第36話

「ふざけるなふざけるなふざけるな!結局は『炎獄の死神』にバレたんじゃないか!」


ロズベルグは激怒してテオを睨みつけた。


「アイン、その役立たずを妹ごと殺せ!」

〈わかった!〉


 アインと呼ばれた使い魔が変化して、鮫から虎へと姿を変えた。


「させるか!」


 ライが剣でアインに切りかかるが、ロズベルグは杖でそれを妨害した。


「ブレイズ!」

「ああ!」


 ライの呼びかけにブレイズは樹の魔術を発動させた。樹は見る見るうちに成長して、ブレイズ達三人を守るようにアインの進路を塞いだ。虎に変身したアインが樹に噛み付くがびくともしない。


〈ロズベルグ、行けないよ!〉

「ちっ、こっちに来い!先に『炎獄の死神』を始末するぞ!」

〈うん!〉

「ロベス!」

〈おう!〉


 ライの呼びかけに応じ、ロベスも姿を現す。


「ロベス、使い魔を頼む!」

〈わかっている!〉


 ロベスは返事をするや否やすぐさまアインへと噛み付いた。大型の黒犬の姿を模しているロベスよりも更に大きな虎の姿をしたアインがのたうち回る。


〈ぎゃあ!放せ!〉

〈黙れ小童が!〉


 ロベスはアインに噛み付いたまま、炎を吐き出した。ゴウッという音を立てて、炎がアインを包み込んでいく。


「アイン!」


 ロズベルグがアインを助けようとしたが、ライに阻止され動けない。


〈痛い!痛いよロズベルグ!〉

「この、役立たずが…!戻れ!」


 ロズベルグの命令に従い、アインの姿は溶けるように消えた。それと同時に、ライは剣を下げてロズベルグを蹴り飛ばした。


「ぐはっ!」


 ロベスが追撃として火の玉を吐く。しかし、ロズベルグは水を出現させると炎を防いだ。


「水属性か。面倒だ。」


 ライが悪態を吐く。ロズベルグは立ち上がりながらニヤリと嗤った。


「炎属性の魔術を使う君にとって、水属性の僕は相性最悪だよ。どうするの?」

「どうにかするさ。」


 そう答えてライは剣を構えた。炎の剣を発現させると、ロズベルグに切りかかる。ロズベルグは杖に水を纏わせると炎の剣を受け止めた。剣を包んだ炎は杖に触れたところから消えていく。じゅわじゅわと音を立てて白い水蒸気が発生した。


「無駄だよ無駄!いくら炎の勢いがあったって、水の前には無力なんだから。」

「だろうな。」


 ライはロズベルグの言葉に答えながらも切りかかるのを止めない。そのうち部屋の中は白い煙で満たされ、視界が悪くなっていた。


「くそっ見えづらい!」


 ロズベルグが霧を晴らそうとしたとき、ロベスが襲い掛かって来た。


「うわっ!」


 慌ててロズベルグは避けたが、首から下げていた使い魔の器となっているペンダントの紐を食いちぎられてしまった。


「待て!」


 ロズベルグは焦ったが、ロベスは聞くことなくライへとペンダントを放り投げる。ライは空中を舞っているペンダントを炎の剣で一刀両断してしまった。


〈ぎゃあああああああ!〉

「アイン!」


 アインの器が壊され、使い魔の契約が強制的に解除されてしまった。


「くそっ!」


 尻もちをついたロズベルグに、ライの剣の切っ先が向けられる。


「これで使い魔は魔界に還った。降参しろ。」

「だ、誰が降参するか!」


 ロズベルグは叫ぶと、胸元に手を当てた。そして、黒魔術で魂の欠片を魔力へと変換する。ライは眉間にしわを寄せた。


「やはりこいつも黒魔術使いか…!」


 膨大な魔力がロズベルグの体に満ちていく。魔力の奔流が収まったと同時に、ロズベルグは杖の先をライに向けた。


「死ね、『炎獄の死神』!」


 ロズベルグが次々と水の玉を生み出してはライに向かって撃っていく。ライはそれを切り捨てるが、きりがない。ばしゃりばしゃりと廃屋の床の上が水浸しになっていく。


「黒魔術を使ってもこの程度か?」

「そんな訳ないだろう!」


 ライが挑発した瞬間、ロズベルグがニヤリと嗤った。


「何!」


 突然、床に落ちた水たまりが空中に浮かんだかと思うと、ライとロベスを包み込んでしまった。巨大な水球に捕らわれたライは驚き、脱出しようともがくが、手足は水をかくばかりだった。


「ライ!」

「ははは!こうなったら『炎獄の死神』も形無しだな!」


 ロズベルグが高らかに笑う。しばらくライとロベスは手足をバタバタとさせてもがいていたが、ごぽりと口から息を吐きだした後、気を失ったようにだらりと脱力してしまった。その瞬間、ロベスの姿が溶けるように消えた。水球の中にライがぷかりと浮いているだけになった。


「そんな、ライがやられた…?」


 ブレイズは信じられない光景に呆然とした。


「なんだか呆気ないな。『炎獄の死神』と呼ばれた男も苦手な水属性相手だとこんなもんか。」


 ふん、と興味を無くしたようにロズベルグは言った。

 と、その時だった。

 ライの影がもぞりと動いたかと思うと、水球を丸ごと包み込んでしまった。そのまま、音もなく水球ごとライを床へと引きずり込む。


「ライ!?」

「な、何だ!?」


 ブレイズはロズベルグの攻撃かと思ったが、ロズベルグ自身も驚いていた。


「一体今のは何だ!?どこに消えやがった!?」


 ロズベルグが警戒を強めた瞬間、ロズベルグの影からずぶ濡れになったライがぬるりと現れ、剣をふるった。


「ぎゃああああ!」


 ロズベルグは肩を切られ、杖を取り落とした。ライの剣は普段の炎の剣ではなく、黒い靄を纏っていた。ライの影がするすると動き、ロズベルグを拘束する。その後、ライは炎の剣を出現させた。


「『裁きの炎』を食らえ。」


 そう言って、ロズベルグに向かって剣を振り下ろした。


「があああああっ!」


 ロズベルグが汚い悲鳴を上げる。裁きの炎はしばらくロズベルグを包み込んだのち、綺麗に消えて行った。

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