な、何言ってるの!?変なこと言わないでよ!」
「不安定な職業で悪かったな。」
「す、すみません兄が変なこと言って…!」
「気にしないで良い。それより疲れていないか?取っている宿があるから、そこまで一緒に行こう。」
「は、はい。ありがとうございます。」
「や、宿!?ライお前、ルイーズをどこに連れ込む気だ!?」
「は?お前も一緒に泊っているだろうが。何を勘違いしている?」
「そうだよお兄ちゃん!それより、ライさん、手をつないでもらっても良いですか?足がしびれてて…。」
「大丈夫か?それなら抱き上げて馬車まで連れて行こうか?」
「えええ!そこまでしてもらわなくても…!」
「お、お兄ちゃんは反対だからな―――!」
テオの物悲しい叫びが、朝日の照らす部屋に響いた。
◇◇◇◇◇
数日後、ブレイズ達の姿は街の門のところにあった。テオとルイーズが頭を下げる。
「ライ、ブレイズ、ありがとう。」
「ライさん、ブレイズさん、お世話になりました。」
「頭を上げてくれ。元はと言えば、オレ達の問題に二人を巻き込んだだけだ。」
「そうだよ、ライの言うとおりだ。」
「それでも助けられたことに変わりはない。本当に感謝している。」
テオは深々と頭を下げたまま言った。
「ライ、ブレイズ。裏切ろうとして済まなかった。」
「………。」
「許してくれとは言わない。でも、俺にできることなら何でもやるから…。」
「何でも?」
その言葉にライが反応した。
「何でもやると、今、そう言ったな?」
「あ、ああ。」
「ら、ライ?」
ライの不穏な雰囲気に、思わずテオは顔を上げた。ニヤリ、とライは笑って言った。
「なら、今後お前から情報をもらう時はタダにしてもらおうか。」
「げっ!それは勘弁!二、三回くらいならまだしも全部タダは生活に係わるって!」
「冗談だ。三回の情報提供料無料で手を打ってやる。」
「え、良いのかそれで。」
「ああ。構わない。」
「!ありがとう、ライ…!」
ライとテオの会話にブレイズも笑顔になった。
「テオはこれから妹さんを実家まで送っていくんだよな?」
「ああ。流石にここから実家まで帰るのに、女の子一人じゃ不味いからな。」
「俺達を護衛に雇っても良かったのに。」
「助けてもらっておいて、これ以上世話になる訳にはいかないよ。気持ちだけで十分さ。」
テオは苦笑して答えた。
「それじゃ、俺達はここで。そっちはハインツの南の街に向かうんだろ?」
「ああ。」
「後から追いかけるからさ、また情報屋として使ってくれよな。」
そう言うとテオとルイーズは去って行った。
後ろ姿を見送り、ブレイズとライも歩き出す。ふと、ブレイズは思い出してライに尋ねた。
「そう言えば、今回テオには『裁きの炎』は食らわせなかったな。」
「テオは今回巻き込まれただけの被害者だったからな。それに、『裁きの炎』を使わずとも十分反省しているように見えたから、不要だと判断しただけだ。」
「ふーん。」
「…何だ、にやにやして気持ち悪い。」
「いや、ライも優しいところあるんだなと思って。」
「馬鹿を言え。オレは適切に判断しただけだ。」
「またまた~、照れるなって。」
「照れてない。」
「そんなツンケンしなくてもいいじゃんか。ライはツンデレだな~。」
「…お前、オレを馬鹿にしているのか?」
途端にライの目が据わったものになる。それを見て、ブレイズは身の危険を察知した。
「いや、決して馬鹿にしている訳じゃなくて…!」
「次の戦闘訓練、覚悟しておけよ…?」
「ええええ!それは勘弁して!」
二人は騒々しくも旅立っていった。
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