第35話

 ブレイズはテオに駆け寄った。


「テオ!大丈夫か?」

「う…。何とか…。」


 後頭部から出血はしているものの、意識ははっきりしているテオの様子に、ブレイズは安心した。


「何で『炎獄の死神』がここにいるんだよ!」


 怒りに震えるロズベルグが叫んだ。


「それはテオの後をつけてきたからに決まっているだろう。」

「そうじゃない!まさかお前、『炎獄の死神』に告げ口したのか!?」


 ロズベルグは憎々しげにテオを睨みつける。


「いや、オレがテオの企みに気づいただけだ。」


 ライのそのセリフに、ブレイズは先ほどまでの出来事を思い出していた―――。


◇◇◇◇◇

 

 テオがブレイズを縛りあげ、麻袋を取り出した時。


「何をしている?」

「ひ!」


 後ろから静かに声を掛けられ、テオは驚きのあまり口から心臓が飛び出そうになった。

 振り向くと、ライが音もなく真後ろに立っていた。


「何をしている、と聞いている。テオ。」


 全てを見透かすように、青い瞳がきらめく。その視線に射抜かれた途端、テオは恐慌状態に陥った。


(ダメだ、ライに気づかれた!睡眠薬を飲ませていたはずなのに何で!?ブレイズを連れて行かないと、ルイーズを助けられないのに!どうしよう?どうすれば良い?俺はどうすれば?どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう――――。)


 次の瞬間、テオは腰に隠し持っていた護身用のナイフを取り出すと、ライに向かって振りかぶった。


「うわあああああああっ!」


 だが、ライは冷静に対応した。テオのナイフを持つ右手をパシリと掴むと、そのまま後ろに回り込んで腕を捻り上げる。そのまま、テオが襲い掛かって来た勢いを利用して、地面へと押さえつけた。カラン、とナイフが床に落ちる。


「放せ!放せよ!」

「落ち着け、この馬鹿が。」


 テオは抑え込まれた状態でも必死にもがいた。


「放せ!俺が、ブレイズを連れて行かないと!ルイーズが、妹が死ぬんだ!」

「わかったから、落ち着け。」


 そう言うとライは呪文を唱えた。


「『ウォーター』。」


 バシャリとテオの頭から水が掛けられる。


「うわっ!」


 思いがけない出来事にテオは我に返った。


「悪いが、念のため拘束するぞ。」


 ライはベッドのサイドテーブルの上に置かれていた縄を掴むと、テオの腕を縛った。テオは観念したのか、大人しくされるがままになっていた。テオが黙ったままなのを確認すると、ライはブレイズの頭に手を当てた。


「おい、ブレイズ。起きろ。」


 ふわり、と魔力がブレイズの中を駆け巡る。すると、睡眠薬で眠らされていたはずのブレイスが起きた。


「ふわ…何?どうかしたのか?…って俺、何で縛られてるの!?」

「気づくのが遅い。…お前、テオに襲われかけていたぞ。」

「え!?どういうこと?」


 ブレイズは目を白黒させながら飛び起きた。


「さっきの食事に睡眠薬が盛ってあったんだ。」

「睡眠薬!?ってか、ライはどうして気づいたんだよ?睡眠薬はライも飲まされてたんだよな?」

「テオの様子がおかしかったからな。警戒して、食後に魔術で解毒していた。」


ライはブレイズの手足を縛っている縄を解くと、床に落ちたナイフを回収し、テオに向き合った。


「さて、どういうことか、一から話してもらおうか。」

「………。」

「テオ…。」


 黙ったままのテオに、ライは眉を寄せた。


「黙ったままで良いのか?妹の命がかかっているんだろう?」

「…お前が邪魔するから、全部台無しだ。」


 テオはぽつりと呟いた。


「俺の妹が、ロマニアの執行官に捕まったんだ。妹を返して欲しければ、ブレイズを執行官のところへ連れてこいと言われて…。」

「……俺のせい、なのか?」


 テオの話に、ブレイズは顔を青くしたが、ライはそれを一言で切った。


「お前のせいじゃない。悪いのはテオに誘拐を強要した執行官だ。」

「でも…。」

「ブレイズ、お前を狙って執行官は色々な手段を取ってくる。こういう手段も想定しうる手段の一つだ。オレが周りの人間を疑えと言ったのは、こういう事も考えてのことだ。いちいち自分のせいだと気にしていたら切りがないぞ。悪いのは執行官だと割り切れ。」

「……わかった。」


 罪悪感にさいなまれながらも、ブレイズは頷いた。


「……どうしよう、俺が失敗したから、ルイーズが殺される。」


 呟くように言われたテオの言葉が、ブレイズの胸をえぐった。


「どうしよう、ルイーズが、俺のせいで殺される…。な、なあ、ブレイズ君、お願いだから、頼むから、俺に着いてきてくれないか?」

「な!そんなこと出来る訳ない…!」


 テオの必死ながらも自分勝手な懇願に、ブレイズはぎょっとした。


「執行官は、連れてくるだけで良いって言ってたんだ。マフィア共を倒せるブレイズ君なら、執行官だって倒せるだろう?なら、俺と一緒に執行官の元に行ってくれないか?そうすれば、ルイーズは、妹は助かるんだ!」


 いつの間にか、テオは泣いていた。ライによって掛けられた水と涙がぐちゃぐちゃに混ざり合う。


「頼む、頼むよお…。このままじゃ、ルイーズが、殺されちまう……。今だったら、間に合うんだ……。」


 ぐずぐずと泣くテオが見ていられなくて、ブレイズは目をそらした。気まずい空気が部屋に満ち、テオの泣く声だけが響く。


「……気に入らないな。」


 ふと、ライがそう呟いた。


「気に入らない。執行官のやり口も、テオ、お前のその態度も。」

「ら、ライ…。」


 ライが怒っているのかと思ったブレイズはライを止めようとしたが、ライはそれを振り払ってテオの傍にしゃがみ込むと、顔を上げさせた。


「何故オレを頼らない?」

「え?」


 涙と水でぐしゃぐしゃに濡れたテオの顔がぽかんと呆気に取られた。


「お前、何度かオレと一緒に仕事して、オレの実力は知っているはずだろう?なのに何故オレに一言『助けてくれ』と言わない?オレは『炎獄の魔術師』と呼ばれる冒険者だぞ。」

「…だって、ライは、自分にメリットがないと、動かないだろ?」

「それは自分に関係のない話の場合だ。今回の件は、オレの弟子であるブレイズを狙ったもので、お前とお前の妹はオレ達の問題に巻き込まれただけの立場だ。なら、助けない理由はないだろう?」

「ライ!」


 思いがけないライの言葉にブレイズは嬉しくなった。呆然としながら、テオは尋ねた。


「…助けて、くれるのか?」

「ああ。」

「本当に?」

「ああ。だから、安心しろ。」

「あ、ありがとう!ありがとう、ライ…!!」


 安堵のあまり、テオは再び涙をこぼした。ブレイズもほっとして、二人を見つめた。

 しばらくして、テオが泣き止んだ頃、ブレイズ達はテオの妹、ルイーズ救出に向けて話し合っていた。


「―――で、待ち合わせは?」

「貧民街の空き家。貧民街の北の端にある赤い屋根の家だ。そこに今夜ブレイズを連れて行く予定だった。」

「執行官はどんな奴だ?」

「黒いローブを着た十代後半くらいの少年で、クリストファー・ロズベルグって名乗っていた。黒髪黒目で、話してみると、ちょっと幼い感じかな。レイウッド商会に忍び込んだ時に館で出会ったんだけど、その時気配を感じなかったから、何らかの魔術を使ってたんだと思う。でも、実際に魔術を使うところは見てないし、使い魔も見ていない。武器とかも持っていなかったように思う。」


 テオの回答にライは口元に手を当てた。


「魔術属性は不明か…。まあ良い。ブレイズを連れてくるように言われたとのことだったが、具体的にはどんな指示を受けた?」

「ブレイズを誘い出すとか、力づくで連れてくるとか、手段は問わないからとりあえずブレイズを執行官の所へ連れてくるように言われていた。」

「手段問わないなら、自分自身でやれば良いのに。何でわざわざテオにさせたんだ?」


 ブレイズの疑問にテオが少し答えづらそうにしながらも答えた。


「…俺がライに信用されているから、その隙をついて連れて来いって言われた。」

「そういうことか。確かに最近警戒レベルを上げていたからな。それでテオを使ったか。」


 ライが唸るように言った。ブレイズがテオに尋ねた。


「他に執行官はいたのか?」

「いや、一人だったし、他にいるようなそぶりはなかった。ただ、妹を監禁してるだろうから、その見張り役はいるんじゃないか?」

「執行官は基本単独行動だ。恐らく妹さんは魔術で眠らされている可能性が高いな。」

「執行官は基本的に単独行動なのか?他に来ている可能性も考えた方が良いんじゃないか?」


 ライの推測にブレイズが待ったをかけた。


「執行官は基本一人で行動することが多い。ロマニアから逃げている魔術師の数に対して執行官の数はそう多くないからな。それにブレイズの確保は他の執行官と競争になってくるから、共闘はありえない。見張り役を立てているとしても自分の使い魔を使っているだろうな。」

「そうか。なら、執行官一人を想定しておけば良いんだな?」

「ああ。それで問題ないと思う。」


 三人はテキパキと情報を整理すると、作戦を立て始めた。


「テオはブレイズを上手く連れ出せたふりをして執行官のところへ行く。ブレイズは眠らされて縛られたふりをしておく。オレは気配を消してついて行く。で、テオが執行官とやりとりをしている間に隙を見て殴り込むぞ。」

「待ってくれ、妹の居場所を聞き出してからの方が良くないか?」

「基本的に執行官の言うことは信用ならない。そもそもブレイズを連れてくれば妹さんを返すという約束すら反故にする可能性があるとオレ自身は考えている。」

「…どういうことだよ。まさか、ルイーズが無事じゃないって言うのか?」

「それは流石にないだろう。妹さんの無事はテオにブレイズ誘拐を強要するために必要な取引材料だ。それを損なうことはしないと思うが、ブレイズを連れてきた後、本当に妹さんとテオを無事に解放するとは思えない。オレがその執行官なら、使い魔の餌にでもするだろうな。」

「使い魔の餌?そんなことするのかよ?」


 ブレイズがぞっとして尋ねた。


「ああ。魔力は生命エネルギーだから、一般人でも多少の魔力は持っている。命ごと人を喰らえば魔物の魔力を増大させるには十分だ。特にロマニアの執行官は黒魔術に通じている分、魔術に対する倫理観も低い奴が多いから、そうする可能性が高い。」

「…酷い話だ。」

「ブレイズ、お前を狙っているのはそういう奴らだ。覚悟しておけ。」


 ライはブレイズに改めて釘を刺した。


「作戦はこれで良いな?なら、妹さんを奪還しに行くぞ。」

「おお!」

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